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第6話

その晩、右に左に何度も寝返りをした。

 目を開け、天井を眺める。


「眠れない……」


 正直、頭の中にはまだオリビアと自分の記憶が混在している。それもあり、自分のものではない身体がぎこちない。これはいつか収まるのだろうか……。


「モヤモヤする……」


 羊を数えながら今後のことを考える。オリビアはすでに王子との関係は破綻している状態だ。このままいけば、オリビアとしてバッドエンドにまっしぐらな勢いだ。

 オリビアには頼れる家族も友人すらもいない。味方がいれば、少しは話が違ってくるだろうけど……。

 オリビアがこの身体の中にいる気配がない今、私がどうにかするしかない。オリビアには悪いけど、悪役令嬢なんて面倒くさい役割は捨てる所存だ。

 私は特に公爵令嬢という地位にも興味がないが……オリビアがこの身体に戻って来た時のことを考えないといけない。


「戻ってくるのかなぁ……」


 今すぐ逃げ出したい。けど、勝手に身体を乗っ取っただけではなく、オリビアがしがみ付いていた地位までを手放すのはいかがなものなのだろうか……。

 羊も二百匹を数えたところで、徐々に眠たくなる。ようやく眠れる……。


 目が覚めると、菫の咲く草原に寝ていた。

 あれ? 寮の部屋でベッドの上にいたはずだったんだけど?

 これは、夢……なのだろうか。

 立ち上がり、草原を歩くと白いテーブルで紅茶を飲む美しい女性が見えた。


「あの……?」


 女性が困った顔で微笑みながら、椅子に手を差し伸べる。


「美香さん、どうぞ座って」


 女性に美香さんと言われた瞬間、今までところどころ欠けていた日本での記憶が全て甦る。

 そう、私は阿部美香だ。おひとり様満喫盛りの四十手前のどこにでもいる一般人だ。自分の元の顔、親や友達の顔を思い出し目に涙を溜める。私の失くしていた部分の記憶だ。

 涙を拭いテーブルに着くと、女性を真っ直に見つめ尋ねる。


「今、起こっていることを……どういうことか説明していただけるのですよね?」

「ええ。まずは自己紹介ですね。私はこの世界の女神です」

「女神……そうですか……」


 急に美しい女性が胡散臭く見えた。


「まぁ、胡散臭いだなんて。そんなことを思われたのは初めてよ」


 どうやら私の思考が伝わっているようだ。下手なことは考えたくないが、頭の中で勝手に思考が巡る。


「最初から説明するので、焦らないでください」


 その後、女神が優雅な微笑で説明してくれた事実に唖然とする。

 今、私がいるのは……以前何度か遊んだゲームと酷似した世界だと言う。

 重要なのは、女神曰く、オリビアの魂は元々地球にあるべきものらしい。そして、逆に私の魂は元はこの世界の住人らしい。何かの手違いで入れ替わっていた私たちの魂が、元の場所に戻されたのだと説明された。


「そんな勝手な……私は元の世界には戻れないのですか?」

「あなたは今、本来ある場所にいるので……それにあちらの身体はすでに朽ちています」

「ああ……」


 そうではないかと思っていたが、どうやら私はあちらの世界ではすでに星になっているらしい。


「それでも、こんなやらかした後のオリビアの身体に入れられても困るのですけど……」

「それは本当にごめんなさい。魂が入れ替わっているなんて、滅多にないことで……あなたがあちらで朽ちたタイミングで、同じくオリビアの魂が身体から抜けたから好機だと考えたのよ」


 本当のオリビアはというと、すでに全ての記憶が抹消しており、すでに新しい命に魂が宿ったという。私は残念ながらタイミングが悪く、このやらかした後の身体に中途半端な入り方をしたという。これって私にとっては大変理不尽な話だ。


「理不尽……間違いなくそうね」

「私、このままいけば、追放とか修道院送りの運命なんですけど……」

「運命はあなた次第ですよ」


 いや、そんなこと言うのは簡単だ。でも、現実的に考えて、力のない小娘に一体何ができると思っているのだろうか……。


「でも、あなたは小娘ではないでしょう」

「確かにそうですけど……」


 納得いかない。非常に納得いかない。


「こう考えてはいかがですか? これからは若い身体であなたの進みたい道を進める、と」


 若い身体は確かに嬉しい……オリビアの魂がこの体に戻ってこないというのなら、別に公爵令嬢である必要もないってことだ。それなら、本当に私の好きにやっちゃってもいいはずだ。ポジティブに考えてみると、どうにかなりそうだ。でも、理不尽には変わらないけど。

 せっかくだし女神に何か強請ってみるか。こういう時、ラノベとかでは何かを強請ると決まっている。


「何か特典とかないのですか? 力とか、魔法とか」

「ここは物語の世界ではありませんよ」


 聞いてみるだけ聞いてみたけど、女神はケチらしい。


「ケ、ケチ? そんなことは初めて言われました。よいでしょう……あなたに幸運とこれを捧げましょう」


 女神から一冊の本を受け取る。


【子爵令嬢だけど、王妃になります】


 記憶していた通りのゲームのタイトル、それから表紙だ。受け取った本がジワッと身体に浸透する。


「え、一体何が起こっているの? あれ? 何、この記憶……」 


 覚えていない知識が頭の中に流れ込んでくる。ゲームのシナリオの内容だ。でも、この内容がこれから起こることならば、早めにこの国を退散したほうがいいかもしれない。


「美香……いいえ、オリビア。もう起きる時間よ。あなたに幸運を――」

「え? あの――」


 ベッドの上で目を覚ます。女神にまだ尋ねたいことは、まだたくさんあったのに……。

 ベッドから起き上がると、昨日まで感じていた身体の嫌悪感が消えていた。私がこの身体を自分のものと認識したのか、上手く融合したのか分からないけど……身体の調子はすこぶる良い。

 女神との会話を思い出し、ため息を吐く。


「さて、どうするかなぁ……」


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