お見合いですか、いいえ、説教です(1)
……暑い。
うだるように暑い。
今朝のニュースでは、今日の最高気温は38度だという。
額にはいやというほど汗が零れ落ちる。それを拭うこともできず、ただ私は目の前に座る鬼教官をじっと見つめる。
「これで何度目だと聞いてるんだ」
先ほどと同じ質問に、暑さのせいか、なぜだか苛立ちを感じてしまう。せめて長時間怒るなら、こんな冷房も効かない、風も入ってこない蒸し風呂のような生徒指導室ではなく、職員室で盛大に叱ってもらいたものだ。
‥だいたい、
「そんなの数えてないから知らねぇし」
さっきから私の隣で、鬼教官に対して火に油を注ぐような態度をとり続けているこの美少女は誰だ。
「時村、先生に向かってなんて口のきき方だ?え?」
鬼教官はこめかみをぴくぴくさせて、時村と呼んだ美少女をにらむ。美少女はそれに臆することなく平然として「ふあ‥」と大きなあくびまでかました。
うん、喧嘩売ってる。
というか、このまま2人で話し続けてくれないかな。私、今日日直だから先生のところに日誌取りに行かないとダメなんだけど。
「雪瀬も聞いてるのか!」
えぇ‥。
なんか急にこっちきた。トリップして聞いてませんでした、なんて言ったらあの竹刀が猛威を奮いそうで怖い。
「お前たちは毎回毎回、どうしてそんなに問題を起こすんだ!?あと半年もしたら卒業だろう!?なんで大人しくできん!?」
鬼教官は早口で言って私と隣の美少女を睨む。
睨まれたところで、問題は起きてしまったわけで。もう何を言っても後の祭りなわけで。そもそも、私が悪いわけではないのだ。
「だったら毎朝毎朝追いかけ回すあの変態集団をなんとかしてくれ」
そうだそうだ!毎朝校門の前に待ち伏せされて追いかけ回してくるあの集団を何とかしてくれたら、私だって何の問題も起こさずに優雅な学生生活をおくれてるんだ!
…って。
「あんたも追い回されてるの?」
そう言って、隣の奴の顏を見て納得。
まぁ、美少女。なんつーか、私なんか比じゃないくらいの。いっそ顏取り替えてほしい。や、けっこう切実。
「あ?もってなんだよ。お前も追いかけ回されてんの?」
あ、口悪い。もったいないなー、せっかく可愛い顔してんのに。せっかくの美少女が台無しじゃん。
「あー…されてそうな顏してんな」
美少女は顏こそ女なものの、声や口調はまるっきり男で、おまけに制服も男物で、ただただ違和感しか感じられなかった。
「言っとくけど、俺だってお前とおんなじようなこと思ってるから」
「おんなじようなこ?」
「顔だけ男前なくせに、スカートはいてるし、声は女だし、おまけにちっちぇし」
小さいは余計だ。
これでも167センチはあるし、その辺の子よりでかいんだぞ。
「ま、出てるとこ出てねぇから最初はただの変態かと思ったけどな」
「な、失礼!あんたこそ髪長いし実はそっち系の人なんじゃないの?」
「んだと?」
「なによ?」
-------バチバチッ。
「お前ら、いい加減にしろーーーーーーー!!!!!」
…………。
あれから1時間くらい経っただろうか。いい加減、正座させられた足が痺れて痛い。これは絶対に立てない。しかも、とっくに1限目の授業が始まってる。鬼教官の説教はまだ当分は終わりそうにない。これでも私、受験生なんだけどな。授業、行かせてくれないかなー。
「こら、聞いてるのか雪瀬!」
聞いてないよ。
こっちは足の痺れが尋常じゃないんだよ。それどころじゃないんだよ。ソファに座って水飲みながら説教してるあんたと一緒にするんじゃねぇよ。
と、思いながらも一言、ごめんなさい。
そう言ってちらりと隣を見る。
「…zzz」
「……-Д-!!」
ね、寝てる‥!
どんだけ肝座ってるんですか!?
この鬼教官を前にして、正座しながら、なおかつこの蒸しかえるサウナのような部屋の中で、寝るなんて。
「お前たちにはまだまだ指導が足りんみたいだな、」
足りてます。もう十分なくらいに足りてます。なんならすでにキャパオーバーしてます。
と、そこに生徒指導室の扉を叩く音が聞こえた。鬼教官はあからさまに嫌そうな顔をして「はい」と返事を返す。その返事に応えるように部屋の扉が開いて、外から入ってきたのは、ほかでもない私の担任の先生だった。
あ、今なら神様に見える。
「加藤先生、熱心な指導は大変助かるのですが、そろそろ2人を釈放していただけないですか?」
釈放って。別につかまってないんだけど。もうちょっと的確な言葉使おうよ、現代文の先生。
「申し訳ないが、この2人にはまだ話があるのでね。もう少しだけいいですかね」
まだあるのかよっ。こっちはもう聞く耳もないっての。