『聖女とは髪がふぁさっとする女性らしいです』――偽者扱いされた本物聖女ですが、幼なじみの治療院で楽しく働きます
感想で、聖女の派遣や契約についてご指摘をいただきました。
読み返してみると、たしかに説明が足りない部分がありましたので、そのあたりの設定を少し追加しております。
ご指摘ありがとうございました。
「あなたは所詮、偽者の聖女なのよ」
王宮の広間に、澄んだ声が響いた。
声の主は、セイライン侯爵令嬢。
艶やかな金髪を、これ見よがしに肩から払う。
ふぁさっ。
本当にそんな音が聞こえそうなほど、髪には張りと艶があった。
大きな青い瞳。
透き通るような白い肌。
細い腰。
清楚な佇まい。
先ほどの発言さえなければ、絵物語から抜け出してきた聖女のようだった。
「見なさい、その地味な顔。それに、何なの。その冴えない髪色は」
セイライン様は、わたしの茶色い髪を見て鼻で笑った。
「聖女とは、わたくしのような美しい女性を指すのよ」
なるほど。
わたしは初めて知った。
聖女とは、聖属性魔法を修めた者ではなく、髪がふぁさっとする女性のことだったらしい。
教会で何年も修行したけれど、そんなことは一度も教わらなかった。
今度、神官長様に教えてあげよう。
きっと驚く。
「そうだ!」
セイライン様の隣に立つ王太子殿下が、勢いよく声を上げた。
その手は、セイライン様の細い腰へ回されている。
「セイラインこそ、我がコバルト王国にふさわしい聖女だ!」
「まあ、殿下……」
二人は見つめ合った。
わたしは居心地が悪くなり、少し視線を逸らした。
人前で見つめ合うのは、ほどほどにしてほしい。
見ているこちらが困る。
「貴様のような地味な平民が、聖女を名乗るなどおこがましい!」
王太子殿下が、わたしを指さした。
「さっさと王宮から出ていけ!二度と王宮へ足を踏み入れるな!」
「分かりました」
わたしは一礼した。
「では、失礼します」
「……え?」
王太子殿下が、なぜか間の抜けた声を出した。
何だろう。
出ていけと言われたから、出ていくのだけれど。
「あ、あなた!」
今度はセイライン様が声を上げた。
「本当に出ていくつもりなの?」
「はい」
「悔しくないの?」
「……微妙です」
「何よ、微妙って!不敬よ。わたくしに謝りなさい!」
「どうしてですか?」
「わたくしに負けたからよ!」
何の勝負をしていたのだろう。
わたしは首をかしげた。
セイライン様の髪のふぁさふぁさ具合なら、確かにわたしの完敗だった。
「負けを認めるのなら、ひざまずいて許しを請うべきでしょう?」
「髪の艶では負けました」
「髪の話ではありませんわ!」
最初に髪の話をしたのは、セイライン様だったと思う。
礼儀作法だけでなく、貴族同士の会話も難しい。
王太子殿下が苛立ったように椅子の肘掛けを叩いた。
「とにかく出ていけ!セイラインこそ、今日から我が国の聖女だ!」
「はい。では、後のことはセイライン様にお任せします」
わたしはもう一度頭を下げ、今度こそ広間を出た。
背後から、
「何なの、あの態度!」
という声が聞こえた。
きちんと頭を下げたのに。
やはり礼儀作法とは難しい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勇者と魔王が激しく戦ったとされる「勇者の聖戦」から50年が経つ。
世界には、今なお多くの魔物が残っている。
中央平原で広く信仰を集めるエリューシオン教会には、各国からの正式な要請に応じ、聖女を派遣する制度があった。
聖女とは、聖処女神エリューシオン様に認められ、聖属性魔法の修行を修めた者に与えられる称号である。
派遣にあたっては。
教会と受け入れ国との間で、正式な契約が結ばれる。
契約期間は。
原則として10年間。
その間。
受け入れ国は、派遣された聖女の住居や生活、安全を保障する。
さらに。
治療。
浄化。
魔物への対処。
その他。
その国で求められる役目を果たせる環境を整えることになっている。
もちろん。
聖女本人の意思を無視して。
知らない国へ勝手に送り込まれるわけではない。
教会はいくつかの派遣先を検討し。
本人の適性や希望も踏まえた上で、派遣先を決定する。
魔物による被害が増えたコバルト王国から正式な要請があり。
教会と王国との間で派遣契約が結ばれた。
その契約によって。
聖女として派遣されたのが。
わたし――リンだった。
来て早々。
追い出されたけれど。
……。
契約的には。
たぶん。
あまり良くないことなのだと思う。
まあ。
細かいことは、大司教様や神官長様が考えてくださるだろう。
王太子殿下は、髪がふぁさっとする女性を聖女だと思っているらしい。
価値観は人それぞれだ。
幸い、わたしには王宮以外にも行きたい場所があった。
王都にある、小さな治療院。
そこでは、わたしの幼なじみが働いている。
彼から届いた手紙には、魔物による負傷者が増え、治療院の人手が足りないと書かれていた。
わたしがコバルト王国を派遣先として希望した理由の一つがそれだった。
王宮で働けなくなったわたしは、冒険者ギルドで治癒士として登録し、その治療院で働き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「リン!次はこちらを頼む!」
「はーい」
院長先生に呼ばれ、わたしは急いで隣の病室へ向かった。
「腕を魔物に噛まれた患者だ。傷口から瘴気が入っている」
「分かりました」
寝台に横たわる男性の腕は、紫色に変色していた。
わたしは患部に手をかざす。
「少し温かくなりますよ」
聖属性魔法を発動させる。
傷口に染み込んだ瘴気が消え、裂けていた皮膚が少しずつ塞がっていった。
男性は、恐る恐る腕を動かした。
「痛くない……」
「骨まで見えていた傷は塞がりました。でも、今日は無理をしないでくださいね」
「ありがとうございます、聖女様!」
「聖女ではなく、ここでは治癒士です。リンと呼んでください」
「ありがとうございます、リン聖女様!」
「増えてます」
「何が?」
「いえ。何でもありません」
数日働いても、みんなわたしを聖女様と呼んだ。
そのたびに訂正するのだけれど、翌日には元へ戻っている。
不思議だ。
「リン、そろそろ休憩しなよ」
聞き慣れた声に振り返る。
そこには、幼なじみが立っていた。
彼自身は治癒魔法を使えない。
けれど、読み書きと計算が得意で、この治療院の事務を担当している。
患者の受け付け。
薬や包帯の在庫管理。
治療費の計算。
最近は人手が足りず、患者を寝台まで運んだり、食事を配ったりもしていたらしい。
目の下には、うっすらと隈ができている。
手紙には大丈夫と書いてあったのに、全然大丈夫ではなかった。
やはり、この国へ来てよかった。
「うん。分かった」
わたしは頷き、一緒に食堂へ向かった。
今日の昼食は、焼いた腸詰めと豆のスープ、それから白いパン。
白いパン。
なんてすばらしい響きだろう。
「それにしても、お城の人たちはひどいよな」
幼なじみは、パンをちぎりながら不満そうに言った。
「ふぇ?」
「教会から派遣されてきたリンを、聖女と認めずに追い出すなんて」
「しょんな、もぐもぐ、おきょらなく、もぐもぐ、てもいいよ」
「食べるか話すか、どちらかにしなよ」
「もぐもぐ」
わたしは食べる方を選んだ。
幼なじみが、布でわたしの口元を拭いてくれる。
「ほら。豆の皮がついてる」
「ありがとう」
ああ、幸せ。
王宮で暮らしていたら、こうして幼なじみと昼食を取ることもできなかった。
辛い修行を頑張った甲斐があった。
「リン、本当に怒ってないの?」
「うん。今の方が楽しいから」
「でも、教会との契約はどうなるんだ?」
「さあ、分からない」
分からないのだ。
わたしたちは聖属性魔法の訓練を積んだけれど。
契約の細かなところまで教わっているわけではない。
そういうことは。
大司教様や神官長様たちがしてくださる。
「分からないって……」
幼なじみは心配そうだった。
院長先生も。
少し離れたところから。
妙に難しい顔でこちらを見ています。
「……正式な契約なんだよな?」
「そうですよ?」
「それなのに王宮から追い出された?」
「はい」
「王宮への立ち入りも禁止された?」
「はい」
院長先生は。
しばらく黙りました。
「……そうか」
「はい」
なぜだろう。
とても嫌な予感がする。
でも、大丈夫だと思う。
たぶん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方その頃、王宮では。
「これが、わたくしの奇跡の治癒ですわ!」
セイラインが両手を掲げた。
黄金色に輝く細かな水の粒が、負傷した騎士たちを包む。
王太子は、感動したように拍手した。
「すばらしい!これこそ聖女の力だ!」
「ありがとうございます、殿下」
セイラインは得意げに微笑んだ。
この世界で傷を癒やせるのは、聖属性魔法だけではない。
水属性や土属性にも、傷の回復や肉体の治癒に用いられる魔法がある。
優れた水属性の治癒士や、土属性の治癒士も珍しくはない。
セイラインが使っているのも、水属性の回復魔法だった。
ただし。
寝台の上の騎士は、恐る恐る口を開いた。
「あの……」
「何かしら?」
「傷が、まだ痛いのですが」
「気のせいよ」
「剣が刺さったままなのですが」
「気のせいですわ」
「これはさすがに気のせいでは……」
別の騎士も、弱々しく手を上げた。
「私も、足の骨が折れたままです」
「おまえたち、聖女様の治癒を疑うのか!」
王太子が怒鳴った。
騎士たちは黙った。
疑っているというより、痛いものは痛いのだが、王太子には通じない。
王国治癒団の治癒士長が、困り切った表情でセイラインへ尋ねた。
「セイライン様。失礼ながら、もう一度治癒をお願いできませんか」
「今日は少し調子が悪いの!それに、もう疲れたわ!」
「しかし、重傷者がまだ三十名ほど……」
「なら、軽傷者から治します!」
「重傷者を先にお願いしたいのですが」
「わたくしに指図するつもり!?」
治癒士長は頭を抱えた。
その日の治療で、治った者は三十人中三人。
しかも全員、放っておいても数日で治る擦り傷だった。
「……リン殿を呼ぶしかありません」
治癒士長の言葉に、王太子は眉をひそめた。
「あの偽者をか?」
「少なくとも、治癒士としてはセイライン様より優秀です」
「何ですって!?」
「いえ。少なくとも、治癒士として非常に優秀です」
治癒士長は言い直した。
意味は、あまり変わっていなかった。
「仕方ない」
王太子は腕を組んだ。
「あの女にも、汚名返上の機会を与えてやろう」
治癒士長は何も言わなかった。
誰の汚名を返上するのか、分からなかったからである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「王宮から使者が来ています」
院長先生にそう言われたとき、わたしはちょうど焼き菓子を食べていた。
「王宮から?」
「負傷した騎士を治療してほしいそうだ」
「でも、二度と王宮へ来るなと言われました」
「そう伝えたのだが、王太子殿下の命令だそうだ」
わたしは残りの焼き菓子を口へ入れ、よく噛んだ。
途中で置いておくと湿気る。
焼き菓子に罪はない。
「どうする?」
幼なじみが不安そうに尋ねた。
「うーん」
行きたくはない。
でも、負傷した騎士たちに罪はない。
「患者さんを治したら、すぐ帰ってきます」
「僕も行く」
「仕事は?」
「院長に頼む」
「わたしが院長だが、許可しよう」
「ありがとうございます」
院長先生は、なぜかすごく嬉しそうだった。
ただ。
わたしたちが出発しようとしたとき。
院長先生が。
事務机の上にある一通の手紙を。
そっと伏せたことには気づかなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
わたしたちは王宮へ向かった。
王宮の治療室に入ると、セイライン様と王太子殿下が待っていた。
「遅いわよ!」
セイライン様が腰に手を当てる。
「申し訳ありません。焼き菓子を食べていました」
「焼き菓子!?」
「途中でやめると湿気るので」
「わたくしを待たせて、焼き菓子を優先したの!?」
「はい」
「はい!?」
セイライン様は顔を赤くした。
王太子殿下が、偉そうに顎を上げる。
「リン。貴様にも治癒の機会を与えてやる」
「いりません」
「何だと!?」
「わたしは治療院で毎日治癒していますので、機会には困っていません」
「そういう意味ではない!」
王太子殿下は胸を張った。
「我が聖女セイラインの補助をする栄誉を与えてやると言っているのだ」
「補助?」
「セイラインが騎士たちを治癒する。その横で、貴様も少しだけ力を貸せ」
わたしは負傷者たちを見た。
治療が必要だ。
かなり必要だ。
剣が刺さったままの人もいる。
あれは気のせいではない。
目の錯覚でも無いだろう。
急いで治療しなければ。
「分かりました」
「ふふん。最初から素直に従えばいいのよ」
セイライン様は得意げに微笑み、騎士へ手をかざした。
「癒やしの力よ。顕現せよ!」
細かな水の粒が騎士を包む。
わたしは、その陰からこっそり聖属性魔法を重ねた。
騎士の体内へ入り込んだ瘴気を消し、傷を塞いでいく。
「おお!」
王太子殿下が歓声を上げた。
「見たか!これが本物の聖女の力だ!」
セイライン様も、自分の両手を見て目を輝かせた。
「わたくし……こんな力があったのね!」
ないです。
今のは、ほぼわたしです。
セイライン様の水属性魔法も、まったく効果がないわけではない。
傷口を清め、痛みを少し和らげる程度には役立っている。
ただ、重傷を治せるほどではない。
黄金色に見えるのも、細かな水の粒が室内の魔力灯を反射しているためだ。
見た目はとても綺麗だった。
綺麗さと治癒力は、別問題だけれど。
負傷者を治療したら帰れる。
わたしは黙って治癒を続けた。
「次よ!」
「はい」
「次!」
「はい」
「もっと重傷者を連れてきなさい!今のわたくしなら、どんな傷でも治せるわ!」
わたしは少し困った。
今思えば、ここで本当のことを説明すべきだった。
けれど。
ここで言い争いが始まれば、負傷者の治療が止まってしまう。
今は。
患者さんを治す方が先だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
昨日の治療後、本当のことを説明しようとした。
けれど。
セイライン様は、
「奇跡を祝う宴がありますの」
と言って、王太子殿下と一緒に帰ってしまった。
そして今日。
また王宮から使者が来た。
「聖女セイライン様が、治癒を披露するそうです」
「わたしは?」
「補助に来るように、と」
「今日は豆の煮込みの日なのですが」
「王太子殿下からの命令です」
わたしは悲しかった。
治療院の豆の煮込みは、肉がたくさん入っている。
月に二度しか出ない。
幼なじみが、小さな壺を差し出した。
「持っていきなよ」
「ありがとう」
王宮の治療室で、わたしは壺を抱えながら治癒した。
「癒やしの力よ。顕現せよ!」
セイライン様が腕を掲げる。
その後ろで、わたしは片手を負傷者へ向け、もう片方で豆の煮込みを食べた。
「すばらしいです、セイライン様!」
「当然ですわ!」
「あの後ろで豆を食べている者は何だ?」
「もそもそ」
次に運ばれてきた騎士は、腕の大半に火傷を負っていた。
セイライン様が顔をしかめる。
「うっ。気持ち悪い……。け、顕現せよ!」
水属性の回復魔法が、火傷を冷やしていく。
火傷に対して水属性の魔法を使う判断は、間違ってはいない。
ただし、力が弱すぎる。
わたしは豆を食べながら、聖属性魔法を重ねた。
焼けただれた皮膚が、あっという間に元へ戻っていく。
「おおおお!ありがとうございます、聖女様!」
「聖女様のお力は、日に日に増しています!」
「わたくしこそ、エリューシオン様に選ばれた本物の聖女なのよ!」
わたしは豆を噛みながら思った。
これ。
いつまで続くのだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三度目の呼び出しは、大変だった。
王国軍が魔物の群れと戦い、多数の重傷者が出たのだ。
「セイライン様!どうか治癒を!」
百名近い負傷者が、王宮前の広場へ並べられていた。
セイライン様は、集まった貴族や民衆の前に立つ。
「安心なさい!この聖女セイラインが、皆を救います!」
大歓声が上がった。
わたしはその後ろで、嫌な予感がした。
「癒やしの力よ。顕現せよ!」
セイライン様が、両手を大きく掲げる。
無数の水滴が広場へ舞い上がった。
陽光を反射し、黄金色に輝く。
見た目だけなら、確かに奇跡のようだった。
ただし。
治癒の力は薄い。
とても薄い。
これでは百人どころか、一人の擦り傷を治すのも難しい。
わたしは慌てて聖属性魔法を発動した。
百人を一度に治療するのは、さすがに大変だ。
傷の深さを見極め。
体内の瘴気を払い。
失われた血と体力を補いながら傷を塞ぐ。
額に汗が浮かぶ。
膝が震える。
それでも。
わたしは治癒を続けた。
騎士たちの傷が次々に塞がっていく。
歓声がさらに大きくなった。
「奇跡だ!」
「聖女セイライン様!」
「王国の救世主だ!」
セイライン様が、誇らしげに髪を払う。
ふぁさっ。
「これが、本来のわたくしの力よ!」
わたしはその場に座り込んだ。
幼なじみが、すぐに駆け寄ってくる。
「リン!」
「疲れた……」
「当たり前だ!百人も一度に治療したんだから!」
「何を言っている」
王太子殿下が、わたしたちを睨んだ。
「治療したのはセイラインだ。リンは横に立っていただけだろう」
幼なじみが絶句した。
わたしはしばらく考えた。
そして。
一つの結論に至った。
コバルト王国の王族は。
思っていたより。
少しだけ頭が悪い。
少しだけ。
たぶん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後。
「リン」
院長先生に呼ばれました。
「はい?」
「一つ言っておくことがある」
「何でしょう?」
院長先生は。
少し言いづらそうな顔をしています。
「エリューシオン教会へ手紙を出した」
「まあ」
「まあ、じゃない」
幼なじみまで。
隣でため息をついています。
「何を書いたのですか?」
「そのままだ」
院長先生は答えました。
「『教会から正式に派遣された聖女リン殿が、王宮を追放され、現在は当治療院で働いている。これは教会として正式な扱いなのか』とな」
「なるほど」
「さらに」
「はい?」
「王宮へ立ち入り禁止になったはずなのに、何度も呼び出されていることも書いた」
「まあ」
「だから、まあじゃない!」
また怒られました。
実は。
派遣された聖女については。
教会側も定期的に活動状況を確認することになっているらしい。
わたしは知りませんでした。
王国から提出される報告。
教会側の確認。
そして。
必要に応じて。
派遣された聖女本人からの報告。
いくつかの方法で。
契約がきちんと守られているかを確認するそうです。
今回。
王宮側から伝わっていた内容と。
院長先生から届いた手紙。
そして。
実際のわたしの状況が。
あまりにも違っていた。
その結果。
教会でも。
「どういうことです?」
となったらしい。
「リンが気にしなさすぎなんだよ」
幼なじみに言われました。
「だって、今の方が楽しいし」
「そういう問題じゃないんだよ」
難しい。
そして。
その日の午後。
エリューシオン教会から使者が到着した。
教会の高位神官と。
数名の神官騎士。
王宮の謁見の間には。
国王。
王太子。
セイライン様。
それから。
わたしが集められた。
わたしは治療院から直接来たので、白い治癒士の服を着ている。
セイライン様は、宝石を散りばめた純白のドレス姿だった。
髪も。
今日はいっそうふぁさふぁさしている。
高位神官は。
セイライン様を一目見ると静かに尋ねた。
「あなたが、コバルト王国の新たな聖女を名乗る方ですか」
「名乗っているのではありません」
セイライン様は胸を張った。
「わたくしこそ、本物の聖女ですわ」
「誰に認定されましたか?」
「王太子殿下です」
「……王太子殿下に?」
高位神官が、王太子を見る。
王太子は自信満々に頷いた。
「そうだ。聖女にふさわしい容姿と気品、そして圧倒的な治癒力を持つ。セイラインこそ、我が国の聖女だ」
「なるほど」
高位神官は。
少し遠い目をした。
「聖女とは、聖処女神エリューシオン様に認められ、授けられた聖属性魔法の修行を修めた者に与えられる称号です。王や王太子が任命できるものではありません」
「けれど、わたくしは治癒魔法を使えますわ!」
「治癒魔法を使える者は、世界中におります」
「わたくしの治癒は奇跡です!」
「では、確認いたしましょう」
高位神官が、神官騎士へ合図した。
神官騎士は、自分の指先を小さく切った。
「この傷を治してください」
「そんな簡単な傷でいいの?」
セイライン様は、得意げに手をかざす。
「癒やしの力よ。顕現せよ!」
細かな水滴が指先を包んだ。
傷は少しだけ塞がった。
血は、まだ滲んでいる。
高位神官は傷を眺めた。
「水属性の回復魔法ですね」
「ほら!わたくしは聖女ではありませんか!」
「いいえ」
「なぜですの!?」
「いま申し上げたとおり、水属性の回復魔法です。聖属性魔法ではありません」
高位神官は、静かに続けた。
「水属性や土属性にも、傷を癒やす魔法はあります。それらを修めた優れた治癒士も大勢おります。属性によって優劣が決まるわけではありません」
セイライン様の表情が、少しだけ明るくなった。
「では、わたくしも優れた治癒士なのですね?」
「技量は初歩です」
「初歩」
「軽い擦り傷や、小さな切り傷の処置なら可能でしょう。正式な治癒士として働くには、さらに修行が必要です」
「そ、そんな……」
「ですが、努力すれば治癒士を目指すことはできます」
高位神官は、きちんと励ました。
セイライン様は聞いていなかった。
「だけど!王太子殿下は、わたくしを聖女だと認めてくださいました!」
「殿下は、いつから聖処女神エリューシオン様になられたのですか?」
「何?」
「聖女を認めるのは、王太子殿下ではありません」
高位神官は、あっさり言った。
「王太子殿下がセイライン嬢を何とお呼びになるかはご自由です。ですが、聖処女神エリューシオン様に認められていない者を、教会が聖女として扱うことはありません」
そして。
高位神官は。
一枚の書面を取り出しました。
「続いて、コバルト王国との聖女派遣契約について確認いたします」
国王が。
わずかに顔をこわばらせた。
「契約では、聖女リンを原則10年間、貴国へ派遣することになっております」
「……うむ」
「その間、貴国には聖女リンの住居、生活、安全を保障し、聖女として活動できる環境を整える義務があります」
「……」
「ですが」
高位神官は。
王太子殿下を見ました。
「聖女リンは、王国へ到着したその日に王宮を追放されました」
国王が。
ゆっくり。
王太子を見る。
王太子は目を逸らした。
「さらに」
高位神官は続けます。
「王宮への立ち入りを禁じたにもかかわらず、治癒が必要になると何度も呼び出した」
「それは……」
「その上、リンの功績をセイライン嬢のものとして公表した」
「証拠はあるのか!」
王太子が叫んだ。
高位神官は、手にした帳面を差し出した。
「教会の者が調査した記録です。先日の百名に対する一斉治癒も、聖女リンが行ったものですね」
王太子殿下の顔から、血の気が引いた。
「では……セイラインの力では……」
「ありません」
高位神官は即答した。
そして。
国王へ向き直ります。
「以上をもって、教会が派遣した聖女リンを引き上げ、コバルト王国との派遣契約を解除いたします」
「待て!」
国王が、顔色を変えた。
「それでは契約違反ではないか!」
高位神官は。
ゆっくり国王を見た。
「先に契約を違えたのは、そちらです」
謁見の間が。
静まり返った。
そりゃそうですよね。
……。
たぶん。
セイライン様が、わたしを振り返る。
「では、あのとき後ろで豆を食べていたあなたが……?」
「はい」
「豆を食べながら、百人を治したの?」
「豆の煮込みは、冷めると脂が固まるので」
「そこを聞いているのではありませんわ!」
王太子は、急にわたしを指さした。
「リン!お前は私のことが好きなのだろう!」
「はい?」
「だから追放された後も、王国の者たちを治療した!」
「患者さんが困っていたからです」
「強がるな!」
王太子殿下は、なぜか自信を取り戻した。
「わざわざコバルト王国を派遣先に希望したのも、私に近づくためなのだろう!」
「違います」
「何?」
「幼なじみが働いている治療院を手伝いたかったからです」
わたしは、隣に立つ幼なじみを見た。
彼は驚いたように、わたしを見返している。
「魔物による負傷者が増えて、人手が足りないと聞いていました。わたしがこの国を希望した理由の一つです」
「私ではなく、その男のためだというのか!?」
「はい」
「そんな地味な男の、どこがいい!」
王太子殿下に指さされた幼なじみは、少し考えた。
「少なくとも、食事中のリンの口元を拭けます」
「それが何だ!」
「とても助かっています」
わたしは答えた。
高位神官が咳払いをする。
「話を戻しましょう。聖女リンは、コバルト王国から退去させます」
王太子殿下が叫んだ。
「待て!今までの無礼は許してやろう!どうしても王宮へ戻りたいというのなら、私の側室にしてやってもよい!」
話が通じない。
この方が次の国王らしい。
コバルト王国は、本当に大丈夫なのだろうか。
わたしは幼なじみを見た。
彼は、王族に向けてはいけない目をしていた。
たぶん。
わたしも同じ目をしている。
「嫌です」
「何だと?」
「嫌です」
大事なことなので、二回言った。
「側室では不満だと言うのか!王妃になりたいなど、何と強欲な女だ!」
「あなたと結婚したくないのです」
「照れるな!」
「照れていません」
「そうか。分かった。私がおまえを偽者扱いして追い出したことを怒っているんだな。悪かった。許せ」
全く悪く思っていない顔と声で、王太子はとぼけたことを言ってくる。
「追い出されたことだけは感謝しております」
わたしはすかさず返した。
謁見の間が静まり返った。
「不敬だ!」
王太子殿下が叫ぶ。
「この女を国外追放にする!」
「はい。それでお願いします」
わたしは頭を下げた。
「もともと国を出る予定でしたので」
「は?」
「国外追放で構いません」
「ちょ、ちょっと待て」
国王が慌てて立ち上がった。
「聖女がいなくなれば、負傷者の治療はどうなる!」
「セイライン様がいらっしゃいます」
「彼女は擦り傷しか治せないのだろう!?」
「先ほど王太子殿下が、セイライン様こそ本物の聖女だとおっしゃいました」
「それは……」
「王国が選んだ聖女を、どうぞ大切になさってください」
高位神官が一礼する。
「参りましょう、聖女リン」
「はい」
わたしは幼なじみと一緒に、扉へ向かった。
「待て!」
王太子殿下が叫ぶ。
「宝石もドレスも与える!」
「治療院の豆の煮込みの方がいいです」
「何だそれは!」
「とてもおいしいんです」
幼なじみが吹き出した。
「わかった!!私の愛を、真実の愛を授けよう!!」
「気持ち悪いです」
高位神官が顔を背けた。
肩が少し震えていた。
わたしは、謁見の間を振り返らなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後。
本物の聖女を王太子の勘違いと失態によって失ったコバルト王国では、治癒士だけでなく、多くの人材が国外へ流出するようになった。
この国にいたら危ない。
そう考える者が増えたためである。
セイラインは、王太子の命令で、毎日王宮の負傷者を治療させられたという。
けれど、彼女が治せるのは擦り傷と小さな切り傷だけ。
「今日は少し調子が悪いだけですわ!」
その言葉は、一か月ほど王宮に響き続けた。
やがて国王は王太子を廃嫡し、魔物討伐隊へ一兵卒として送った。
セイラインは実家へ戻されたという。
その後、家族に説得され、水属性の回復魔法を一から学び直したらしい。
数年後には、軽傷者を治療できる治癒士になったと聞いた。
髪は。
相変わらずふぁさふぁさしていたそうだ。
国王は、王太子の失態によって失われた王家への信頼を取り戻すため、眠る間も惜しんで国の立て直しに奔走したという。
それほど苦労をしても。
コバルト王国が歴史から姿を消すのは、およそ50年後。
それはまた別の物語であり。
ずっと後の話だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王宮での騒動から数日後。
わたしは、エリューシオン教会の馬車に乗り、コバルト王国を離れた。
隣には、幼なじみがいる。
彼も教会の治療施設で、事務員として働くことになった。
「本当にいいの?」
「何が?」
「わたしについてきて」
「リンを一人にしたら、食事中にまた口を汚すだろ」
「自分で拭けるよ」
「昨日、スープを頬につけたまま患者を診ていた」
「あれは模様です」
「何の模様?」
「聖女の模様」
「そんなものはないよ」
幼なじみが笑いながら、わたしの口元を拭った。
わたしは窓の外を見る。
コバルト王国の城が、どんどん遠ざかっていく。
少しだけ心配だった。
「王国、大丈夫かな」
「心配?」
「患者さんたちがいるから」
幼なじみは、少し困ったように笑った。
「リンは、追い出された国の心配までするんだな」
「だって、患者さんは悪くないもの」
「そうだね」
彼は、わたしの頭を軽く撫でた。
「でも、これからはリン自身のことも大切にしなよ」
「うん」
「まずは、ちゃんと休む」
「うん」
「食べながら話さない」
「それは難しい」
「努力して」
「はい」
しばらくして。
幼なじみがぽつりと言った。
「リンがコバルト王国を希望したのって、僕がいたからなんだ」
「理由の一つだよ」
「それ、今まで一度も聞いてない」
「聞かれなかったから」
「そういう大事なことは、聞かれなくても言うものなんだよ」
「難しい」
「リンにとって、僕は大事?」
「大事だよ!」
わたしは答えた。
「白いパンと同じくらい」
「それは喜んでいいのかな」
「豆の煮込みよりも上だよ」
「それなら、かなり大事だね」
幼なじみは呆れながら笑った。
それから。
少しだけ真剣な顔になる。
「じゃあ、僕がリンについていく理由も、聞かれなくても言っておく」
「うん」
「リンが好きだからだよ」
馬車の車輪が、小さな石を踏んだ。
がたん、と車体が揺れる。
わたしはしばらく考えた。
「それは、白いパンより?」
「比べるものじゃないよ」
「豆の煮込みより?」
「それよりも上」
「それなら、かなり好きだね」
「かなり好きだよ」
わたしは笑った。
「わたしも、かなり好き」
幼なじみも笑った。
馬車の中に。
わたしたちの笑い声が響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あれから。
わたしは教会の治療施設で、多くの患者を治した。
仕事の合間には幼なじみと昼食を取り。
休みの日には一緒に町へ出かけた。
そして数年後。
わたしたちは結婚した。
結婚式の日。
幼なじみ――いまでは夫となった彼が。
わたしの口元を布で拭った。
「リン。クリームがついてる」
「結婚式のケーキだから、ついていてもいいの」
「よくないよ」
「幸せの模様です」
「また模様にする」
彼は笑いながら、わたしの口元をきれいにしてくれた。
わたしは、その手を握った。
聖女になるための修行は、とても大変だった。
コバルト王国では偽者と呼ばれ。
王宮からも追い出された。
それでも。
あの国を派遣先に選んだことを、わたしは後悔していない。
治したかった人たちを治すことができた。
助けたかった治療院を助けることができた。
そして。
大好きな人の隣へ戻ってくることができた。
「リン、今度は鼻にクリームがついてる」
「これは聖女の模様です」
「さっきは幸せの模様だっただろ」
「両方です」
夫は声を上げて笑った。
わたしも一緒に笑う。
わたしにとっては。
これが何より幸せな奇跡だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この短編は、『僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です』と同じ世界を舞台にした物語です。
コバルト王国については、シリーズ本編第4作『僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です4』のクラレット編エピソード1・エピソード3でも詳しく描かれています。
また、世界の成り立ちや聖女・教会の歴史などに興味を持っていただけましたら、本編シリーズもぜひご覧ください。
シリーズは第1作から読むと世界観をより深く楽しめますが、それぞれ単体でもお楽しみいただけます。




