生き様4
俊明が旅を始めて3ヶ月が経とうとしていた。
僕は今帝国と元魔族領の境にある小さな村に来ている。
元というのは魔王が死んだ後周辺国が領地の取り合いをしたらしい。
しかし魔王城周辺は生き残っていた残党達によって魔族領という形を保っていると。
恐らく今僕を導いている『絶望』は彼らのものだろう。
それに対してこの村はとても平和だ。
このハンバーグ帝国は現在様々な国と戦争をしているが、国民たちの『絶望』は他国より少ない。
これは多分、為政者たちの情報操作がうまいのだろう。
実際に僕が殺した隊長の事も兵士たちしか知らなかった。
それにこんな辺境まで来ないと戦争の話を詳しく聞けないのだ。
…この村を見ているとあの頃が思い出される。
初めに僕を受け入れてくれた村、帝国兵に滅ぼされた村、僕が初めて人を殺した村。
でもここは違う。
他人に踏みにじられる事もなく、大人から子供までの皆が笑顔でいる。
「ねえねえおじさん。一緒に遊ぼ!」
すると五人の子供達がこう言ってきた。
俊明は優しく微笑み。
「良いよ、何して遊ぶ?」
「英雄ごっこ!」
子供達が口を揃えて言う。
「おじさん『暗黒龍』して!」
「分かった。君たちは?」
「俺『無双』!」
「僕は『異天』!」
「じゃあ私『傀儡師』!」
「ぼくは…『賢者』にする!」
「オレッち『森羅万象』!」
「よーしかかってこい。がおー!」
俊明は両手を広げて子供達とじゃれ合う。
澄君と出会ってから心の底から笑えるようになった。
僕は今を楽しんでいる。
奇妙なことに魔王が語った人生観は今の僕に合っている。
それに田辺君のこともあるだろう。
彼が“この世界で幸せに生きている”これだけで僕の心は軽くなった。
この子達もそうだ。
無邪気でまだ『絶望』を知らない無垢な存在。
そんな彼らを見ると胸が温かくなる。
もう誰にも奪わせやしない。
この尊い命の尊い時間を…。
—俊明は魔王城を目指して歩いていた。
すると背後に知ってる気配を感じた。
「一体何の用だい?【イレギュラー】。」
『あらら、バレちゃったか。せっかく驚かせようと思ったのに。』
そう言いながらグレーのパーカーを着た男が薄ら笑いを浮かべて歩いていた。
「もう前の僕とは違うんだよ。それで、何の用だい?」
『いやー君を見てて思ったことがあってさ。』
「思ったこと?」
『うんうん、それで思ったんだ。君って“矛盾”だらけだね。』
「…。」
『僕と最初に話した時もあんなにカッコつけてたのに心揺れまくってたじゃん。』
俊明はただ黙っている。
『それに君。ずっと死にたいって思ってるクセに深層心理じゃ生を渇望してるじゃないか。君のその能力がなによりの証拠だよ。』
「僕の能力が?」
『ああ、君の能力は“他人の絶望を見る事ができる”ってのと“絶望している人間を必ず殺す事ができる”ってやつさ。』
「二個目は知らなかったな。」
『さらに二つ目の能力は二種類あるんだ。そのまま死を与える“恐怖”と安らぎを与える“解放”。』
「待ってくれ、いきなりすぎる。頭がパンクしそうだ。」
『しょうがないなあ。簡単に言うと君の能力は計三つある。そして“恐怖”の力は君の防衛本能によって発動される。つまり君が生きたいと思ってるからなんだよ。』
「…なるほど。」
『それでね君に問いたいんだ。君が真に望むのは生か死か!君の中にある“矛盾”の答えはどっちなのか!』
「…“矛盾”ねえ。君はそれを良く思って無いみたいだね。でもね、僕は気付いたんだ。その“矛盾”こそが“人間”だって。」
『はは、ははははは!そうか!そうだ!君は俊明。“人間”三浦俊明だ!その傲慢な答えもとても“人間”らしい!やっぱり君は最高に面白いよ!』
【イレギュラー】は納得したように笑っている。
その時ドォン!!と轟音が響いた。
「何の音だ!?」
『始まったんだよ。人間と魔族の最終決戦が。』
そうか…ついに始まったのか。
『一緒に見に行こうよ俊明君。君の目的地は元から向こうだろ?』
「そうだね。」
俊明が返事をすると二人の体が宙に浮いた。
「えっ何これ!?」
『大丈夫。僕に任せて。』
【イレギュラー】がそう言う。
確かに彼は胡散臭いが信頼はできる。
そのまま二人は飛び上がり戦場へ行く。
しばらくすると争い合う人々の群れが見えてきた。
響く爆音、打ち合う金属音に兵士たちの怒号。
『この戦で魔族は完全に地上から姿を消すだろうね。』
ここから見ても人間軍が押しているのが良く分かる。
『どうする?彼らを助けるかい?』
「いいや。」
『即答だね。』
「これは彼らが選んだ道だ。僕が下手に介入することじゃない。それに助けてどうする?また戦争でもするのかい?」
『それもそうだ。フフッ、やっぱり君は面白い。僕は今まで沢山の人間を見てきた。でも初めてだよ、僕に“人間”を宣言したのは…。』
「僕はただ自分の考えを言ったまでだよ。」
『フフフ。今後も君を見させてもらうよ。』
「ああ、構わないよ。」
そう言うと【イレギュラー】は嬉しそうに笑った。
—戦争が終わった。
結果は人間の勝利だ。
地上に出ていた魔族は全員死に、過去に魔王が張った結界のみが主亡き魔王城を守っていた。
暗い暗い真夜中。
月明かりのみがその景色を照らしている。
廃れた魔王城、玉座の間に人影がある。
黒いオールバックの髪に紺色のローブを身につけている男だ。
年齢は40前後だろうその男、三浦俊明は大窓を開け放ち水平線を眺めている。
僕は最初、ここが異世界だと気付いた時死のうと思った。
でも、沢山の人と出会って僕の考えは変わった。
優しかった村人たち、『解放』を望む者たち、希望の勇者、探楽の魔王、真実の語部、笑顔の伝道師、闇の中を生きる者たち、『絶望』を知らない幼子たち…。
水平線の向こうからオレンジ色の太陽が顔だす。
気付けばそれに手を伸ばしていた。
そしてその手をギュッと握る。
「生きよう、生き続けよう。」
ふと口から漏れた。
そうだ…生き続けるんだ。
何が起きようと受け入れ、ひたすらに、ひたむきにただただ生き続ける。
これが“人間”の宿命なんだ。
だから僕も生きるんだ。
この美しい朝日を見るために…!
絶望逃避行—完—




