秋と彼と赤い夜
もっふもふしたほのぼのを想像している方はご注意を。
シリアスも入るので苦手な方はブラウザバック推奨です。
ふぁあ、と伸びながら大きな欠伸をする。
春が春眠なら、秋は秋眠とでも言うのか?
冬眠と言うにはまだ早いし、私は秋の緩やかな暖かさに微睡む。
「ああ、眠いなあ」
呟いた独り言は、誰にも聞かれず、優しい風に溶けていくはずだった。
「最近、寝てばかりだよ? きちんと夜寝ているかい?」
だが、独り言には返事が帰ってきた。
低めではあるが、少年声と言ってもまだ通用する、若い声だ。
「聞いてたの? 八切」
私はゆっくり、声の主を見る。
彼は白鼬の八切。
私の幼なじみであり、友人でもあるこの鼬は、神出鬼没で、さっきまでいなかった所に、まるでずっと居ましたと言わんばかりに現れ、慣れない者を驚かせる。
そんな相手を見ることも、彼からすれば楽しいのだろうが、私と八切は知り合ってから長い。
今更ながらいきなり現れたところで、驚くには値しない。
彼も驚かなくなった頃には、つまらないよ、驚いてよ、と文句を言っていたが、もう気にしていないようだ。
「女の子が大欠伸をして独り言が眠いだなんて、色気がないよ橙」
にっこりと、優しげに破顔して続ける。
「そんな油断し切った所、墨に見せるなよ? 食べられても知らないよ?」
「何故墨が出てくるんだか。むしろ私が食べる立場なんじゃ? 猫的な意味でね」
苦笑して返す。
墨は幼なじみの鼠だ。
墨という名前とは正反対の、真っ白な美しい毛をしている。
俗に言うところの、ハツカネズミ? という種類らしい。
「僕は食べられちゃうのか。なら頑張って逆に食べちゃおうかな? 性的な意味で……なんてね」
噂をすればなんとやら、私達の後ろから、優しげな、しかし艶のある声がする。
「噂をすればなんとやら、ってか?」
思った事を言われてしまった。
「おはよう、墨。相変わらず登場のタイミングが神がかっているね」
「おはよう、二人とも。ワザとではないから、運だよきっと」
そんな毎回毎回運だなんて信じられません。
「そして僕に突っ込みはないのも何時もの事だね」
「突っ込みは八切に任せてます」
「突っ込み切れないから仕方ない」
何時もの会話、何時もの集まりかたをして、私達は遊びに出かける。
紅葉が美しいから、散歩をしようと言って、いざ行こうとしたら、迷子になり、草を掻き分ける羽目になった事もあった。
もうすぐ浴びれなくなるかも、と言って水浴びをしようとしたら、見誤って転落し、少し冷たくなった水に頭からダイブしたりという事もあった。
しかし私達が三匹集まって後悔したことはない。
それはそれで、笑い会えるからだ。
そんな日々を送り、そして夕方が近づく。
「さあ、日も暮れるし、帰りますか。沢山歩いたしね」
「だなあ、今日も歩き疲れたよ」
「そんなこと言って、八切はまだまだ走り回れるでしょう、橙はともかく」
「もう少し体力を付けようぜ、墨は」
「余計なお世話だよ、もう」
そんな他愛もない会話をし、また明日と言葉を交わし、別れる毎日だった。
私は二人が大好きだ。
大切で仕方がない。
だが、八切に寄せる思いと、墨に寄せる想いは別物だった。
伝えなくてもいい。
側にいるだけでいい。
毎日一緒に居れば満足だと、そう思いながら山を下り、自分の寝床を探す。
例え何処にいても、彼等は私を見つけて、おはようと声をかけてくれる。
そう、明日も、と。
そう思いながら目を閉じた。
しかし、今までの毎日とは違い、胸騒ぎがして起きた時、空は赤く染まっていた。
夜のはずだった。
だが見渡す限り、山の空が赤い。
どうしてか理解できなかったが、あの赤いものは怖い。
近づきたくない。
森が飲まれて、どんどん赤くなる。
怖くて足が動かない。
私は途方に暮れ、迫り来る赤を見つめていた。
「馬鹿、確りしろ橙!」
隣から飛んできた怒声に、驚いて目を向ける。
「早く、こっちだ!」
「や、八切……?」
八切は私の手を取ると、赤と反対の方に走り出した。
足が上手く動かず、転びそうになりながら走る。
そして無我夢中で走り、私はいつのまにか何時もは来ない方の、川にいた。
手は震えながら確り八切の手を握っていた。
そして、気がついてしまった。
「や、八切……」
自分でも驚くほど、か細い声だった。
「なんだ、橙」
息を切らしながら、八切が答える。
「……す……み……墨……は………?」
声を絞り出して、涙が出ないよう必死に目を見開いた。
聞いた八切も目を見開く。
そしてその顔がみるみる変わり、泣くのを必死に堪えている顔へ。
お願いだから、消えないで、と切に願う。
「……あいつなら、きっと……逃げて………」
そこまで言って、八切は泣き出した。
静かに、だが、嗚咽を噛み殺せず、すすり泣くように。
私も気づいてしまった。
ああ……墨は、墨は……
思考がぐちゃぐちゃになったまま、川から上がり、赤に向け歩を進める。
「駄目だ、橙!」
必死に止める誰か……でも。
「離して……助けなきゃ……墨……墨を……」
自分の唇が頼り無さげに音を紡ぐ。
ざわざわと心が波立って、思考が纏まらない。
「駄目だ!!」
確り握った手を、ほどこうとせるが、震えて力が出ない。
ただ、力ない声で啜り泣く事しかできない。
「嫌だ、嫌だ………嫌だ……墨、すみぃ……」
何時までそうしていただろうか。
耳を突き刺すような音がして、そして雲もないのに雨が降り、白い不思議なものが降り、赤が消えて、薄い霧のようなものが立ち上っている。
私達はふらふらと歩き、直感に任せて黒くなった森で墨を探した。
無事で居てと、思うことも出来なくなって、ただただ会いたかった。
探す途中恐ろしいモノを沢山見た。
その中に居ないか、心配で胸が痛くて堪らない。
「……ち……ぇん……橙……や……八切……」
細い。
細過ぎる声がした。
風の音かと思ったけど、それは確かに声だった。
一気に覚醒した脳が、体をそちらに動かす。
そこにいたのは、痛々しい色をした、探していた、大切な彼。
「!? す、み……墨!」
駆け寄るが、触ることもできない。
彼の体の色は、見知った色。
食べる為に裂いた、エサの色。
真っ赤な真っ赤な、内臓の色。
「ちぇ……ん、や…切。……お……願いが……あるん……だ」
かすれかすれに聞こえる、墨の声。
あの艶めいた声は微塵もない。
ただ、もうすぐ墨が墨でなくなる、そんな声だ。
「……な、に?」
震える声で、尋ねる。
「……僕……を、食べ……て」
信じられない、言葉だった。
信じたくなかった。
言い間違いだと言って欲しかった。
「馬鹿! 何言って……っ」
「き……いて。……僕は……もう、僕……じゃ……なくな……る。僕は……モノ……になる……な……ら、一……緒に……居……たい」
苦しげな声で、僕を食し、ずっと一緒に居たいという。
その願いが、痛ましく、でも……無下に出来ることでもなくて……
「っ……わかっ……た」
八切が答える。
それは……肯定の言葉だ。
「っ!!!」
涙が止まらない。
どうして、どうしてと、何度も問う。
答えは出ない。
ただ、辛くて辛くて。
「あり……がとう」
私達は、微笑んだ彼を食べた。
涙の味がして、辛すぎて途中はわからなくなって、ただ気がついたら、そこに墨は無くなってた。
「……生きる」
いつの日か独り言を呟いた時と、同じように、声が風に乗る。
優しくない、嫌な臭いの風。
ひたすら森を飲み込んだ赤が残した、異臭に乗せて、絶望を否定する言葉を紡ぐ。
「……墨と、一緒に」
「ああ」
八切の手を握る。
彼が独り言に答えた後、タイミング良く登場する者は、もう喋れないから。
代わりに、自分が紡ぐ。
「ずっと、一緒に」
と。
走りがきです(キリッ
すみませんでしたorz
よければ他の作品も投稿する予定なのでそちらもどうぞです( *´ω`*)