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いしをはこぶ子ヤギ

作者: 湯長 森一郎
掲載日:2025/11/10

子ヤギ、チチが寝ている

まだ夜明けの青みが残る、ひんやりとした朝の霧が谷間を覆い始めている時間

目覚めは、急激な意識の上昇ではなく、むしろ眠りの淵から現実の覚醒へと、静かに緩やかな移行であった

彼は、湿った土と深く冷たい草の匂いを鼻腔の奥で捉える、彼がまだ自力で歩けず、母ヤギの腹の下で脅威から隔てられていた、あの幼い日々の柔らかな安心感を明確な輪郭を持たずに彼の内面に呼び覚ました

彼は、そのほとんど自覚のない懐かしさの余韻の中で、ゆっくりと四肢を伸ばし、立ち上がる


石運びがはじまる

背中には、村の工匠が厳選した、平らで滑らかな灰色の石が三つ、麻の袋に入れられ括り付けられている

石の冷たく硬質な感触は、布越しに彼の背骨に伝わってくるが、その圧力は、彼が今日一日のうちに遂行すべき役割を、彼自身という存在が、この運搬の行為のためにのみ創られたような抗いようのない重さを、静かに彼の意識下に刻み込むかのようであった。


霧はまだ濃く、彼の聴覚と触覚を研ぎ澄ませ、遠くで聞こえる早朝の川の流れる音や、地面を踏みしめる度に足裏に伝わる土の起伏を、彼にとっての世界のすべてとする確かな足取り

初めてこの役割を与えられた日、あの時の急な登り坂で感じた、肺が焼けるような激しい渇きと、その後に飲んだ湧水の驚くほど甘く冷たい味

彼は、あの日の渇きと、今日の湿度の対比の中で、時間が彼の外側で流れているのではなく、むしろ彼の感覚の変遷そのものが、時間の流れを構成しているのだということを、言葉を持たずに理解していた

彼は石を、山頂近くの畑まで運ぶという、歩みを今日も進める


しばらく登ると、チチは道の脇で、熱心に地面の草むらを観察している老いたカラスに出会った

カラスは彼の接近に気づくと、その光沢のある黒い頭をわずかに持ち上げ、片目を閉じるという、人間的な動作で挨拶をした


カラスが口にした、「重くないのかい? お前の背中は、空を飛びたがっているみたいだが」

彼は立ち止まり、息を整えながら、思考の流れの中で、この問いを咀嚼しようとする。最初の石がこの谷に置かれた瞬間から、彼に割り当てられた不可避の宿命であるかのような気持ちがした


彼は、この石運びの行為が、種を蒔き、収穫を得るという、遠い季節の約束を運んでいることを、感覚的に理解していた

その結実の喜びは、石の質量とは異なり、彼の内面に静かで揺るぎない確信として根付いていた

カラスの「空を飛びたがっている」という表現は、過去の夢の中で、雲一つない青空をただ見上げ続けた時の、あの胸を締め付けるような開放感の断片を、一瞬呼び起こした


彼は答えた。「重いけれど、僕が運ばなければ、この石はあの畑には行けません。それだけのことです」

その言葉は、過度な感情を含まず、事実のみを述べるものだった

それは、彼の内面の葛藤や、一瞬の回想のすべてを、生命の奔流を濾過し、残った最も単純な答えであった

チチは、カラスの返答を待たず、再び歩き出す。カラスの存在と、その問いかけによって生じたさざ波は、彼が次の一歩を踏み出した瞬間、急速に彼の後ろへと遠ざかっていき、再び彼の意識は、目の前の坂道と、背中の石の反復的な重さのリズムへ向かった


山頂近くの畑に到着したチチ

畑は風が強く、朝の太陽がすでに谷間の霧を完全に払い去り、視界は遙か遠くまで開けていた。この突然の視界の拡大は、彼の意識を、これまでの道のりの自らへ向かう集中から、広大な外の世界へと一気に開かせるものだった


彼は、指定された、大きな岩の横まで進むと、背中から麻の袋を慎重に下ろす

彼は袋の口を解き、一つずつ石を取り出した。チチの足先が、石の平らで冷たい表面に触れる、その冷たさは、彼自身の小さな体温を吸い、代わりに、彼がその日の朝の霧の中で感じた、岩石が内包する悠久の時間の質感を伝えてきた。この冷たい感触こそが、彼が運んだものだ


三つの灰色の石は、畑の茶色い土の上に、静かに、そして正確に並べられた。彼らがこれからこの土壌をどのように変えるのか、どのような作物の生長に貢献するのかを、チチは具体的には知らない

しかし、この一連の石運びは、彼がこれまでに運んだ、あらゆる小さな枝や草の束

それは、幼い頃、母ヤギの真似をして運んだ、意味のない、しかし真剣な労働の記憶で、今、この石を置いた瞬間の達成感もそれと同じ喜びがあった

チチはしばらくの間、彼が運んだ石たちを見つめた


チチは、背中に石の重さがなくなって身軽になった体で来た道を下り始める

道端でおいしそうな草があれば、よくかんで食べる

太陽はもう高く、谷間の湿度は完全に引き、空気が乾燥している。その乾燥した透明感は、彼の意識を覆っていた、朝の霧のような曖昧さを一掃して、どこまでも見通せるようだった


彼は、空を見上げた、そこには、遠くの山並みの上を、白い雲がゆっくりと、ほとんど感知できないほどの速度で流れていくのが見えた

その流れは、彼が運んだ石も、時間とともにこの世界の別の場所で静かに変容していくようにも感じられた


村に戻ったチチは、母ヤギの元へ直行する

彼が今日体験した、石の冷たさ、カラスの問いかけ、そして畑の風の匂いといった、無数の断片的な感覚や感情を、言葉という枠組みの中で話すことで、気づかなかった何かを拾い上げているようだった


彼の話を静かに聞き終えた母ヤギは、ただ彼の額を優しくそっとなめた、この穏やかな触れ合いは、チチが言葉で定着させようとした一日のすべての感覚と出来事を、再び言葉以前の、温かく確かな安堵へと溶かしていった

彼は石を運び、そして帰ってきた

彼のその単純なサイクル

母ヤギの体温のそばで、明日へ向けて、チチはまどろむ






チチが、労働の疲労と母の温もりで深く眠りについてから

夜の静寂が谷間に降りてきた

母ヤギは、チチの小さな寝息を確かめると、夜道へと静かにその四肢を進ませた


彼女の目指す場所は、チチが今日、三つの灰色の石を並べた、山頂近くの畑だった

夜闇は彼女が幼い頃、夜の牧草地で聞いた、風に運ばれる遠い遠い水の音と結びつき、心に巨大な静寂の響きをもたらした


彼女が畑へと到着した時、彼女の視線はすぐにチチの置いた三つの石に向けられた

石たちは、昼間の平易な道具ではなく、波打つ妄念の境界を定める、小さな置き石として存在していた

丘の向こう、闇のさらにその向こうに、穢れに飲まれもう助からない存在たちの、引きずり込もうとする思念の波が、畑の境界めがけて打ち寄せているのを、母ヤギは見ていた

それは、互いに傷つけあい自らを痛めた獣の体や心から吹きあがる、救いのない残骸であった

チチの置いた石は、その穢れの余波をささやかに防いでいた


母ヤギは、石の守りにほころびがないか、一歩一歩、時間をかけて確認した

わずかでも妄念の濁った流れが眠っている村へと流れ込み、彼らの安堵を害さないように


彼女の視界の隅で、一羽のカラスが、夜の闇に同化するように、ただじっと彼女を見ていた

それは昼間にチチに話しかけた、賢い観察者とは異なっていた

カラスの瞳は、星の光を映すこともなく、ただの深淵であり、死んだ目は、母ヤギを見るだけだった

ほんとうにある輝きを仮初として、もう生きていないカラスは丘の向こうへと招こうとしている


確認を終えた母ヤギは夜の道を引き返した

チチの寝息が聞こえる家へと、夜の星と朝の光を繋ぐ、一筋の細い歩みを繰り返すために


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