生き様2
◇◇
マーボー王国上空
響く鋭い剣撃の音。
白と黒の天使が互いに斬り合い、そこに悪魔が文字通り横槍をさす。
(剣では私が勝っている。だが、相手は魔法も併用してくる。あの悪魔も実に厄介だ。)
ヴァルターの体には少しずつ切り傷が増えていく。
「『生命神の恩寵』とはそんなものですか?豪語したくせに呆気ないですねえ。」
グリルの剣が左肩を突き、ポップの槍が横腹を抉る。
「グッ!」
「終わりです。」
二人は刺さっている得物を勢い良く引っこ抜いた。
グリルは己の勝利を確信した。
しかし目の前の老人は未だに純白の翼をはためかせている。
そして先程つけた傷が塞がっていくではないか!
「…厄介ですね。」
「それはお互い様だろう?」
再び両者は剣を交える。
「しかしその力、無限では無いのでしょう?」
「…。」
「図星ですね?そしてその力の代償はズバリ寿命だ!」
ヴァルターはまたも沈黙する。
「また図星だ!絶望的な状況ですねえ。精神的疲労も癒えぬまま寿命を削って一対二!もう諦めたらどうです?」
グリルは笑みを浮かべながら攻撃の威力を上げる。
「諦める訳が無いだろう!他の仲間達も諦めずに戦っているのだ!私が諦めて良い理由がどこにある!」
もう自分が何回死んだか分からない。
血にまみれ、寿命を減らしながら機を伺う。
悪魔がまた攻撃を仕掛ける。
それを華麗に受け流し悪魔と黒天使が一列に並ぶようにする。
ヴァルターは悪魔の胸を突き刺し、そのまま黒天使の胸も貫いた。
「クッ…ソッ!」
ヴァルターは剣を捻り右に流した。
小悪魔ポップはよろけながらも槍をヴァルターの方へ向ける。
『三千槍』
亜光速の槍がヴァルターめがけて連続的に繰り出される。その数三千。
もろに受けたヴァルターの肉は砕け散るが猛攻は続く。
再生するが追い付かない。
ポップが力尽き攻撃が止んだ頃にはヴァルターは肉塊と化していた。
それでもなお彼は人の形に戻ろうとする。
グリルは胸ポケットに手を突っ込み何かを取り出そうとする。
ヴァルターはさせまいと治りかけの拳で殴りかかる。
グリルはそれを避け胸ポケットから銀色の小石を取り出した。
「『月の宝珠』」
その言葉に反応し小石は光輝く。
そしてグリルの傷が一瞬にして癒えたのだ。
「それは…な、何故っ…何故お前が帝国の国宝を持っている!」
「何故?フフッ、皇帝陛下から欠片を賜ったのですよ。」
「賜っただと?もしやお前、魔王を裏切ったのか!?」
グリルはニマッと笑いヴァルターを上下真っ二つにした。
「魔王は小さく、脆い船です。それに対し帝国は大きく、頑丈な船です。頼もしい方に乗り換えるのは当然でしょう?」
落ち行くヴァルターを見下しながら言う。
ヴァルターはもう再生しない。
薄れゆく意識の中で彼が抱いたのは後悔であった。
自分よりも遥かに幼い子供に世界を救えなどという重荷を押し付け、自分は彼から出てくる甘い汁を啜るだけ。
なんと不甲斐ない…!
だが、もう私にどうこう出来る力は無い。
本当に申し訳ない。
今は唯あなた様が幸せに生きていけるよう祈ることしか出来ない。
セイギ様…あなた様だけでも、どうか…。
ヴァルターの意識は闇へと溶けていった。
グリルはヴァルターが小さくなっていくのを眺めて魔王城の『鍵』を投げ捨てた。
マーボー王国上空
勝者『黒き暴風』改め『帝国空軍特別第三部隊隊長』グリル・チキン
◇◇◇
プルコギ王国ツヨビ火山火口
そこでは白いステッキを持った老婆と二人の赤い女が対峙していた。
すると赤い女の一人が高く飛び上がる。
残された二人は詠唱を始める。
「万物照らす白き神。我に力を貸したまへ。」
「太陽統べる炎の神、万物を呑む黒キ神。両者混じりて我に力を貸したまへ。」
白いステッキから出た光線が赤い女の脚を撃ち抜き、彼女の掌から出た黒い炎が老婆を包み込む。
そこに畳み掛けるように天空から青白く、太いビームが降り注ぐ。
『青熱砲』
その圧倒的な熱量によって地面が溶け始めている。
それなのに目の前にいる老婆、イザベラ・スーラは平然として立っている。
「な、何なのよ!なんで効いて無いのよ!」
「ワタシが授かった『事象神の恩寵』によってあらゆる事象を否定、つまり無効にしているのです。」
「じゃあ何よ!無敵ってこと?このクソチートがァッ!」
ベリーは自棄になったように魔法を連発しそれに合わせワッフがビームを吐く。
イザベラはそれを避けたり受けたりしながら的確に魔法を当てる。
そんな攻防を繰り返すこと数分。
飛んでいたワッフが遂に地に堕ち、ベリーの魔法も止んだ。
しかしイザベラは未だ無傷だ。
「さてトドメといきましょうか。」
静かにそう言いステッキをベリーの頭部へと向ける。
全身傷だらけの彼女にはもう避ける気力も無い。
詠唱を始めようとするとふと鼻の辺りに違和感を覚えた。
鼻血が出ている。
するとイザベラは大きく咳き込み膝から崩れ落ちた。
ああ、来てしまった…。
イザベラ・スーラの『事象神の恩寵』の能力は二つ。
“未来の事象を見ることが出来る。”と“起こった事象を否定出来る。”というものである。
しかしこれはヴァルターの『生命神の恩寵』と同じく寿命を消費する。
それに加え『事象神の恩寵』は『生命神の恩寵』よりも一回につきより多くの寿命を消費する。
さて、ただでさえ高齢なイザベラがそんな力を連続して使うとどうなるか?
答えは簡単。“死”のみである。
イザベラはしばらく踞りながら咳き込み
「コヒューッ。」
と音を出し動かなくなった。
ベリーは数十秒ほど思考停止していたがふと我に返り火魔法を放ってみた。
すると老婆の服と肉は焼け焦げ嫌な臭いが鼻を刺す。
ベリーはほっと一息つきその場に寝転がる。
ワッフの方を見る。
意識は無いが息はしている。
「勝った…。」
勝ったのよ。あの化物相手に勝ったのよ…!
すぐに魔王の元へ転移しようとしたが彼女も満身創痍。
襲い来る睡魔に抗えずそのまま眠りについた。
プルコギ王国ツヨビ火山火口
勝者『黒き豪炎』ベリー・タルト
&『青熱砲』ワッフ・ルー
◇◇◇◇
スシ公国アカミ海海上
猛る荒波、降り注ぐ雷雨、そして竜巻が幾つも起こっている。
そこの空中に二つの影があった。
一つは長い杖を持った初老の男、もう一つは左目が飛び出ており右脇腹に穴を空け右足が捻れた青い肌の女。
「ふん、雑魚にしては粘ったのう。」
初老の男、ルーザー・マケイッヌが呟いた。
それを青い肌の女、ゼー・リーが睨み付ける。
「はあはあ、この…化物が…!」
「化物なんて失礼じゃのう。」
ルーザーの杖の先端から光線が出てくる。
それをゼーは間一髪の所で避ける。
だがしかし彼女にはもう魔法を撃つ気力も無い。
混濁とした意識の中でこう思う。
かつて『暗黒龍』を打ち倒した99人の英雄達。
その中で存命しているのは6人。
その中で最強は誰か?
大地を砕く『地割れ』か?あらゆる物を武器として使う『枝拾い』?それとも千を越える人形を操る『傀儡師』?いやいやたった二振りの剣で竜王を3匹狩った『無双』だろう。いややはり異世界から来た猛者『異天』が最強だ。
違う違う。そんな奴等と比べるまでも無い。
今目の前にいる『賢者』こそが最強だ!
この世界で唯一全ての属性を操ることができ、魔法を使う際に必須の詠唱を破棄している。
魔法は事象神の眷属である精霊神達がこの世界の人々へ与えた自然を操る力。
これはまだ良い。
しかし詠唱は神への祝詞。それを破棄するなんてどう言うことだ?
通常ならそんなことをすると天罰が下る。
なら何故目の前の男にはそれが無い!
何故いつも努力をしてきた私よりも苦労を知らない天才どもの方が上なんだ!
『賢者』も!『死神』も!みんな私を置いていく!
理解してくれたのは魔王様とキャンだけだ!
でもキャンは先程『賢者』に丸焦げにされた!
この時ゼーを支配したのは果てしない怒り。
天才という理不尽に、愛する者を殺されたことに!
気付けば彼女は詠唱をしていた。
「無駄じゃよ。」
ルーザーが再び杖を向ける。
その時海の中から左半身が焼けただれたキャン・ディが出てきてルーザーにしがみついた。
『神出鬼没』
「小癪なあ!」
「やれ!ゼーッ!」
黒く変色した海水がゼーの掌に集まりとてつもない勢いで放たれる。
それはルーザーに当たり弾ける。
私とキャン、二人の力を合わせた渾身の一撃…どうだ?
しかし男は首の無いキャンを背負って無傷で浮いていた。
「なっな、なんで…無傷なのよ!!なんでキャンが死んでお前が平然としてるんだよぉ!」
ゼーは大粒の涙を流しながら恨み言を吐く。
何度も見た光景だ。
ルーザーは今まで一度も負けたことが無い。
魔法使いにも、戦士にも、暗殺者にも…。
彼らは敗北すると必ず涙を流し恨み言を吐いた。
「お前のような努力も知らない奴に負けるなんて…。」
それがまた目の前で行われている。
ルーザーは軽くため息をつき魔法を放った。
「さて、セイギの所へ戻らねばな。」
男は“全ての属性を合わせて使う転移の魔法”を使用してその場から姿を消した。
スシ公国アカミ海海上
勝者『賢者』ルーザー・マケイッヌ
◇◇◇◇◇
スパゲッティ王国のとある平原
そこでは筋骨隆々とした老人と全身鎧の大男、そして黒い髭をモサッと生やした比較的小柄な男がいた。
「ウラアァ!」
老人が走りながら斧を振りかざす。
それを鎧は持っていた盾で防ぎ詠唱を始めた。
「大地ヲ統ベル土ノカミ、万物ヲ呑ム黒キ神。両者混ジリテ我ニ力ヲ貸タマヘ。」
すると鎧、ミック・スナッツから地面が黒く染まっていく。
「!、なんだ?」
老人ダグラスは瞬時に距離を取る。
しかしつま先が少し触れてしまう。
その瞬間ダグラスは膝をついてしまった。
「な、何だ!?力が抜けていく!」
その隙を見逃す筈もなくミックは斧を振りかぶり、ティラは地面に手をつけ詠唱を始める。
ダグラスはなんとか斧を受け止め地面から生えてきた土の刺を筋肉で防ぐ。
「えぇ…。」
その光景にティラは少し引いている。
ミックは自分に刺さった刺を吸収し図体を大きくする。
「お前、ゴーレムだな?ってことは後ろのチビが主か!」
土機兵。それは魔力を込めた宝石に土を貼り付け人型にした人形である。
彼らに意思はなく主、つまり製作者の命令を聞く都合の良いものである。
人間達の間では玩具や労働力として販売されている。
「確カニオレハゴーレムダ。シカシオレニ主ハイナイ。」
「いないだと?じゃあどうやって生まれたんだ?」
「製作者ハ魔王様ダ。ダガ主トハチガウ。オレハコノ世で初メテノ意思ヲ持ツゴーレムダ。」
「なるほどな。つまり魔王は世界的な偉業を成し遂げたってことか。でもなあ、だからって俺が負ける道理なんてねえんだよ!」
ダグラスは地面に斧を叩きつける。
するとそこからひび割れ巨大な亀裂が生まれる。
それはみるみると広がり隆起したり沈んだりしている。
それに思わずミック達はふらつく。
しかしダグラスは身軽な動きでティラに近づきその首をはねようとする。
斧が彼の喉に食い込み血が吹き出る。
ティラは斧が脊椎に届く前にそれに触れる。
『万創』
すると斧が砕け散った。
だがタイミングが少し遅かったのかティラの脊椎には大きな傷がついていた。
その瞳に光は無い。
「ヨクモティラヲ!」
ミックが斧を振りかぶる。
ダグラスはそれを避けミックの胸に拳を打ち付ける。
「ヌ!」
ミックの体にヒビが入った。
「知ってたか?どんだけ硬い鎧を着てもよお。最終的には筋肉が勝つんだぜ?」
ダグラスはミックを地面に叩きつけ怒涛のラッシュを浴びせる。
「オオオオオオォォォォオオオ!」
少しづつ少しづつミックの体は砕けていく。
「サ、サセルカ…。」
そう言うが彼はもう動くことすら出来ない。
バキィ!!
ミックの中で何かが砕ける音がした。
それと同時にミックはうんともすんとも言わなくなった。
どうやら核となっていた宝石を砕いたようだ。
ダグラスはこの戦いに勝ったようだが彼にはまだやるべき事がある。
それは早急に魔族領へ戻り正義のサポートをすることである。
しかし彼にはここが何処かも分からず今から行って間に合うかも分からない。
ダグラスはそんなことを一度忘れて取り敢えず村あるいは街を探すことにした。
スパゲッティ王国のとある平原
勝者『地割れ』ダグラス・デストロイ
◇◇◇◇
魔族領へと転移してきたルーザーが見たのは迫り来る黒い波。
すぐに魔法を使い己の身を守るがそれすらも貫通してきた。
「グフッ!」
ルーザーも魔王の様にあらゆる所から血を流しその場で意識を失った。
『あらあらルーザーったらこんな所で寝ちゃって。』
『まさか勇者があんなことをするなんてな。』
『可哀想にルーザー。転移した先が地獄だなんて。』
『でも毒はもう分解したから大丈夫ザマス。』
『まだまだ君には死んでほしく無いからね。』
『でも今はゆっくり休みな。』
『『『『『『私達の可愛い可愛い息子よ。』』』』』』
目が覚めたルーザーが最初に見たのは大きな満月だった。
何時間寝ていた?
あれは何だったんだ?
そうだ!
勇者は?魔王は?どうなった?
駄目だ分からない事が多すぎる。
魔王城を目指してしばらく歩くと村が見えてきた。
そこで見たのは数百にも及ぶ異形どもの死体。
「…。」
本当に何なんだ?
一体何が起こったんだ?
少し駆け足で魔王城へ行くとそこで頭部がひしゃげた魔王の死体を発見した。
セイギは勝ったのか?
ならばどこに行った?
まさかあの黒いのはセイギが…?
しばらく彷徨ったが正義の姿は何処にもなかった。
そこでルーザーが出した結論は。
「帰ろう。」
そう呟いた。
魔王は打ち倒された。
それだけで十分だ。
ルーザーはまた転移の魔法を使い消えた。
◇
あの日から1日が過ぎた。
正義は目的もなくただただ歩き続けている。
生きる気力も無いが死ぬ勇気も無い。
そんなやるせない感情のみが彼を支配している。
ふらふら歩いていると前方に人影が見えた。
「とても大きな『絶望』を感じたから急いで来てみたけど、君だったのか。」
そう言ったのは紺のローブを羽織った黒髪オールバックの男。
その顔はやつれており目の下にはくまができている。
「俊明さん…。」
「正義君。君はこの苦しみから『解放』されたいかい?」
その言葉を聞いた正義は膝で立ち両手を差しのべる。
「お願いします…。」
その目からは涙が溢れていた。
俊明はゆっくりと正義に近づき抱きついた。
「もう、大丈夫だよ。」
なんてことは無いただの抱擁。
しかし確かに温かい。
そうだ、この人も生きているんだ。
自分も十分辛い筈なのに『絶望』を受け入れて他の人たちの為に活動している。
なのに…なのに僕は…!
「ごっ、ごべんなざいっ。」
無意識のうちに漏れた言葉だった。
「謝る必要なんか無いよ。君も君なりに人々を苦しみから『解放』しようとしたんだ。それをどうして僕が否定できる?」
正義の心はその言葉を聞いて満たされた様に感じた。
胸の鎧を外し胸を無防備にする。
「お願いします、やって下さい。」
「…わかったよ。」
俊明が短剣を抜くと前にも見た黒いモヤが正義に纏わりつく。
しかし前のような恐怖も不快感も無い。
まるで温かいものに包まれているような感覚だ。
そうか…これが『解放』か…。
胸に短剣が刺さる。
痛みは無い。むしろ心地良い。
「ありがとう…ごさいます。」
正義は血を吐きながら俊明に感謝を伝えこと切れた。
◆
俊明は正義の遺体を寝かせながら語りかける。
「僕はね、最初は君の事を救いようの無い理想主義者だと思ってたんだ。でもそれは間違いだった。君も自分の運命に疑問を持ち、生きる事に葛藤をしていた。形は違えど君と僕は一緒だったんだよ。」
俊明は安らかに眠る正義の顔を見て優しく微笑む。
「君と出会えて良かったよ。光骸正義君。」
俊明は骸なった光を残してその場を去って行った。




