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絶望逃避行  作者: 月影 真
第一章
1/8

死、そして生への葛藤1

暗い暗い真夜中。

月明かりと街灯のみがその景色を照らしている。

その中でもひときわ大きなビルの屋上に人影がある。

黒いオールバックの髪にスーツと革靴を身につけている男だ。

年齢は40前後だろうかやつれたクマのある顔を外へ向け深夜の街を俯瞰している。

男は内ポケットからタバコを出し吸い始めた。

そして、吸い終わると何かを決心するように大きく息を吸いビルから飛び下りた。


バァン!!


静かな街に鈍く大きな音が響いた。

________________________________________

目が覚めると森の中にいた。

「!?」

(どういうことだ?ここはどこだ?確か僕は死んだはず…。)

「…おえええええええぇ!」

男は自分が死んだ時のことを思い出し強い吐き気に襲われた。

「ハァハァ、つまりここは天国ってことで良いのかな?」

周囲を見渡してみるが目に入るのはなんてことはない“木”のみだった。

状況を整理しよう。

僕の名前は三浦俊明(みうらとしあき)、42歳だ。

日本のとある中小企業で働いていたが人生に限界を感じて、自殺した。

そして気がつけばこんなところにいる。

やっと解放されると思ったのに…。

いや、ここが天国だとしたら既に解放されたって言えるのかな?

でも『僕』という意識があるのは解放と言えるのだろうか?

そんなことを考えていると背後から物音がした。

天国にも動物が居るのかなと呑気な考えをしながら振り返ると人がいた。

「え。」

明らかに日本人ではない顔つきにアイヌの民族衣装を彷彿とさせるカラフルな色合いの服を着ており妙な黒いモヤを纏った男たち4、5名程と目が合った。

まさかこんなところに人が居るなんて微塵も思っていなかったからか完全に固まってしまった。

「えっと…はじめまして?旅の方ですか?」

男たちの内の一人が口を開いた。

その男は20歳程の若々しい見た目をしており金髪に茶色い瞳、そして赤茶色の服を着ている。

「あー旅っていうかその…気付いたらここに居たんですけど…。すみません、ここってどこですか?」

「ここはユーリンチー王国コロッモ領、ヴィルガッタの森です。」

「ユー…リン…王国?は?え?天国じゃないの?」

「天国?いいえ、全然違いますけど。」

俊明はガクッと膝から崩れ落ちた。

(天国じゃないって?じゃあ僕はまだ…まだ…)

「だ、大丈夫ですか!?」

先程の男が急いで駆け寄る。

「あ、あぁ。大丈夫です…はい、心配なさらず。」

男は背後にいる他の男たちと顔を合わせ

「よければ、僕達の村まで来ませんか?貴方のことも村長なら何か知ってるかもしれませんし。」

村…村があるのか。

「…では、お言葉に甘えて。」

取り敢えず村に行けば何か…何かあるかもしれない。

そんな願いとも言える思いを持って俊明は男たちと共に村に行くことにした。

道中彼らについて聞いたことをまとめよう。

まずここは異世界だ。

そして僕と話していた金髪の青年がセドリック、青い長髪の男がシオン、茶髪の口髭が生えた男がグレン、緑の髪の童顔の青年がフォン、銀髪のガタイの良い男がオルド。

ここは今戦争中の帝国との国境沿いにあるため戦火がここまで来ないかと皆不安になっているらしい。

それに加え遠くでは魔族というものが人間と戦争を始めだしたらしい。

この世界も中々世知辛い。

ついでに彼らが纏っているモヤについて聞いてみた。

しかし彼らはそんなもの纏ってなんかいないと言い出したのである。

果たしてこれは何なのか?

彼ら曰く「村長に聞けば分かるだろう。」と言うが…。

いろいろ話していると村に着いた。

あまり大きくはないが活気が溢れていてとても良い村だ。

すると一人の少女が近づいて来た。

「おかえり!お兄ちゃんたち!…?その人はだあれ?」

その子供は金髪に茶色の瞳を持っている。

そしてセドリックが口を開く。

「この人は森で出会った人だよ。いく場所が無いみたいだからね。村長に話をしにいくんだ。」

「どうも、三浦俊明です。」

「ふーん、じゃ遊んで来る!」

そう言って少女は他の子供達の所へと走って行った。

「こら、シルヴィ!はぁ、すみません、礼儀がなってなくて。妹なんです。」

「ハハハ。良いよ良いよ、子供はあれくらい元気じゃ無いと。」

子供は好きだ。

あの無邪気な笑顔を見るたびに、心の奥の何かが、ほんの少しだけ温かくなる気がする。

「着きましたよ。」

小さな村の中でもひときわ大きな建物。

どうやらここが村長の家らしい。

「中へどうぞ。」

「お邪魔します。」

セドリックに案内され中に入ると広い居間の中央に白髪の混じった茶髪に茶色の瞳と顎髭を持ち、紺色の服を着ている中年の男が鎮座していた。

「初めまして。私がこの村の村長、アダム・フレデリックです。」

「ご丁寧にどうも。三浦俊明です。」

「トシアキさんですか。大まかなことは弟のグレンから聞きました。」

グレンの方を見るとドヤッとしている。

兄弟だったのか。

「貴方たちのような別の世界から来た方々を『ヨグ=ソトースの遣い(ウィスパリング・ワン)』と我々は呼びます。」

「ウィスパリング・ワン?」

「はい。かつてこの世界には数多くの神がいた。そして神々は自らが覇権を得るために戦を始めた。そしてその戦にて力を得たのが時空神、事象神、生命神の三柱です。そしてその神々に外の世界へ追いやられた神。彼がその当て付けとして別の世界の人々をこの世界に送りつけている。そして世界を渡って来た人達は必ず特殊な能力を持っている。これが私たちに伝わる伝承です。」

なるほど、つまり僕は“神の戦争の副産物”、こっちとしてはいい迷惑だ。

「この世界には神がいるのですか?」

「誰も見たことはありませんが魔法を神とみたてて私たちは暮らしています。」

「魔法?この世界には魔法があるんですか?」

「ええ、ありますよ。火、水、風、土、闇、光。この6属性で形成されています。人間は基本的には闇を除いて2~3属性を操ることができます。ちなみに闇は魔族や魔物が扱う属性で彼らは光を操れません。良ければお見せしましょうか?」

「良いのですか?」

「もちろん。では外へ出ましょう。」

外へ出るとアダムは近くにある小さな木に手を向けて何かを唱えだした。

「大空統べる風の神。我に力を貸したまへ。」

するとアダムの掌から突風が起こり木が半分に砕けた。

「おぉ!凄いですね。これが魔法ですか。僕にもできますか?」

「残念ながら貴方には魔力が感じられないのでおそらく無理かと…。」

「ああ、そうですか…。」

「し、しかし先程行ったとおり貴方には何か特別な能力が有ると思うのでそんな落ち込まないで下さい。」

「お気遣い感謝します。」

使えないのか…少し残念だな。

「ところで、いくあてが無いとおっしゃってましたが良ければここに住みませんか?」

「え?」

「貴方はもううちの若いの達とも打ち明けてるし困ってる人をみすみす無視できません。小さな村ですがどうですかね?」

「良いのですか?僕なんかがいきなり入っても…。」

「村人達もきっと歓迎してくれますよ。皆よそ者だからって邪険にするようなやつらではありません。」

村長の優しさに思わず涙が出そうだった。

「よ、よろしくお願いします。」

僕の移住が決まると村長は新しい服を用意してくれた。

黒い生地に白い模様の入った服だ。

そして僕は家が出来るまで村長の家に居候させてもらうことになった。

僕が移住してからはや2日が経とうとしていた。

「おーい!みんなー!」

森に狩りに行っていたフォンが声をあげながら村まで走ってきた。

「どうした?何があった?他の者は?」

緊急性を感じた村長がフォンに問う。

「て、帝国軍だ!帝国が攻めて来たんだ!他の皆は足止めをしている、早く逃げて!」

「…!」

皆、唖然としていた。

その中で村長アダムが声を荒げる。

「全員今すぐ必要なものだけを持ってコロッモへ行け!」

「村長も早く!」

「いいや、私はお前達が逃げきる為に時間を稼ぐ。」

「村長…。」

するとフォンはギュッと目を瞑り

「僕も一緒に戦います!」

「ダメだ!お前はまだまだ若い。子供達と共に逃げろ!」

「嫌だ!グレンさん達は戦ったんだ!もう一人だけ逃げるなんて嫌だ!」

「…分かった、ありがとう。フォン。」

「僕もお供しますよ。もともといくあてが無かったんです。この村の為に命を張らして下さい。」

「トシアキ…。」

「儂らも戦うぞ!アダム!」

「じい様方!」

そして村にはアダム、フォン、俊明、そして村の老人達が残ることになり女子供はコロッモ領中央都市コロッモへ向かうはずだった。

まだ荷造りの途中で森の方から大量の足音が聞こえてくる。

「そんな、早すぎる…!まだ時間があるはずなのに!」

「全くてこずらせやがってぇ。」

そう言いながら森から出てきた鎧を着込んだ大柄の男はセドリック達の生首を足元に転がした。

「!!」

「見るな!全員今すぐ逃げろ!!」

アダムが叫ぶ。

「させるかぁ。全隊、一人も逃がすなぁ!」

後から出てきた鎧の男達が一斉に槍を構え詠唱を始める。

照準は逃げる子供達だ。

その時、赤い光が兵士達をなぎ払った。

村長アダムだ。

「なんだお前はぁ?こんなのがなぜ辺境にいるぅ?俺は『帝国陸軍第四部隊隊長』バーベ・コンスタントだぁ。お前はぁ?」

「この村の村長アダム・フレデリックだ。」

「まさかぁ、二つ名ねぇのかぁ?」

「二つ名は『森羅万象』。」

「ほぉう、こいつぁ大物じゃねぇかぁ!」

「過去の話だ。それよりもこの村を侵そうとするのなら容赦はせんぞ!」

アダムの周りに赤、青、緑、茶の光が煌めく。

(凄い気迫だ。近くにいるだけで押し潰されそうになる。)

味方だとわかっているが凄まじいな村長。

少しだけ聞いていたがそんなにも凄い人なのか。

子供達はまだ相手の射程圏内だ。

なんとしてもこいつを止めなければならない。

僕はナイフを鞘から抜く。

今度は絶望じゃない、希望を紡ぐための…。

—僕の記憶はここまでだ。

目が覚めると焦げた小屋の中でシルヴィアと共にいた。

彼女は気を失っている。

どうした?何があった?他の皆は?ウッ...!頭が痛い。

取り敢えず外に出よう。何か分かるはずだ。

外に出た瞬間、息が止まった。

そこにあったのは村だった“跡”だった。

燃え尽きた木々は黒く歪み、まだところどころから煙が立ち上っている。

焦げた匂いと、血の匂いが混ざり合って、夜風の中で重たく揺れていた。

「……。」

声にならない。

目の前に広がる光景を、脳が理解することを拒んでいる。

道の真ん中に転がる腕。

焼け焦げて判別のつかない顔。

瓦礫に埋もれた老人の脚。

それらの合間を縫うように、黒いモヤがゆらりと漂っていた。

あのとき見た“それ”だ。

あの、彼らに纏っていたモヤ。

今は、彼らの亡骸から静かに立ち上っている。

「あ…あぁ…。」

乾いた声が空に溶ける。

モヤがまるで応えるように揺れ、空へ溶けていった。

焦げた広場の中央に、アダムがいた。

片腕を失い、地に膝をついた姿勢のまま、動かない。

傍らには、フォンの小さな短剣。

刃は血と煤で黒ずんでいる。

俊明は、膝から崩れた。

喉の奥が焼けつく。

涙が出ない。

出るはずもない。

そして俊明は現世でのことを思い出した。


—僕は落ちこぼれだった。

何をとっても平均以下、出来の良い兄弟達に挟まれ親も僕にはなにも期待していない。

兄弟達は常に僕を見下し家では僕の居場所は無かった。

学校での記憶もあまり無い。

誰にも期待されないことは分かっていたから。

ただ友人達との生活は楽しかったな。

それからはそこそこの大学に入りそこそこの中小企業に就職し信頼できる人も増えた。

上司からのパワハラは酷かったが…。

そして僕にも愛する人が出来た。

綺麗な人だった。

でも、僕らは子宝には恵まれなかった。

挙げ句の果てに彼女は癌にかかってしまった。

絶望したさ。

それはそれは深く、大きく。

そして1年も経たずに彼女は亡くなった。

涙は出なかった。

ただ心に穴が空いたようなそんな感じだった。

それから半年も経たないうちに信頼していた後輩の田辺君が上司からのパワハラに耐えきれず自殺した。

ショックだったよ。

そして僕もまた2人の後を追うように自殺した。

そして来たのがここだ。

ここの人達は優しかった。

見ず知らずの僕を介抱してくれて受け入れてくれて...。

なのに…なのに…!

何故だ?何故なんだよ?なぁ、僕が何をしたんだ。なぁ、なぁ。この世界に神がいるのなら答えてくれよ!僕の願いを聞いてくれよ!なんで、幸せを願うことすら許されないんだ!あぁ!!


「トシアキ…。」

そんな幼子の弱々しい声で現実に戻された。

見るとシルヴィアが虚ろな目をして立っていた。

「みんなしんじゃったの?」

「……!」

「お兄ちゃんもお母さんもお父さんも村長もおじさんたちも一緒に逃げてきた子たちもみんな…みんな…。」

シルヴィアの周りにドス黒いモヤが纏わりつく。

ああ。

分かった。

このモヤは『絶望』だ。

僕は人の『絶望』を見て、感じることが出来るんだ。

これが、僕の、能力なのか…。

「トシアキ…ころして。」

「えっ?」

「ころして。もう…いやだよ…苦しいのはいやだよ…。」

よりモヤが濃くなる。

そうか。

僕にだけ『絶望』が見える理由。

僕は『解放者』にならなければいけないんだ。

そうなんだろう…。神よ…。

その問いに答えるように風がふく。

焦げと血の臭いが混ざった風だ。

風がやみ、音が消える。

「こっちにおいで、シルヴィ。」

男は優しい口調で少女を呼ぶ。

少女はその男のそばに寄る。

男は手元にあったナイフを持つ手に力を入れる。

「もう、大丈夫だよ。」

男は優しい口調と優しい微笑みを浮かべ、少女の胸にナイフを突き立てた。

「アッ…ガッ…」

少女は口から血を吐き苦悶の表情を浮かべる。

だがこと切れる刹那、少女は優しく微笑んだ。

そう、それでいい。

どうか苦しみの無い世界で安らかに眠ってくれ。

男は冷たくなっていく少女を抱きながら微笑んでいる。

少女の遺体を地面に置き『自分が殺した。』と心に刻み込んだ。

そして男は吐いた。

初めての殺人、他の村人達の死、自分だけが生き残ってしまったことへの後悔。

これらのストレスに耐えきれず思わず吐いてしまった。

少し落ち着き、男は立ち上がる。

そして廃れた村を歩く。

そこで必要なものを揃える。

ナイフ、食料、水、そして村人達の遺品。

男は、焼け跡の中に落ちていた紺色のローブを羽織った。

そして、絶望の匂いが最も濃い方角へと、静かに歩き出した。

次の行き先は西。

ユーリンチー王国コロッモ領中央都市コロッモヘ。

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