召還失敗(2)
「ええと、その、帰ってもいいですかね? 僕。何だかお取り込み中みたいですし……」
筋肉の筋が勇者っぽいですわとか、服の上からじゃ筋なんて見えないじゃないですかとか、意味不明の会話を続ける白衣のオッサンと鎧娘。相変わらず僕は無視されている。
「還る? 賢者様、そう言えば勇者様を還す方法はあったかしら?」
「……か、還す? う~ん、そもそも召還魔法自体がぶっつけ本番、一発勝負の代物ですからね。正直、呼び出す方法を調べるのに手一杯で、還すなんて発想自体がありませんでした。ははは」
「あら、それは困ったものですわね」
全く困った様子も無く、鎧娘は気軽な口調。
オッサンの方は思案げに首を傾げた。
「第一、まだ召還が成功したという確証はありませんし……。召還に応じたかに見える彼が、人間かどうかさえも不確かです……。おお、そう言えば彼は、我々の言葉を理解しているように見えますね? あるいは彼が偶々出した声が、偶然にも我々の使う言語のように聞こえているだけでしょうか? まずは人間並みの知性があるか確認しましょう」
「賢者様、重要なのは知性では無く筋力ですわ」
なんなんだこいつら。
好き勝手に謎会話を続けるコスプレイヤー達は、ようやくこちらに向き直った。
「初めまして勇者様。我が国、イズへようこそおいで下さりました。妾はイズ王国王女、アレサと申します」
鎧を着込んだ女が言う。
王女? こいつ今、自分を王女と言ったか? そんなわけ無いだろ。
「嘘を吐け」
「え?」
「お前のような王女がいるか! 全身鎧を着込んだ王女なんて前代未聞だよ!」
鎧と兜を身に付けて「王女です」ってどういう設定なんだよ!
アレサって言ったか? そんなキャラに覚えは無いなぁ。やっぱりオリジナル設定なんだろうか。
僕に同調するように、オッサンがゆるりと口を開いた。
「どうやら知性はあるようですね」
「……賢者様、それは妾が王女には見えないと言う事かしら?」
凄む様に言われ、オッサンはあたふたと身を縮ませる。
「そ、その……姫様が王女らしくないという訳では無いんですよ? な、なんと言いますか……兜でお顔が見えないと言いますか。……! そうです、勇者殿の世界では、貴人は鎧を着ないものなのでは無いでしょうか? まあ我が国でも鎧を着るのはいささか……いえ、なんでも無いです」
ごにょごにょと語尾を弱める。
しかし一定の説得力はあったのだろう、鎧女は何やら得心したようだった。
「確かに勇者様を前にして、素顔を見せぬというのも無礼ですわね」
どうでも良いからさっさと解放してくれないだろうか?
そう考える僕の前で鎧女が兜を脱ぐ。
「……外人さん?」
兜を脱いだ瞬間、白銀の糸の束が滝のように流れ落ちた。
それは銀色の長い髪。紺碧の瞳が、雪のように白い肌にアクセントを添える。
「外人のコスプレイヤーかよ。あれか? だから何かを勘違いしてるのか?」
外人怖い。即座に判断した僕は、隣に立つ白衣の男に注目する。
だらしなく伸びた髭と黒髪。ひょろりとした体格の冴えない男は、どう見ても日本人のオッサンだ。外人を見た後だと妙に安心感が湧く。
さっさと解放して欲しい。そう思いながら、僕はオッサンに声をかけた。
「なあオッサン」
「あ、はい? 儂の事ですか? 儂はウォルターと申します。余人からは賢者と呼ばれていますが、はは、まあしがない魔法研究者ですよ」
『オッサン』とやや無礼な呼び方をしたのに、オッサンは気にした風も無い。
やけに腰の低いオッサンだ。いや、賢者のオッサンか。
……いい加減賢者とか、ファンタジー設定は止めてくれ、オッサン。いい年なんだからさ……。
「いや賢者とかもういいですから。それより、僕もう帰っていいですかね?」
ここがどこだとか、もはや気にしない事にした。とりあえずさっさと家に帰りたい。
あなた達は誰ですか? なんて口が裂けても言わない。
こんな奴らとこれ以上関わり合いになりたく無い。
「か、還るですか……? いやはや、それは無理……! いえ、絶対に無理とは言いません。可能性は常にゼロではありませんから。しかしながら、確実な方法と言うと、やはり無理……かな? 無理じゃないかなぁ……」
「なんなんすか? 電車とかバスとかが無いんですか? ここ」
「デンシャ? バス? ああ、確かに初めて聞く言葉ですね。結論から言いますと、無いです、多分。いえ……もしかしたら、地方の独特の方言としてそんな単語があるかもしれません。ほら、聞いた事無いですか? 地方によっては、虫とか鳥とかに独自の名前を付けたりしているんですよ。そんな風に、デンシャとかバスという単語を独自に使う集落も無きにしもあらずかと」
「はぁ……?」
「それに、まず召還魔法自体が成功したかどうかに確証が持て無いままでして……。召還という概念が一体『何を』『どのようにして』『どんな風に』する事を定義しているのか、それすらもあやふやなままです。何せ、半分失われたような各地の伝承を無理矢理繋ぎ合わせて魔法を構築したものでして。召還自体の魔法的原理がよく分からないのに、返還も無いですよね。あはは」
なんなんだよこのオッサン、イカレてんのか?
もう放っておいて一人で出口を探そうかな。
「普通はね? 魔法って何度も実験と検証を繰り返し、その仕組みを解し、成功率や効果を上昇させるものじゃないですか。……そうですよね? でもほら、召還魔法って使い道無いじゃないですか。その上、真竜の魔法石なんて物が必要ですし。誰も研究して無いんですよね」
ペラペラ喋るオッサンを無視して辺りを見回す。
レンガに囲まれた壁。扉は……ああ、あいつらの後ろにあったのか。
熱弁を続けるオッサンと、銀髪の外人少女の背後に扉らしき物が見えた。
「誰も研究して無いから、まあ儂が研究したんですが。実験出来ないというのが何とも……。机上の空論とも言いますし、やっぱり魔法論理の計算だけじゃ無理が……おや勇者殿、いえ仮勇者……? まあいい、この際勇者であると仮定させていただきますが、一体どこに行かれるのですか?」
「賢者様の話がツマラナイのですわ」
「ええっ!? いや、その……。儂も話術を専門に習ったことは無く、ツマラナイと言われれば否定しようが無いのですが……」
賢者ウォルター(笑)と王女アレサ(外人)を無視しながらドアを目指して突き進む。
何故か僕の後ろを着いて来る二人。
扉を開けたらダッシュで逃げよう。声には出さずに心の中で誓った。
「よいしょ……っと。って、ドコだここ!? はぁ!?」
扉を開くと、そこには石積みの庭園が広がっていた。
まるでどこぞの自然公園のように長大な庭。かなり大掛かりな施設のようだ。
庭に咲き誇る花から視線を移すと、巨大な建物の一部が見えた。……城?
「ですから、ここはイズ王国の城ですわ。今まで居たのは幽世の聖堂と言いまして。とにかく、落ち着ける所に移動しましょう? 勇者様」
「検証もさせていただきたいですしね」
逃げるにもどこに行けば良いか分からず、呆然としながら、僕は二人に促されるままに歩いた。




