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第7話

 頭の中にあるゲームのシナリオを思い出しながら、再びため息を吐く。


「えーと、今、あのゲームのシナリオだとオリビアが断罪される直前まで来ているのか」


 オリビアが断罪されるのは、一か月後の卒業生を送るパーティだ。その後、オリビアは日ごろの行いと婚約破棄で公爵家に泥を塗ったとかなんとかで、父親に厳しい修道院または辺境に追放させられるらしい。辺境はどことは書いていないけど、修道院は『厳しい』とわざわざ協調されている。それってほぼ収容されて、二度と出られない監獄のようなものだ。


「修道院は絶対ナシで」


 元々、早起きも規律を守ることもそんなに得意じゃない。追放はまだマシと言えば、マシだけど……別にその二択ではない。

 よし。こんなシナリオからは途中下車だ。卒業パーティ前にとんずらしよう。とんずらするには資金がいる。

 問題はお金か……今、換金できそうなオリビアの所有品は少ない。公爵令嬢なのに、クローゼットには恐ろしいほど何もない。公爵令嬢って『ここからここまで下さい』とか買い物する生物じゃないの? 私の記憶違いだろうか……。

 んー、ダメ元で理由をつけてオリビアの父である公爵に会ってみるか……?

 椅子に座り、公爵への手紙を書く。内容はラナとトーマスについて、それからクリストフェルとの婚約破棄について簡潔に伝えたいことだけをまとめた面会を願う書面だ。

 部屋を出ると、ラナの服を持ったトーマスがドアの前に立っていた。私の顔を初めてきちんと見たのか、目を見開きながらラナの服を渡される。


「あの、こちらを」

「鍵だけこちらに、後の物はあなたが処分して下さい」

「……分かりました」


 よく見れば、トーマスは昨日まで羽織っていたマントを今日は着けていない。ラナに羽織ってあげたのだろうか。別に私も鬼ではないのでそこまでは追及しない。

 トーマスには、今後できるだけ早く私の護衛から解任するよう公爵への手紙に書いた。信用ができない者を側に置いておく必要性を感じない。公爵が私の希望を聞いてくれるか知らないけど、ラナが公爵の金で仕事をさぼっていることを指摘した内容だ。無視はできないと……思いたい。


「貴方もすぐに私のお守りから解放されますので、ご安心下さい」

「いや、それは……」

「『公爵様も見捨てた癇癪持ちの令嬢の護衛なんて、どんな罰だよ』とおっしゃっていらしたじゃないですか」


 静かに俯いたトーマスに追い打ちをかけるように畳み込む。


「気にしてまいせんのよ。私も貴方と一緒にいるの、どんな罰だよって思っていますから。それから、こちらの手紙を公爵家に届けて下さい。それくらいは出来ますよね?」

「……はい」


 暗い表情のトーマスをドアの前に残し授業へと向かう。

 オリビアは現在十六歳、この帝都セントラル学園の二回生だ。

再び学生をやるのか……前世で高校に通っていたのは、十数年前の話だ。久し振りの高校生活、大丈夫なのかと不安はある。

 オリビアは結構頭がいいので、勉強の面での心配はなさそうだ。でも、オリビアの場合は、本でのお勉強はできても実際の生活にはその知識を活かせていなかった……。

 教室に入ると、一斉に注目を集めた。

 オリビアには友達はいない。無難に特別に挨拶する必要はないだろう。この教室で唯一の知り合いはクリストフェルだが、まだ教室には来ていないようだ。

 クラスメートの一人と目が合う。昨日、食堂で声を掛けてくれたライラだ。声を掛けたいけど、貴族から平民に声を掛けてしまうとライラの迷惑になるだろうから遠慮する。

 ライラに軽く会釈してから記憶にあるオリビアの席に向かおうとすると、こちらを見ながらコソコソと何か言うクラスメートが数人いた。記憶にない人たちだ。オリビア……少しくらいクラスメートを覚える努力をしてほしかった。


「まぁ! オリビア様! 聞きましたわよ。第三王子殿下に婚約破棄を言い渡されたのですってね」


 嬉しそうに辺りに聞こえるよう大声を出すのは、ミネストロー侯爵令嬢シエラだ。この人は何かとオリビアに絡んできていたので、記憶にあった。

 シエラは実に勝ち誇った顔で私を見下す。それはまるで、次のクリストフェルの婚約者に選ばれるのは自分だと言わんばかりの態度だ。でもシエラ……残念だったね。新しい婚約者の座に選ばれるのはあなたじゃないよ。その座は、ピンク頭のリリアンのものだから。シナリオ通りに行けばだけど……。

 軽く微笑みながらシエラに返事をする。


「正確にはまだですね。現在、第三王子からの手続きを待っています。一日でも早く破棄したいので早急によろしくお願いいたしますわ!」


 ナイスタイミングで取り巻きと教室に入ってきたクリストフェルに、婚約破棄の催促を大声でする。

 クリストフェルがこちらに驚きと困惑の顔を向けると、彼の取り巻きの一人が不機嫌に苦言する。


「オリビア嬢、いささか失礼ではないか?」

「そうでしょうか? 私はただ一日でも早く、クリストフェル様と互いの希望を通したく願っているだけでございます。失礼に値しましたら、どうぞ、わたくしを罰してくださいませ」

「いや、気にするな。少し驚いただけだ」


 クリストフェルは、手を上げ取り巻きに引き下がるよう告げると自分の席へと向かった。苦言した取り巻きを凝視する。顔は見たことあるけど、名前の記憶がない。オリビアが覚えていないのだ。

 オリビア……殿下以外に興味がないのは分かるけれど、その取り巻きの名前くらいは覚えていてよ。

 席に座ると、隣にいるのは先ほどのシエラだ。絶対に何か嫌味を言ってきそうな雰囲気にげんなりする。

 早速、シエラが口を開く。


「オリビア様、第三王子殿下に対してあのような大声を出すなんて……はしたないですわ」

「シエラ様の真似をしただけですよ。そっくりでしたでしょう?」


 今までオリビアはシエラに何を言われても気付かないフリをしていた。まさか、オリビアに言い返されると思っていなかったシエラは困惑した顔で咳払いをする。


「わ、わたくしは、そのようにはしたなくはございません」

「そうですか? シエラ様にそっくりだったと思いますよ」


 口角を上げ言う。すると、おもむろにシエラが扇子を広げ口元を隠す。


「その扇子、どこから出てきたの?」

「っま、失礼な」

「っま、失礼な」


 シエラの真似を始める。扇子はないけど。


「何をしているのですか?」

「何をしているのですか?」

「おやめになって!」

「おやめになって!」


 何度かオウム返しを繰り返すと、シエラは黙った。

 これは私の完全勝利だ。

 シエラは、私のドヤ顔に完全に引いたのか思いっきり視線を逸らされた。そのままこれからも私を放置してくれたらうれしい。

 私たちのやり取りを見ていた他の生徒も、これでしばらく私から距離を取ってくれるだろう。クリストフェル以外のクラスメートたちの記憶がない今、誰が味方で敵なのか分からない。今の私は、クラスでお友達作りよりも考えないといけないことが多い。


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