死、そして生への葛藤2
これは俊明達の村が襲撃にあう前日。
◇
ッ眩しい。
なんだよここは。
眠い。
『起きなさい。』
誰だよ。
『私は時空神アストリオン。』
聞いたこと無いな。
『当たり前です。私は貴方の世界の神ではありません。』
じゃあどこの神サマだよ。
『貴方とは別の世界の神です。』
そういうことじゃねぇよ。
具体的な名前を言え!
『そう言われても世界自体の名前はないですから。』
分かった。
じゃあここはどこなんだ?
『ここは世界の狭間。貴方は向こうの世界で幼子を守りトラックにはねられました。』
そんなベタな。
と言いながら少し記憶が戻ってきた気がする。
『私は貴方の行いに心打たれました。故に貴方をこの世界に勇者として招待します。』
勇者?招待?なんだやっぱり夢か。アニメの見すぎだな。
おやすみ。
『貴方は今からユーリンチー王国王都ユーリンチーに召喚されます。』
おい待て。なんだその美味しそうな国は。
…国なのか?
『ではいってらっしゃい。どうか人々に希望を与えて下さい。それと【イレギュラー】に気をつけて。』
まてまてまてまて。まだのみ込めてないから!その美味しそうな国とかもまだのみ込めてないから!ちょっと待——
気がつくととても高い天井が目に入った。
「お、おぉ。成功だ!勇者様が召喚なされた!」
そう声が響くと周りから歓声が上がった。
「あの、すみません。ここはどこですか?」
「ここはユーリンチー王国王都ユーリンチーですよ勇者様。」
ユーリンチー王国ってホントにあるのかよ!
じゃああの神サマが言ってたことも全部本当なのか。
そうしていると騒いでいた人達が一斉に道を開け頭を下げ始めた。
その奥から真っ白のスーツのような服に赤いマントを羽織った老人が髭を撫でながら歩いてきた。
「勇者様、よくぞいらっしゃいました。私はユーリンチー王国14代国王サクット・オイシイ・ユーリンチーです。貴方は?」
なんかとても美味しそうな名前の人がで出来た!
え?それ本名なの?
いや、でも人の名前を笑うのいけないことだ。うん。
一旦落ち着こう。
「勇者様?」
「ああ、すみません。僕は光骸正義です。」
「セイギ様でよろしいですかな?」
「はい。」
「皆のもの!新たな勇者コウガイセイギ様を称えよ!」
すると辺りから拍手喝采が起こった。
僕を称える声が聞こえる。
勇者とはここまで凄い存在なのか…。
「ではセイギ様、この者について行ってください。諸々の説明も彼からいたしましょう。」
そうサクットが言うと後ろから初老の執事姿の男が出てきた。
「お初目にかかります。私、本日よりあなた様の専属執事となるヴァルター・グレイフォードです。」
ふ、普通だ…!ここにきて直球な名前がきた!
「よろしくお願いします。光骸正義です。」
「こちらこそよろしくお願いします。では早速こちらへ。ついてきて下さい。」
僕は歩き始めた彼の後をついていく。
先程の大広間を出ると長い長い廊下に出た。
「あの…どこに向かってるのですか?」
「ええ、今晩あなた様の歓迎会をいたします。そこにてあなた様に着ていただく鎧の調整をいたします。」
「鎧?そんなの着たことないですよ。」
「ご安心下さい。小難しいことは我々がいたします。」
「はぁ…わかりました。」
「他に聞きたいことはありませんか?」
「あーそうですね。俺って結局何をすれば良いんですか?」
「後ほど我が主が説明しますがあなた様には東の地で人々を脅かす魔王を打ち倒してほしいのです。」
「魔王?」
「はい。この世界には魔族というものどもがおりましてですね。彼らは長年地下に住んでおり人間と不可侵を貫いていました。しかし3年前魔族が東の小国ポテトサラダを滅ぼしそこを魔族領と言い張ったのです。彼らはいま大勢の人々に恐れを与えています。どうか人類の為にあなた様には戦ってほしいのです。」
なるほど、つまり悪いやつらが人類を滅ぼそうとしてるから助けて(/≧◇≦\)ってことだな。
「でも俺は戦ったこともないですよ。」
「ご安心を稽古は私がいたします。それにあなた様には神の恩寵があるはずです。」
「神の恩寵?」
「はい。異世界から来た方々は皆何かしらの『力』があります。あなた様にもあるはずです。」
「力か…。」
ヤバい、めっちゃ興奮する。
どんな力かな?ワクワクする。
「今使えますかね?それ。」
「さあ、あなた様が使おうと思えば使えるはずです。」
来い来い。力こーい。
正義がそう念じると手のひらが光を放ち始めた。
「え?」
その光は少しずつ形をつくり細く長い剣となった。
「おぉ!」
「すげぇ!これが俺の力なんですか?」
「恐らくそうかと。素晴らしい。とても美しいですね。」
「えぇ。」
——時が経ち日は落ちた。
勇者、光骸正義が召喚された大広間にて各国の来賓が集められ歓迎会もとい勇者お披露目会が開かれた。
「今宵、同盟国の皆々様にお集まりいただいたのは他でもない勇者コウガイセイギ様の歓迎会の為です!」
そうサクットは大声で言った。
っていうか魔王退治の勇者に歓迎会とかあるのか。
案外ノリ軽いな。
「では勇者様のお出ましです!」
おっと俺の出番か。
純白の鎧に身をつつみ金色のマントをなびかせる黒髪黒目のツーブロックの青年が扉を開け大広間に入ってきた。
その姿はたくましく、美しく、まるで光そのもののようだった。
「おぉ!」
「勇者様ー!」
「どうか人類に希望を!」
人々は正義に黄色い声援をあげる。
そして勇者は主催者であるサクットのそばに行く。
「魔王討伐に向かう勇者様に各国から贈り物があります。」
その言葉に呼応するように各国の王が前に出る。
「まずユーリンチー王国からは王宮執事長であるヴァルター・グレイフォードを補佐としてつけましょう。」
すると辺りから拍手が鳴りヴァルターは深々と頭を下げる。
「私たちのラーメン公国からは『命の指輪』を授けましょう。これはあらゆる闇の力を祓い、生命力を回復してくれます。」
そういった男、ラーメン公爵は小さな箱を手に掲げた。
「朕らマーボー王国からは大賢者ルーザー・マケイッヌをお供としてとして送ります。」
そう言われると初老の短髪の長い杖を持った男が頭を軽く下げた。
ひどい名前だな…本名なのか?
「小生らギョーザ王国からは予見の聖女イザベラ・スーラを送りましょう。」
ギョーザ王国国王の背後にいた老婆が頭を下げた。
「では勇者コウガイセイギよどうか魔王を打ち倒し人類に希望を与えておくれ。まず向かうのはユーリンチー王国コロッモ領中央都市コロッモだ!」
「はい!」
勇者光骸正義は東、コロッモへ向かう。
◆
俊明は漂う『絶望』を追ってとうとうコロッモへ到達した。
その街は大きな円状の壁に囲まれており東西南北それぞれに一つづつ出入口がある。
俊明が来たのは東門。
そこには戦火を逃れて来たのか子連れや老人が多い。
彼らにもまた『絶望』が纏わりついている。
俊明は街へ入ろうとする人々の列の最後尾へ並ぶ。
前にはボロ切れを着た家族が立っている。
親はもちろん子供からも微かに『絶望』が漂っている。
俊明は救済しようかと思ったが子供の笑い声を聞きやめた。
コロッモに入るのはとても簡単だった。
難民受け入れの体制をとっているので細かい素性は聞かれずにさらっと通された。
街には多くの『絶望』が漂っている。
そのわりに大通りはまるでお祭り騒ぎだ。
掲示板を見てみると勇者というものがここに来ているらしい。
他にも大サーカス団の公演とか第4王子の誕生とかいろいろあるが。
そして俊明は『絶望』を追って路地裏へと進んでいく。
入ってまず目についたのは酒瓶を手にもってうずくまっている男だった。
俊明は彼もとに行きこう言う。
「君はこの苦しみから解放されたいかい?」
男がゆっくりと頭を上げる。
虚ろな目をこちらに向け静かに「できるのか?」と問うた。
「できるよ。」
「やってくれ…もう辛いのは嫌だ。」
「うん、もう大丈夫だよ。」
俊明は男の胸に短剣を突き刺す。
鈍い音と共に、温かいものが手に伝わる。
すると男は血を吐き倒れた。
その顔には微かな笑みが浮かんでいた。
また一人苦しみから解放された。
だがこの奥からはまだまだ『絶望』が漂っている。
俊明は進む。
より多くの人を救うため。
◇
勇者、光骸正義はコロッモへと到着しコロッモ伯爵家にて物資の供給を受けていた。
「ようこそコロッモへ勇者様。私はコロッモ領領主、ザク・コロッモです。」
「光骸正義です。よろしくお願いします。」
「ご丁寧にどうも。早速ですが貴方の話を聞いて是非手伝いたいというものがおりまして。」
「どのような方ですか?」
「Sクラス冒険者、『地割れ』のダグラス・デストロイです。」
冒険者か。どんな人なのかな?今のメンバーは正直ご老人ばかりだから若い人来い!
「いれてくれ。」
コロッモ伯爵がそう言うと使用人が扉をあける。
そうして中に入ってきたの褐色肌で背中に斧を背負った筋骨隆々とし髭をごうっと生やした老人だった。
またか!うちのパーティーの平均年齢どうなるんだよ!俺だけ明らかに世代が違うじゃないか!
「アンタが勇者か自分で言うのもアレだが俺はなかなか腕が立つぜ。ぜひアンタらの仲間にいれてくれ。」
「ええ、心強い仲間が増えるのは願ってもないことです。こちらこそよろしくお願いします。」
他の仲間達も彼の参入には賛成してくれるようだ。
一段落したところでヴァルターが
「良ければこの街を観光してみてはどうですか?残りの仕事は私がいたします。」
「いやいや悪いですよ。僕も最後まで手伝いますよ。」
「いえ、勇者であるあなた様には是非民衆達と関わって楽しい思い出を多く作ってほしいのです。」
「ではお言葉に甘えて。」
「ええ、楽しんで行ってください。ここは揚げ物がおいしいことで有名ですよ。他の方々はどういたします?」
「儂はさっきので腰をやってしもうた。しばらく休ましてもうぞ。」
ルーザーがこう言った。
「ワタシはまだ祈りを済ませていませんので今回は遠慮しますわ。」
イザベラがそう言った。
「ダグラスさんは?」
「俺は全然元気だが執事さんは良いのか?」
「私にはお構い無く。お二方の交流を深めてください。」
「わりぃな、思う存分楽しんでくるぜ。」
「ありがとうございます、ヴァルターさん。」
ヴァルターは優しい笑みを浮かべる。
大通りに出るとお祭り騒ぎだ。
僕の召喚に王子の誕生などここ最近はいろいろあるそうだ。
「そこの兄ちゃん達!よってけよ!うまいぜ俺の店のモンは。」
出店の男が正義達に声をかける。
「どういうのが売ってるんですか?」
「俺のイチオシはこいつだ!」
そう威勢よく言った男は一つの揚げ物を指した。
(この形はもしかして…。)
「あの、これって名前は?」
「コロッケだ。」
(やっぱり!まさかこんなところで会えるなんて。)
「これをください。」
「はいよ!二つで良いかい?」
「はい、ありがとうございます。」
正義は早速一口食べる。
ああ、うまい。
こっちで向こうの食べ物を食べられるなんて思いもしなかったな。
「うめぇな。なあセイギ。」
「ええ。」
「アンタもしかして泣いてんのか?」
「いえ、大丈夫です。」
「お、おう。なんかあったら言えよな。」
「ありがとうございます。」
そんなことをしながら歩いていると路地裏にて妙なものを見つけた。
人だ。
急いで駆け寄るとその男は血だまりの上に寝そべっており息はしていない。
刃物で胸を刺された跡がある。
ただその男は静かに、優しく沈むように微笑んでいる。
そして血はまだ完全には乾いていない。
「どうしたセイギ!いきなり走り出して…おいおい冗談じゃねえぞ。」
「まだ、血が完全には乾いていません。近くに犯人がいるはずです。」
「待て待て。ソイツは多分裏の人間だ。俺らが首を突っ込むことじゃねえ。」
「でも殺人犯がここに居るんですよ!捕まえないと!今の僕には戦えるだけの力がある。」
「…チッ、しゃあねえな。良いぜ一緒に犯人を捕まえようぜ。ただ危なくなったら逃げるぞ。」
「はい。」
二人は進む。
より多くの人を救うため。
◆
俊明がとある女を解放した時自分が来た方向から足音が聞こえてきた。
そして奥から出て来たのは白く輝く鎧を着たツーブロックの青年と筋骨隆々とした老人だった。
二人は俊明を見るや否や戦闘の構えをした。
俊明は青年に違和感を感じた。
彼からは『絶望』を感じない。
「あなたが殺人犯ですね?」
青年が問う。
殺人犯か確かに間違ってはないな。
「ああそうだね。その認識であってるよ。君は?」
「俺は勇者、光骸正義だ!お前を捕まえに来た!」
「勇者?て言うか君もしかして日本人かい?」
「!まさかお前も?」
この時正義の脳内ではアストリオンの【イレギュラー】という言葉がよぎった。
「ああ三浦俊明。これが僕の名前だよ。」
「まさか日本人なんて。なんでこんなことをしたんだ?」
「苦しみから解放するため…。」
「解放?ふざけるな!そんなことで殺しを正当化するな!」
「正当化なんかしていないさ。僕は殺している。その事実から逃げるつもりもない。ただ彼らは最期に笑っていたよ。」
「…そんな笑顔、見たくない。」
「じゃあ君はその笑顔の代わりに苦しみ続けるのかい?」
「苦しみなんかじゃない。生きることは希望だ!」
「希望?そんなものは生き地獄を長引かせる麻薬だよ。」
「違う!生きることは喜びだ!お前がしていることはただの逃避だ!」
「君の言葉は全て正論だよ。でも世の中には死を望むものもいる。それだけさ。」
「開きなおりやがって!」
正義が光の剣をだし俊明に飛びかかろうとするのをダグラスが止めた。
「ダメだ!逃げるぞ!」
「なんでッ!」
「わかんねえのか!あの禍々しいオーラが!死ぬぞ!」
青年達は路地裏を出て人混みの中へ消えた。
それから3日間俊明は救済を続け『絶望』の気配が薄れたのを感じてコロッモを離れた。
次の目的地へ向かおうとすると背後から
「あなたが死神ですね?」
と若い男の声がした。
「死神?」
振り向くとそこには金髪のセンター分けに青い瞳、そして何より背中から黒い翼が生えている執事服の男が立っていた。
「言い方を変えましょう。ユーリンチー王国コロッモ領中央都市コロッモにて連続的な殺人をして勇者と戦い退けた者がいる。これはあなたですね?」
「そうだね、間違ってはいないな。ところで君は誰だい?」
「わたしは魔王軍四天王が一人『黒き暴風』のグリル・チキンと申します。我らが王があなたに会いたがっています。」
「つまり?」
「あなたを魔王城に招待します!」




