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絶望逃避行  作者: 月影 真
第三章
7/8

生き様3

『勇気』光骸正義が死んで早3日が経った。

彼の死は国民には伏せられ魔王討伐の情報のみが出回っている。

俊明は再び帝国に戻り『解放』を続けていた。

気付けばもう太陽は真上にある。

心なしか腹も空いてきた。

(もうこんな時間か。)

俊明は昼食を食べる為に大通りへ出た。

手軽に食べれて胃にたまるもの…。

この条件に当てはまる店を探すがあるのは凝った店ばかり。

そしてその一つ一つには長い行列ができている。

しばらく歩くととあるパン屋が目についた。

そこには先程のような行列は無い。俊明がそこに近づくと香ばしい香りが漂って来た。

すると店頭に立っていた女性店員が俊明に気づいた。

「もしかしてお客さんですか?」

「ええ。」

「ではご注文はいかがなさいますか?」

店員は綺麗に並べられたパン達を指差して言う。

「じゃあこれと、これで。」

俊明は具が沢山乗った惣菜パンとチョコクロワッサンを選んだ。

「かしこまりました!」

店員はそう言って選ばれたパンを取り紙袋に入れる。

「それにしても珍しいですね。この時間はみんなレストランに行くのに。」

「どこも人がいっぱいだったので。逆にどうしてここにはあまり人が?」

「うちはいつもおやつの時間にお客さんが来るので、昼食時に来店する方は珍しいんです。はい、こちらご注文の品です。」

「ああ、ありがとうございます。では。」

「ありがとうございましたー!」

元気のいい人だなあ。

と思いながら俊明はどこか座れる場所を探す。

都合の良いことに歩き始めて1分も経たずにベンチを見つけた。

そこに腰掛け紙袋を開ける。

まず手に取ったのは惣菜パン。

ふんわりと焼き上げた生地の上にミートソースが塗られており、またまたその上にベーコンや野菜がゴロゴロと乗ってある。

早速一口食べる。

うん、うまい。

そうしてしばらく食べ進めていると。

「あのォ、もしかしておたく日本人ですか?」

と前方から関西なまりの日本語が聞こえてきた。

視線を上げると赤いスーツに身を包んだポニーテールの男が立っていた。

「確かに僕は日本人だけど…君は?」

「ああ!やっぱり日本人や!ウチは入海澄(いるみすま)って言います。」

「澄君か、僕は三浦俊明。よろしくね。」

「よろしゅう俊明はん。ところでおたくはどおしてここに?」

「向こうで死んで目が覚めたらここに、今は旅をしているよ。」

「やっぱりですか…いやーウチを病気で死んでもうてですね。こっち来てからはサーカス団作って世界中回ってますわ。」

「ええ、向こうで曲芸師してましてね。素質ある人達集めて作ったんですよ。」

「すごいね。僕は不器用だからなあ。でもどうして団しようと思ったんだい?旅をするなら一人の方が都合が良いのに。」

「一人旅もええですがウチは人様の『笑顔』を見るんが大好きなんでね。座右の銘は“笑顔は世界

救う”なんです。んでせっかくやからでっかくしてより多くの人を『笑顔』しようと、そう思ったんですよ。」

「なるほど、笑顔か…。」

心の底から笑うなんて最近してないな。

「せや!良ければウチらの公演見てってくださいな。特別席、用意しまっせ!」

サーカスか…あまり経験が無いな。

向こうでも特に関わりがあった訳でもない。

「そうだね、せっかくだしお言葉に甘えようかな。」

「よっしゃ来た!ほな次の開演は14時からです。このチケットを受付に渡したら席行けますんで。」

澄はそう言って一枚の紙切れを渡してきた。

「ウチは先に行って準備してきます。楽しんでいってくださいね。」

澄はやや駆け足で去って行った。

僕以外の『ヨグ・ソトースの遣い(ウィスパリング・ワン)』…なんだか新鮮な気分だ。

なんだろうこの気持ちは。

とうの昔に消えたもののようだが…。

—時は経ちいよいよ公演の時間がやって来た。

俊明は澄の言った通り、受付でチケットを見せた。

するとVIP席に案内された。

周りには誰も居ない。

どうやら本当に僕だけが特別なようだ。

時間になるとテント内を照らしていた照明が消えステージにのみスポットライトが照らされる。

そこに立っていたのは赤いスーツに身を包みシルクハットを被ったポニーテールの男。澄だ。

「Ladies and Gentlemen!ようこそいらっしゃいました!私このスマイリーサーカス団座長のイルミ・スマと申します!ここに来たことを後悔させません!さあ夢の様な時間をお過ごしください!」

大きな拍手が起きる。

すると真っ暗な観客席に色とりどりの炎が現れた。

赤、青、黄、緑等々カラフルな炎が彼らを灯した。

それらは大きく円を描きながら登って行き最終的には鮮やかに弾けた。

これを見た観客達は興奮状態だ。

次に役者達の大道芸が始まり、猛獣達の華麗な芸、ピエロ達のコント等が行われた。

それを見ていた俊明の顔はみるみるうちに明るくなっていく。

楽しい…!

そうだ、これだ!先程の感情の正体。忘れていたもの!僕は今、この瞬間を楽しんでいる!

俊明の目はまるで子供の様に輝き今までで一番感情を表に出してる。

ああ、この時間がいつまでも続けば良いのに…。

そんな俊明の願いは虚しく楽しい時間は終わりを迎えた。

「本日の公演は以上となります。皆様今日は来ていただきありがとうございました。気をつけてお帰りください。」

まだあの時の興奮が残っている。

出口を出た俊明を迎えたのは澄だった。

「俊明はん楽しめましたか?」

「うん、とても楽しかったよ。ここ数年で一番だったよ。」

「そう言ってくれて嬉しいですわあ。まだちょっと早いけど良ければ一緒にご飯行きません?日本人同士積もる話もありましょう?」

「そうだね、やっと会えた同郷だ。それに今日はとても楽しませてもらったからね。」

「ははっ。ほな行きましょ。ええ店知ってるんです。」

澄に連れられて来たのは高級そうなレストランである。

なんでもハンバーグ専門店らしい。

そこで僕達はお互いの過去やここまでの道のりを少し話したりして信頼を深めていった。

「まさか俊明はんにそんな深い過去があるなんて…。誰がなんと言おうともウチはおたくの味方でいますよ!」

「ありがとう、澄君。君も困った事があったら僕を頼ってくれると良い。」

「そんなそんなありがとうございます。やっぱり持つべきものは友ですね!」

「うん、その通りだよ。」

「ところで話変わりますがウチの能力について俊明はんには知っといて貰いたいんです。」

「君の能力?」

「ええ。おたくも知ってる通りウチら異世界人はなんか特別な力を持ってます。そんなん中でウチの力は“人を笑顔にする能力”なんです。」

「人を笑顔に…。」

「正確には人の中に芽生えた『楽しい』って感情を増幅さしてその人を笑顔にするってモンなんです。」

「そういうことか!あの時僕の中であんなにも感情が出てきたのは君の能力だったのか!」

「詐欺師みたいやと思うでしょ?実際似たような事なんですけどね。」

澄は少し寂しそうな笑顔を浮かべる。

「詐欺なんてとんでもない!僕を含めて沢山の人が君に救われたんだよ!」

その言葉を聞いて澄ははっとする。

「君の能力は『楽しい』って感情が出ないと効かないんだろう?じゃあ少なくとも君の公演を見て皆楽しいと思ったんだよ!」

「…そうですね。その通りです。全く、最初あんなにカッコつけてたのに恥ずかしいですわ。俊明はんおたくのおかげでまた自信つきましたわ。ありがとうございます。」

「大したことはしてないよ。」

「へへっ。またそんな謙遜しはって。やっぱりウチの考え方は変わりまへん。“笑顔は世界救う”これがこれこそがウチ、入海澄なんです。」

そう言って彼は誇らしげに笑った。


あれから一週間が経った。

俊明はハンバーグ帝国東都オロシに来ていた。

そこでも彼は『解放』を続ける。

『絶望』に従って歩いているとある建物が目に入った。

何かの施設だろうかそれは周りに比べひときわ大きく何かの紋章を掲げている。

なによりそれはとても大きい『絶望』を放っていた。

(なんだこの建物は?一体中に何が居るんだ?)

少し恐怖を抱きながらも俊明は中に入ろうとする。

「う、ううう家になっ何かご用ですか?」

背後から吃音のある女の声が聞こえてきた。

振り返ると紫の髪を腰まで伸ばした女が立っていた。

「用っていうかなんの建物かなって…。」

「ああ、なっなななるほど。こ、こっここは孤児院です。」

「孤児院ですか。」

なるほどそれならこの大きな『絶望』にも説明がつく。

「そっそそそそれにここはた、只の孤児院ではなくわわわ私の様なせっ世間から弾かれた人達がああ集まった所です。」

つまり訳アリか。

「よよよよよ良ければ中には、入りませんか?おおお茶でも淹れますよ。」

「いえいえ、悪いですよ。」

「そ、そそそう言わずに。ぜ、是非子供達にも会っていってくくください。」

「…ではお言葉に甘えて。」

中に入ると沢山の子供達が迎えに来た。

しかし彼らを良く見ると腕が無い者、足が無い者、両目をふさいでいる者、異様に背が小さい者、等々何らかの障がいを持っている。

「お帰りなさいステラおばさん。」

「たたただいま。」

「おばさんそのひとだれえ?」

「こここここの人はお、お客さんですよ。あああ挨拶しなさい。」

「こんにちは!」

子供達が一斉に挨拶をする。

「こんにちは。」

「おじさんのおなまえはなに?」

「僕の名前は三浦俊明だよ。よろしくね。」

「よろしくね!トシアキおじさん!」

なんて可愛らしい子たちなんだろう。

「とっととトシアキさん。お茶のよ、用意が出来ましたよ。」

「ありがとうございます。」

俊明はステラに案内されて木製の椅子の上に座る。

「皆良い子たちですね。」

「あああ、ありがとうございます。みみ皆、昔親に捨てられ、迫害されてよよようやくここにたどり着いたのです。」

そうか僕らの世界では障がい者はそれなりの理解と福祉を受けていたが、この世界ではただの異端として見られるのか。

「そそそそんな私たちを助けてくれたのがいい『異天』様でした。」

そう言ってステラは一枚の絵を見せる。

「ここ、こここれがこの施設のそそ創設者の肖像画です。」

僕はその絵を見て目を疑った。

「か、彼の名前は?」

「かか、彼こそが『異天』タナベ・ユウサク様です。」

そこに描かれていたのは黒い髪を下げたたれ目の男。

俊明の目には自然と涙が溢れて来た。

彼が、彼こそが向こうの世界で自殺した俊明の後輩であり親友、田辺優作(たなべゆうさく)である。

ああ、田辺君。君はこんなところに居たんだね。

「ああの、だだだ大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です…。」

「ななな何かあったらすぐにい、言って下さいね。」

「ありがとうございます。」

田辺君。

君は相変わらずだね。

昔から誰にでも優しくて優しくて…。

だから壊れてしまったんだろう。

病気の母を養う為に昼は上司のパワハラに耐えながら働き、夜は寝る時間を削って金を稼いだ。

十分疲れている筈なのに心配させまいと気丈に振る舞っていた。

それから後輩達にも過剰に頼られ、上司からは暴力と暴言の応酬。

しかしそれでも彼が諦めていなかったのは母の存在が大きかったのだろう。

だが彼の頑張りは虚しく母親は亡くなってしまった。

それからの彼は見るに堪えなかった。

その目に光はなくずっとうわ言を繰り返していた。

何度も様子を見に行ったが変わらずうわ言を繰り返すだけ。

彼の訃報を聞いたのはあれから一週間も経たなかった頃だ。

田辺君の妹から風呂場で彼が死んでいるって。

当時の僕は膝から崩れ落ちたよ。

あの優しい田辺君が、あの頼れる田辺君が…。

でも君はここに来ていたんだね。

そしてここでも人々にその優しさを振りまいた。

君は沢山の人を救ったんだ!

『異天』の訃報はまだ無い。

今度こそ君が幸せに生きていることを心から願うよ。

俊明は何かを決意するようにギュッと目をつむる。

田辺君は彼の意思を貫いた。

なら僕も彼に恥ずかしく無いように…。

俊明はしばらく子供達と日が暮れるまで遊んだ。

「ステラさん、今日はありがとうございました。」

「いいいいいえいえ。こここちらこそ子供達とい、一緒に遊んでいただきああありがとうございます。」

「じゃあ、僕はこれで。」

「つつつ次はど、どこに向かうのですか?」

「えーと次は…。」

俊明は『絶望』が大きい所を探す。

「そうですね、次は東に。」

「ひひひ東ですか?そ、そ、そこは今まま魔族との戦争中ですよ?」

「そうなんですか…でも僕は行かなくちゃならないんです。」

「そそそうですか。お、お気をつけて。」

「おじさんばいばいー!」

「バイバイ、みんな。」

俊明は子供達に背を向け歩きだす。

己の意思を貫く為に『絶望』を追って彼は進む。

目指すのは東。

魔族と人間が争う最後の地へ。

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