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召還失敗(3)




 長く続く回廊を促されるままに歩く。

 石造りのそれはまるで保冷庫だった。

 硬い石が温度を抜き去るのだろうか? 鍾乳洞のように冷えた空気が漂っている。

 前方から低い音と共に風が吹き、僕の前髪を揺らした。


 やたらしっかりした施設である。

 壁や天井を囲う石材は、インテリア用のダミーでは無いようだ。

 しかも一見して真新しく無い。

 古い年月を経たように見えるよう、入念な加工が為されているのだろう。


「しかしどうにも違和感が……?」


「おや? どうかされましたかな? 仮勇者殿」


「仮勇者? いや、何でも無いです」


 ヨレヨレの白衣を着たオッサンが振り返ってきたので、僕は軽く返事を返した。

 どう見ても冴えない日本人の彼は、自称ウォルター。賢者らしい。

 その隣を歩く鎧娘がアレサ。天然の白銀の髪を持つ彼女は、どうみても外人さんだ。

 お姫様だという話は嘘だとしても、その名前は本物かもしれなかった。


(そりゃ、こんなリアルな施設ならキャラに入り込むのも分かるけどさぁ)


 そんな風に周りをキョロキョロ見ていると、ようやく違和感の正体に気付いた。

 案内板が無いのだ。普通、この手のアミューズメント施設はそういう物があるんじゃないのか?


「……本物志向なのか?」


 余計な装飾をほどこさず、徹底的に本物らしさを追求する。

 そういうストイックな姿勢は、沢山のエンターテインメントが氾濫する現代においては、利便性よりも重宝される物かもしれなかった。


(触れば、"理解"できる――)


 一瞬、壁に"触れる"かどうか迷う。

 そうすれば僕の持つ能力ちからで幾らかの情報を得ることが出来るだろう。

 だけど……。


(どこから来たとも知れない物では、余計な情報が多過ぎる)


 まさか本物の城に使われてた石では無かろうが、古材なら因縁が怖い。

 余計な因縁、余計な詮索、余計な接触。

 能力ちからを使った接触はあまり嬉しい物では無い。

 結局何もしないまま、僕は二人の背を追って歩いた。




 通された部屋は、一言で言えば小汚い部屋だった。

 乱雑に置かれた本。ガラスで出来た容器は何かの実験器具だろうか?


「さあ勇者様! 汚い部屋で申し訳ございませんが、どうぞおかけ下さい!」


「いやあの姫様、入るなりわしの部屋を汚いと宣言されるとヘコむのですが。まあ汚いことに異論は無いのですが、その、お世辞と言うか何というか。言葉を濁していただけると、わしも無意味に傷付かずに済みますので」


 どうやらここは、冴えないオッサンことウォルターの部屋という設定らしい。

 置いてある本やら器具はこの施設の備品だろう。

 それにしては自由に触れる位置にある。わりとフリーな施設なのだろうか?


「んじゃま、座りますけど……」


 客の休憩の事など想定されていないのだろう、手狭なその部屋にはソファーやベンチは無かった。

 代わりに、取って付けたように背もたれの無いイスがぽつぽつと置かれている。

 それがどういうコンセプトで置かれているのか分からないが、僕はその一つに座った。

 ウォルターとアレサもそれぞれ手近なイスを取り、腰を掛けた。


「ではさっそく召還魔法の検証を始めましょうかね。いやこれだけが楽しみでして」


 揉み手しながら嬉しそうに笑うウォルター。

 だがしかし、鎧女ことアレサが水を差すように言う。


「待って下さい賢者様。今まであまり深く考えなかったのですけど、召還魔法の検証なら勇者様は関係無いのではないかしら? それよりも魔法式の確認をした方が良いと思うんですの」


「いやそれは違いますぞ、姫様。魔法の検証とは実に地道な作業なのです。魔法式のような論理研究も良いのですが、真の研究とは魔法の効果、魔法の対象物の状況をつぶさに調べ、魔法の仕組みに迫ることなのです。この場合、魔法の対象物とは仮勇者殿ですな。

 最もどれほど調べようと、我々は魔法の深奥に至ることは無く、もっぱらその効果の上昇のみに当たっているわけですが。いやー、何とも情けない話ですな」


 オッサンは頭をポリポリ掻きながら「あははー」と笑っている。

 いや、いい加減にしろよ。

 もう魔法設定とか、そういうのはいいんだよ。


「ですので、今回みたいな失われた魔法の使用ともなると、全く持って何が起きているか断言出来ないわけです。特に召還魔法は"使う価値無し"と見なされた魔法ですからね。わし以外の誰も研究を行っていませんし……。ほんと、謎だらけなんですよ」


「ねえ、もう止めにしませんか?」


 忍耐も限界だ。

 いよいよ切り出した僕に、二人はキョトンとした顔をした。

 なんなんだこいつら……。

 構わず、続ける。


「家に帰りたいんスけど」


「いやだから、それは出来ないんですよ、たはは……。これはなんと言いますか、ま、全てこちらの手落ちと言ったところですが。実に申し訳ないことに、あなたが何処から来たのかすら分からん状態です。ですので、まずはそれを……」


「家は市内っスけど」


「シナイ? ふむふむ、聞きなれない地名ですね」


 オッサンは変わったペンを取り出すと、なにやらメモを取り始めた。

 鳥の羽根がついたペンだ。

 元は白かっただろう羽根は、使い込まれているのか、日に焼けて褪せている。


「いや冗談はもういいんですよ」


「冗談? え、あの、わしの言葉、なにか変でしたか? いや、よくあるんですよ。自分では気付かないんですが、面白い冗談だね、なーんて言われることが。ですから気を悪くしないで教えて欲しいんですが、わしの言葉に何か面白い所がありましたか?」 


「いや笑えないですから」


「あ、あはは。こ、困ったなー……」


 ポリポリと頭を掻くオッサン。

 その頼りない顔を見ていると、苛立ちが増してくる気がした。


「賢者様、勇者様はご自分が別の世界に来ている事に気付いておられないんじゃ無いかしら?」


 残念な外人美少女、鎧女が僕とオッサンの話に入って来る。


「おお、なるほどそれは盲点でした! いやてっきり、召還されたことに気付いておられるとばかり。いけませんねぇ、視野が狭いってことは」


 たはは、と自省するように笑いながら、オッサンは俺の方に顔を戻す。


「というワケで、仮勇者殿は推測上、こことは違う世界から召還されているわけです。いや、異なる世界が何を意味するのかってのは分かって無いんですけどね。興味深いことに、世界が何を意味するのかは時代によって異なるのです。例えば古代における世界とは、巨大なドラゴンが地平を持ち上げているといったものでしてね。今では失笑ものですねぇ」


「はぁ……」


 もしかしてこの人たちはコスプレじゃなくて本物なんだろうか。

 ホンモノの、頭がおかしい人なのか……?

 背筋に冷やりとしたものが走る。

 

 頭が急激に冷えた僕は、警戒しながら様子を見た。

 オッサンは黙ったまま視線を宙に彷徨わせる。

 少し間を置いた後、急に何かに気付いたように鎧女に問いかけた。


「しかし考えてみれば、どう説明すればいいんでしょうかね、姫様」


「なにがですの? 賢者様」


 小首を傾げる鎧女。

 ガシャン、と鎧が金属音を奏でる。

 さすがに兜はもう被っていないが、外人美少女は全身鎧を着たままだ。

 ……重く無いんだろうか?


「いや、いざ仮勇者殿に現状を説明しようとしたんですが、いかんせん、どういう風に言えば分かってもらえるのか……。仮勇者殿の世界と我々の世界の違いを示すとして、まず我々の世界とはなんでしょうか? 我々の世界がこうである、という定義は、中々に難しいものでして」


「……賢者様は難しく考え過ぎだと思うの」


「そうですか? いや、たはは……職業病といいますか」


 たじたじと答えるオッサンを無視するように、鎧女は僕に真っ直ぐな視線を送って来た。

 空のように青いブルー・アイズに雑多な部屋の光景が反射している。

 ガラス玉のように透明な瞳だ……。

 その清らかさに怯えるように、僕は我知らず一歩後ずさっていた。


「勇者様」


「な、なんですか?」


 猫のように目を細めると、鎧女は得意気な表情を僕に向ける。

 まるでそれは、僕に豆知識を披露するときの友人のドヤ顔のようだった。


「ここが勇者様の世界とは違うという証拠をご覧に入れて差し上げますわ!」


 その目は真剣そのもので……。

 こんなに可愛いのに、頭が病んでしまっているのだろうか?

 いや、むしろその美貌のために辛い思いをしてきたのかもしれない。

 ファンタジーに浸かる外人美少女を前にして、僕は世界の残酷さを感じ、悲しみに暮れていた。





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