召還失敗(4)
僕は鎧女アレサに導かれるまま、長い長い螺旋階段を登った。
薄暗い洞穴を縦に登った先。そこには展望台があった。
「うおっ……なんだこれぇ!?」
「ふふっ、驚かれましたか? ここからはイズの国が一望できますわ」
「いやあ、よい景色ですね。儂もたまには外に出ませんとな」
展望台は円形になっている。
大体教室と同じくらいの広さだろうか?
外周部は転落防止のためになのか、腰の高さくらいまでの壁がある。
そこから天井までは何も無く、ただ所々に立つ柱が視界の邪魔ではあった。
窓は無い。
ガラスや風除けは無く、吹さらしの乾いた風が吹く。
異様なのはそこから見える風景だ。
城の端っこと思われる部分から砂漠が広がり、やがてその終りに街が見える。
街は、まるで城をぐるりと囲むように建物が並んでいた。
ドーナツに例えると、真ん中の空洞が城と砂漠に当たる。
生地の部分が街に当たるんだけど、妙な違和感があった。
そう、砂漠だ。
まるで街と城を区切るようにして不毛な砂漠がある。
そしてそれを皮肉るみたいに、街は城とは逆に緑が溢れていた。
それも尋常では無い。見た事も無い大きさの樹が何本も見える。
「……っていうかドコだ、ここは!?」
「ですから、イズの国ですわ」
「イズ!? 僕の住んでるのは岐阜なんだぞ!? 岐阜には砂漠なんてねーよ!! ここドコー!?」
いや思えばおかしいことだらけだったんだ!
こんな大掛かりな施設があったら噂くらいは聞いてる!
某所にある夢の国ばりに手がかかってるし!
「おや? 仮勇者殿の様子がおかしいですね。チェック、チェックっと」
「賢者様? なにをやっておられるのですか?」
「なあに、なんでも無いことですよ。どんな些細な変化も記録しておくことで、思わぬ発見をする事がありましてね。むしろまあ、記録こそが魔法研究の基本と言いますか。なーんてもっともらしく言いはしましたが、単なる職業病です。いや、お恥ずかしい」
たはは、と苦笑するオッサンの声を聞き流しながら、僕は呆然と街並みを眺めていた。
目の前に巨大過ぎる青空が広がる。
空は、色褪せたように薄いブルーだった。
そんな空を、なんだか消え入りそうな気持ちで見つめる。
地平を流れる雲。
やる気も無くただぼんやりと漂っている。
やはりそれも、どこか存在が希薄に見えた。
いや、違う。希薄なのは僕の存在の方だ。
ここは一体ドコなんだ?
飛騨では無い。岐阜でも無い。日本じゃ無いかもしれない。
無責任に広がる砂漠。無遠慮に立ち並ぶ街並み。
その一切が、異国情緒溢れる景色であるのは間違い無かった。
まず瓦が無い。
いや断言は出来ないけど、それにしたって街の建物の屋根には、陽光を反射する瓦の黒い輝きが一つも見えない。
あ、あばばばば……!?
いかん、体が震えてきた。足から力が抜けて、妙な悪寒が背筋を駆け上ってくる。
「賢者様? どうも勇者様が震えておられるようですの」
「ふむ、もしかして何か興奮することがあったのかもしれないですね。環境の急変は体に著しい影響をもたらしますし。……いや待てよ、それなら召還直後が最も変化が出やすいはずですねぇ? しからばこの場所こそが意味を持つのでしょうか? それとも、時間の経過こそが重要なのか……」
「筋肉が環境に適応しているのですわ、きっと」
好き勝手に喋る鎧女アレサと賢者のオッサン。
その声を遠くに聞きながら、僕は乾いた笑いを上げ続けた。
「説明してもらおうか」
賢者のオッサンの部屋に戻るなり、僕は素早くそれだけを言った。
何を聞かれてるのか分からないのか、目をパチクリする鎧外人少女。
逆にオッサンの方は妙に楽しげな調子で僕を見た。
「おおっ、説明ですね!? 任せて下さい仮勇者殿! 説明は儂の得意分野でして。まあ、儂に答えられることなんて本当に少ししか無いんですがな。賢者なんて名前で呼ばれても、世の中は分からないことだらけでして。いやあ、あっはっは」
「ここはドコだ!? 何県!?」
「ふむ。ここはイズ王国であり、さらに言えばその王城にあたります。アレサ姫の父君、レイ様が今代の王であらせられまして。であるからして、レイ王様の居城、なんて言い方も出来ますね」
「意味が分からないッ!?」
なんだ姫って!? なんだ王って!?
県名を聞いたのに王名を答えられても困るんだよッ!!
「埒が明かない! ちょっとオッサン、手を貸して!」
「手? 手ですか? 手を貸すとは一体どういう意味で……? 仮勇者殿が何かするのを手伝え、という意味ですか? それとも儂の腕を切断して渡せ、という意味ですか? 待てよ、仮勇者殿の世界には何かもっと別の意味で慣用句が成立しているのかもしれませんね。ううむ、悩ましい……!」
あああ! 面倒臭え!
なんなんだよこのオッサン!?
悩みが出来そうなのはこっちの方だよ!
仕方なく僕はもう一人の方に視線を向ける。
銀髪の外人少女は、鎧を着てさえいなければ確かに姫様のようにも見えた。
アクア・ブルーの美しい瞳が、きょとんとしながら僕の姿を映す。
その少女の体のどこかに触れれば、僕は彼女の心を読み取ることが出来た。
いわゆる超能力。読心力と呼ばれる能力だ。
しかしオッサンならともかく、こんな女の子の心を読むのには抵抗がある。
誰にだって他人に知られたく無いことはあるだろう。オッサンならともかく。
「勇者様、妾になにか用ですの……?」
銀色の髪を揺らしながら、鎧女が口を開いた。
ガラス玉のような透明な瞳が僕を射抜く。
そこにあるのは、いつか見た空の色だった。
――止めてくれ。
思わずそんな事を言いかけてしまった。
思い出の中の空は高く、寂しく広がる。
誰かが笑う。
一体何を止めて欲しいと言うのか?
寂しい空を瞳に映し、僕に笑いかける母の面影が浮かぶ。
さあ心を覗け、と誰かが言った。
今さら何を怖がる? 覗いて――そして軽蔑しろ。
笑いかける母の目。最期の時。その瞳に映る感情に、僕は今も怯えている。
「勇者様?」
問いかけてくる少女の声だけが、冷水のように痛く、耳に響く。
伸ばしかけた指が震える。どうして震えたのか分からない。
「……なんでも無い」
僕は俯きながらそっと返事を返す。
我ながら、声が震えるのを抑えられない。
誰かが囁く。
軽蔑しろ、軽蔑しろ、軽蔑しろ! あまねく世界を軽蔑しろ!
見よ、あの薄汚れた心を。
誰も彼もが罪人だ。男は女を愛さず、女は男を裏切る。
愛と呼ばれる浅はかな欲望を。正義と言う名の嗜虐心を。
誰かを救おうという自惚れを。隠しきれぬ虚栄心を。
さあ覗け。覗いて知るのだ。人々の業欲を。
そしてその願いを――。
踏みにじれ。ただ苦悩だけが、人を育てるのだ。
「……勇者殿、本当に具合が悪いのですかな? 先ほどから顔色が優れないようですが――?」
こちらに近寄ろうとするオッサンを手で制すると、僕は壁に寄りかかった。
読心力を使っても物からは何も読取れないこともある。
だけど、この際仕方ないだろう。
壁に手を当てて、そっと意識を集中する。波長を合わせる感覚。
意識の宇宙の中に投影される映像。
極彩色のそれは、斜めになり、遠ざかるように消えて行った。
土に刻まれた儚い記憶。だが分かった。
徒労感から重苦しい息を吐き出しながら、僕はオッサンの顔を見る。
「分かったよ」
「むう? 何が分かったのですか、仮勇者殿」
「ここが僕の世界とは違うってことが」
「おおっ!? その認識は、この現状において明確な前進であると存じますぞ!」
何が嬉しいのかやたらとはしゃぐオッサン。
銀髪の鎧女が、おずおずと言った雰囲気で訊いてきた。
「それで、勇者様のお名前をお伺いしてもよろしいですか? 妾ったら、すっかりお尋ねするのを忘れていましたの」
そう言えば名前を言ってなかったな。
すぐに家に帰るつもりだったし。
家、かぁ……。
今さらそんな事を思い出し、苦笑しながら、僕は言った。
「烏合。烏合ナルミだ」
これからどうしよう?
帰れないなら、帰れないでいい。そんな事を思っていた。




