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『親バカ公爵の婚約破棄大作戦! 愛娘を守るはずが、なぜか全員幸せになりました』

作者: 山田 バルス
掲載日:2026/07/16

第一話 娘溺愛公爵の極秘任務――王子殿下に婚約破棄させろ!



 アルペン公爵家。

 王国でも名高い名門貴族であり、その当主マカロニ=アルペン公爵は、国王からも厚い信頼を寄せられる人物だった。


 ……ただし、社交界では別の意味でも有名だった。

 娘のことになると、理性を失う男。


「認めん! 私は絶対に認めんぞ!」


 今日もまた、公爵邸の執務室に怒声が響き渡る。

 机の上に置かれているのは、一枚の婚約書。

 相手は第一王子ラクレット殿下。

 王命によって決められた、アルペン公爵令嬢クリーミーとの婚約だった。


「なぜ我が可愛い娘を、王子などに渡さねばならないのだ!」

「公爵様……殿下は王国でも評判の良いお方ですが」


 側近が冷静に告げる。

 ラクレット王子は、民からの信頼も厚く、文武に優れた完璧な王子。

 誰もが羨む婚約相手だった。

 ……普通ならば。


「そんなことは関係ない!」


 マカロニ公爵は拳を握る。


「クリーミーは昨日、私のために紅茶を淹れてくれたのだぞ!」

「はい」


「笑顔で『お父様、いつもお仕事お疲れ様です』と言ってくれたのだぞ!」

「はい」


「そんな天使のような娘を、簡単に誰かへ渡せる父親がいるか!?」

「……完全なる親バカですね」

「違う! これは父親として当然の愛情だ!」


 側近は深いため息をついた。

 この公爵、国政では非常に優秀なのだ。

 しかし娘のことになると、途端にただの心配性な父親になる。


「ですが、公爵様。婚約は王命です」


 その言葉に、マカロニ公爵は黙り込む。

 いくら権力を持つ公爵でも、王命を簡単に覆すことはできない。


 ならば――。


「方法は一つしかない」


 公爵はゆっくりと立ち上がった。


「ラクレット王子殿下のほうから、婚約破棄を申し出てもらう」

「……はい?」


 側近の顔が引きつる。


「殿下にクリーミーとの婚約を後悔させるのだ」

「それは……かなり難しいのでは?」

「だからこそ、秘密の協力者が必要なのだ」


 こうして、公爵の極秘作戦が始まった。

 作戦名。

『未来の婿を円満に諦めさせる計画』


 その任務を任されたのは、一人の男爵令嬢だった。

 ピンク色の髪を持つ少女。

 リコラ=ローズ男爵令嬢。


「リコラ。君にやってもらいたい依頼がある」

「はい、公爵様」


 突然、公爵家へ呼び出されたリコラは緊張していた。

 まさか自分が、こんな大きな役目を任されるとは思っていなかったからだ。


「君には、王子殿下の心を惑わせてもらう」

「……え?」

「そして、クリーミーとの婚約を考え直すよう仕向けるのだ」


 リコラは目を瞬く。

(え? 普通、この役って……婚約者を奪う悪役令嬢側では?)


 頭の中が混乱する。

 しかし目の前にいるのは、王国でも最高位の公爵。

 断れるはずもない。


「……わかりました。私にできることなら」

「頼んだぞ、リコラ!」


 こうして、前代未聞の作戦が開始された。

 男爵令嬢リコラによる――。


『王子殿下に嫌われるための努力』

 ……のはずだった。


 しかし。

 誰も知らなかった。

 ラクレット王子は、クリーミーとの婚約を迷惑などと思っていなかったことを。


 むしろ――。

 彼は彼女を、心から大切に思っていた。

 そして、クリーミー自身も。


「お父様」

「な、なんだ?」


「また何か余計なことを考えていますよね?」

「なぜ分かった!?」


 娘には、父親の企みなどすべてお見通しだった。

 果たして、親バカ公爵の計画は成功するのか。


 それとも――。

 娘を幸せにしたいという父親の願いが、思わぬ恋の奇跡を起こすのか。

 アルペン公爵家の騒がしい婚約騒動が、今始まる。



第二話 男爵令嬢リコラ、王子殿下攻略作戦を開始する――はずだった


 数日後。

 王立学院に、一人の編入生がやってきた。

 ピンク色の髪を揺らしながら歩く少女。

 リコラ=ローズ男爵令嬢。

 彼女には、重大な使命があった。


 ――ラクレット王子殿下との婚約を破談に導くこと。


 もちろん、本当に王子を傷つけたいわけではない。

 ただ、公爵様の願いは絶対だった。

(大丈夫……私はやるだけよ)


 リコラは小さく拳を握る。

(王子殿下に『僕にはリコラがいる。クリーミー嬢とは結婚できない』と婚約破棄していただけばいいだけ)


 そう。

 これは恋ではない。

 任務なのだ。

 ……そう思っていた。



 王立学院の中庭。

 そこには、多くの生徒たちが集まっていた。


 その中心にいるのは――。

 金色の髪を持つ美しい青年。

 第一王子ラクレット。

 誰もが憧れる、この国の未来の王だった。


「やはり……噂通りね」


 遠くから見つめながら、リコラは息を飲む。

 完璧な容姿。

 優雅な立ち振る舞い。

 そして、周囲への気遣い。


(なるほど……これは確かに人気があるわけね)


 だが、リコラは負けるわけにはいかない。

 今日から任務開始。

 まずは第一段階。

 王子の印象に残ること。

 そして――。


「きゃっ!」


 リコラは王子の前へ歩き出した瞬間、わざと足をもつれさせた。

 完璧な演技。

 可憐に転ぶ令嬢。

 そして、颯爽と手を差し伸べる王子。

 これが恋愛小説のお約束。


(お願いします、ラクレット殿下……!)

 しかし――。


「危ない!」


 伸びてきた手は、金髪の王子のものではなかった。

 次の瞬間。

 リコラの身体を、誰かが優しく支える。


「大丈夫ですか?」


 耳元で聞こえる、穏やかな声。

 顔を上げると――。

 そこにいたのは、青い髪の青年だった。


「……え?」


 彼は王子の側近。

 カンブリー=ブルー伯爵令息。

 冷静沈着で知られる秀才。


 そして――。

 誰もが認める美青年だった。


「怪我はありませんか?」

「あ……はい」


 リコラは慌てて離れる。

 しかし。

 頬が熱い。

(違う……)


 心の中で叫ぶ。

(あなたじゃないの……!)


 今回の目的はラクレット王子殿下。

 王子を困らせ、婚約を諦めさせること。


 なのに。

 なぜか胸が高鳴る。

(落ち着いて、リコラ。これは任務よ)


 そう言い聞かせる。

 しかし、カンブリーは優しく微笑んだ。


「無理をなさらないでください。学院生活に慣れるまでは、大変でしょうから」

「……」


 その優しさに、さらに顔が赤くなる。

 ――まずい。

 これは非常にまずい。



 その様子を少し離れた場所から見ていたラクレット王子は、小さく首を傾げていた。


「カンブリー」

「はい、殿下」


「彼女は……面白い令嬢だね」

「そうですね」


「僕ではなく、君に助けられて驚いていたようだった」

「……」


 カンブリーは困ったように微笑む。


「気のせいでは?」

「いや。僕には分かるよ」


 ラクレット王子は楽しそうに笑った。


「彼女は、何か企んでいる」

「では、警戒を?」

「いや」


 王子は首を横に振る。


「むしろ興味がある」



 その日の夕方。

 リコラは学院の庭園で一人、反省していた。


「失敗した……」


 王子の前で華麗に転ぶ予定だった。

 王子と会話をする予定だった。

 少しずつ距離を縮める予定だった。


 なのに。

 結果は――。

 王子ではなく、側近に助けられた。


「どうしてこうなったの……」


 リコラは頭を抱える。

 しかも。

 ラクレット王子は、こちらを怪しんでいる。


 青髪の側近カンブリーは、なぜか優しい。

 そして自分の心は、少しだけ乱されている。


「恐るべき相手……」


 リコラは呟いた。


「ラクレット王子……そして、その側近……」


 こうして。

 娘溺愛公爵による婚約破棄作戦は、開始早々――。

 予想外の方向へ転がり始めたのだった。



第三話 貧乏令嬢リコラ、王族専用ランチに招待される



 数日後。

 王立学院の昼休み。

 リコラ=ローズ男爵令嬢は、現在――。

 なぜか。

 王族専用の個室で昼食を取っていた。


「……どうして、こうなったの?」


 目の前に広がる豪華な料理。

 そして、同じテーブルには。

 金色の髪を持つ第一王子ラクレット殿下。

 銀色の髪を持つアルペン公爵令嬢クリーミー。

 青い髪の王子側近カンブリー。

 王立学院でも特別な存在である三人が座っている。

 リコラは緊張で背筋を伸ばした。


(おかしい……)

(私は王子殿下との婚約を破談に導くために来たはずなのに……)

(どうして、こんな場所で一緒に食事をしているの?)


 混乱しながら、数十分前の出来事を思い返す。



 その日の昼前。

 廊下を歩いていたリコラは、偶然カンブリーと出会った。


「ああ、リコラ嬢」

「カンブリー様」


 爽やかな笑顔を浮かべる青髪の青年。


「これから昼食ですか?」

「はい」

「では、もうお食事は用意されているのですね」


 何気ない問い。

 リコラは少し迷った。

 しかし、嘘をつく理由もなかった。


「えっと……」


 小さく笑う。


「我が家はあまり裕福ではありませんので」

「……」


「朝はパン一つと、パン屋さんからいただいたパンの耳を食べています」

「……」

「夜は閉店間際に安くなったお弁当を買うことが多いです」


 リコラは明るく話した。

 まるで、それが普通のことのように。

 しかし。

 カンブリーの表情は少し曇った。


「それでは……栄養が足りません」

「え?」

「食事は大切です」


 優しい声だった。


「もしよろしければ、今日だけでも一緒に昼食を召し上がりませんか?」

「え? でも……」

「遠慮なさらなくて大丈夫です」


 そう言われ。

 気づけば、リコラは王族専用の個室へ案内されていた。



「……すごい」


 テーブルに並ぶ料理を見て、リコラの目が輝く。

 焼きたてのパン。

 香り豊かなスープ。

 美しく盛り付けられた料理。

 普段の生活では、決して見ることのできない食事だった。


「こちらは王都でも人気の料理人が作ったものです」


 カンブリーが説明する。


「このパンは、小麦の香りを楽しめるように焼き上げています」

「そんな違いがあるんですね……!」


 リコラは夢中になって聞いていた。

 その姿を見て、クリーミーは小さく微笑む。


「リコラさん」

「はい?」


「とても美味しそうに食べますね」

「す、すみません……!」


 慌てて姿勢を正すリコラ。


「いえ」


 クリーミーは首を横に振った。


「謝ることではありませんわ」

「……」


「料理を美味しく食べる人を見るのは、嬉しいものですから」


 その言葉に、リコラは少し驚いた。


(優しい人……)

 噂では、公爵令嬢というだけで近寄りがたい存在だと思っていた。


 しかし。

 実際のクリーミーは、とても穏やかな少女だった。


「でも……」


 クリーミーは少しだけ首を傾げる。


「リコラさん」

「はい」


「どうしてこの学院に編入されたのですか?」

「え? 父の仕事の都合です」


「あら、男爵様は、王都にはおられないのでは……」

「うっ……こ、これから来る予定なのです……」


 リコラは曖昧に笑顔を浮かべる。


「何か事情がおありなのかしら?」

「そ、それは……」


 答えに困るリコラ。

 そこでカンブリーが助け船を出す。


「クリーミー様、彼女は僕のお客様ですので、それぐらいでお願いします」

「まあ、そうですわね。カンブリー様のお客様でしたわね」


 優しく微笑む。


「では、わたくしとも、仲良くできれば嬉しいですわ」

「……はい」


 リコラは胸の奥が温かくなるのを感じた。



 その様子を、ラクレット王子は静かに見ていた。


「……」


 彼はすでに気づいている。

 リコラが、自分へ近づこうとしていること。

 そして。

 何か目的を持っていることも。


(さて……)

 ラクレットは紅茶を口にする。

(彼女はいったい、何を考えているのかな)


 だが、問い詰めるつもりはなかった。

 リコラの表情。

 食事を楽しむ姿。

 クリーミーへ向ける素直な態度。

 それらを見る限り。

 彼女が悪意を持っているとは思えなかった。


「殿下?」


 カンブリーが声をかける。


「どうかされましたか?」

「いや」


 ラクレットは微笑んだ。


「少し気になる令嬢が現れたと思っただけだよ」


 その言葉に、カンブリーは小さく笑う。


「警戒は必要でしょうか?」

「まだいい」


 王子は首を横に振った。


「しばらくは、見守ろう」



 その頃。

 リコラはというと。


「このデザート……初めて食べました……!」


 完全に任務を忘れていた。

 王子と仲良くなることも。

 婚約破棄へ導くことも。

 今はただ。

 目の前の美味しい料理と、優しい人たちとの時間を楽しんでいた。

 こうして。

 娘溺愛公爵による婚約破棄作戦は――。

 またしても、思わぬ方向へ進み始めていた。


 ◇


 その頃。

 アルペン公爵邸。

 執務室では、一人の男が落ち着かない様子で歩き回っていた。


「まだか……」


 マカロニ=アルペン公爵。

 普段は冷静沈着で、王国でも有数の切れ者と呼ばれる男。

 しかし。

 愛娘クリーミーのことになると、話は別だった。


「リコラ嬢からの報告は、まだ届かないのか?」


 側近へ問いかける。


「はい。現時点では、まだ何も……」

「そうか……」


 公爵は腕を組み、深刻な表情になる。


「まさか……」

「はい?」

「ラクレット王子殿下が、想像以上に手強いのではないか?」


 側近は少し考える。


「殿下は、確かに簡単に心を動かされるお方ではありません」

「やはりか……」


 マカロニ公爵は頷いた。


「我が娘を幸せにするには、それほどの人物でなければ困る」

「……」


 側近は思った。

(公爵様……婚約を壊したいのか、認めたいのか、どちらなのでしょう)

 しかし、公爵は真剣だった。


「それで?」

「はい」

「いつ頃、ラクレット殿下はクリーミーとの婚約を破棄すると言ってくるのだ?」


 側近は言葉を失う。


「……公爵様」

「なんだ?」


「普通、その質問は娘を嫁がせたい父親がするものではありません」

「何を言う」


 マカロニ公爵は胸を張る。


「私はただ、クリーミーが悲しい思いをしない未来を望んでいるだけだ」

「ですが……もし殿下が本当にクリーミーを大切にしてくださる方なら」


 公爵は少しだけ表情を和らげる。


「私は……認めるつもりだ」

「公爵様……」

「ただし!」


 次の瞬間。

 公爵の目が鋭く光る。


「娘を泣かせた瞬間、王子であろうと許さん!」

「……」


 側近は深いため息をついた。

 やはり。

 この人は国でも有名な親バカ公爵なのだ。



「それにしても……」


 マカロニ公爵は窓の外を見る。


「リコラ嬢は、ちゃんと任務を果たしているのだろうな」


 しかし。

 公爵はまだ知らなかった。

 自分が送り込んだ令嬢が――。

 王子を誘惑するどころか。

 王子の婚約者と仲良くなり。

 王子の側近と距離を縮め。

 そして。

 王族たちとの温かな昼食を楽しんでいることを。


「報告が楽しみだな」


 娘の幸せを願う父親と。

 予想外の方向へ進み始めた婚約破棄作戦。

 果たして、この作戦の結末はいかに――。

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