第46話
(オリビア~あいつやっつけるの手伝う?)
(これはできるだけ自分で片付けるわ)
(オリビアのほうが強いから大丈夫だよ~)
ディーネ曰く、魔力量という意味では私のほうが強いらしい。
「カル、あいつに精神介入はできそう?」
「難しいな。だが……隙があればいけるかもしれない」
隙か……ジェラルドに精神的に揺らぎがあれば、カルの闇魔法が侵入できる機会ができる。
ジェラルドは負の感情が豊かなので、波を立てるくらいは問題ないと思う。あいつのプライドを刺激するようなこと――
(オリビアどん! 嫌がらせするのなら、いい土魔法があるぞ)
(へぇ、どんな?)
ダンが楽しそうに語る土魔法は、ジェラルドの傲慢な態度を崩すのにはもってこいだと思った。
(でも、それ、練習しなくてもできる?)
(初期の魔法じゃ。害はさほどないが――少々不快なだけだ)
ダンの言葉に何か変な間があったような気がするのだけど……それ以上詳しく尋ねる時間はなかった。
ジェラルドが再び鞭を上げるのを止める。
「はいはい。ストップストップ」
「だ、誰だ!」
驚きながら振り向いたジェラルドだったが、声の主が私だと分かると侮蔑した表情に変わる。
「……ランカスター公爵家の落ちこぼれが何故ここにいる?」
「お茶会に招待されて来ました」
「お前が? なんの冗談だ」
どうやらジェラルドは私が子爵になったことを知らないようだ。まぁ、確かに子爵になってそんなに時間が経っていない。それにジェラルドは伯爵子息だが、継ぐ爵位はなく準男爵の地位を金で得ていたと思う。たぶん。
ジェラルドの足元で蹲る少年に目をやり、顔を歪める。すでに治っているはずの足の傷が疼き、過去の痛みが蘇る。
近くにいた公子も急に現れた私に驚きを隠せない表情だ。公子の近くで血だまりの中に横たわる動物は小鹿のようだ。
ジェラルドに再び視線を戻し尋ねる。
「これはどういう状況でしょうか?」
「相も変わらず頭が働かない奴だな。まず、ここはお茶会の場所ではない。公爵家の私的な場所だ。そして、お前は侵入者だ」
「へぇ……それなら警備や騎士を呼べばいいじゃないですか?」
ジェラルドの目元が引き攣る。
この現場を見られるのは都合が悪いらしい。
「騎士など呼ばずとも、私がお前を拘束する権利があるということだ! まぁ、拘束しようとする間にお前が死んでしまってもそれは私のせいではないがな!」
どうやらどさくさに紛れて私の口封じをする目論みのようだ。
「それなら冥土の土産にこの状況を説明していただけますか?」
「ふん、まぁ、いいだろう。公子にはこのような獣は必要ないから、私が代わりに始末したまでです」
小鹿の死体の四肢は潰されている。苦しめながら殺されたのだろう。
嫌な記憶を思い出す。ヘーズがリリを追い出す直前、リリが世話をしていた野良猫が四肢を裂かれ殺されていたことがあった。オリビアも一度だけだが、その猫に触れたことがあった。
当時は誰が殺したか分からなかったけど、今なら分かる……こいつがやったのだろう。あれは結局、オリビアが殺したとヘーズが言いふらしたせいで……猫殺しの濡れ衣を着せられていた。
「相変わらず、やっていることが鬼畜過ぎて言葉がないですね」
「生意気だな。昔のように泣いて許しを乞えばいいものを。そしたら、楽に殺してやるのにな」
あー、またオリビアの嫌な記憶が呼び起こされる。
ダン直伝の新土魔法を練り上げながら呟く。
「効果が倍になれ、効果が倍になれ」
「何をブツブツと言っている! 気持ちが悪い!」
「【汚土】」
詠唱を唱え終わると、汚土がジェラルドの顔にべチャッと音を立て真ん中にヒットする。停止したジェラルドの顔から汚土がポタポタと地面に落ちるのを眺める。すると、すぐに下水道のような臭いが周辺に充満し始めた。先ほど飲んだロゼワインを吐き出しそうになる。不快になると聞いていたけど――なにこれ、想像以上に臭い!
(オリビアどん、凄いのを捻りだしたのぉ! 鼻が曲がりそうじゃ!)
(ダン……その言い方はやめてね)
(フォフォフォ)
楽しく笑うダンとは対照的に、ジェラルドの顔が酷く歪むのが見えた。
「き、貴様! 殺す! 殺してやる!」
ジェラルドの属性である風魔法の矢が無数に飛んでくる。
「【アクア】【アクア】【アクア】」
初級だが水魔法を展開して、矢の軌道を逸らす。少々ギリギリだったが間に合った。
経験の差を少し感じる。今は私のほうが魔力量は多いかもしれないけど、ジェラルドのほうが魔法の発動が速い。二回目の攻撃はすべてを止めきれず、出力を上げたアクアで壁を作り攻撃を防いだ。
ジェラルドが目を見開きながら叫ぶ。
「な、なぜだ! お前、なんだそれは!」
「名前を付けるのなら水のヴェールでしょうか?」
「ランカスターの落ちこぼれが……そんなことできるはずがないだろ!」
「子爵です」
「は?」
「私はルナヴェル子爵という名前ですよ。覚えておいてくださいね」
ジェラルドの怒りを誘うために、小馬鹿にしたように笑う。
「し、子爵……何を……嘘をつくな」
ハッとした顔で私を見つめる公子と目が合う。父親にでも私の話を聞いたのかもしれない。
「公子様は私を子爵だとご存じのようですよ。あなたと違って」
「な、そんなはずは」
公子がうなずくのを見ながら唖然とするジェラルドに追い打ちをかける。
「お前なんかより上の立場ですから。ひれ伏せよ、弱者が」
ワナワナと怒りに震えるジェラルドが滑稽だ。だが、カルが現れない。これくらいでは、ジェラルドはまだ心は折れていないようだ。
公子がジェラルドに声を掛ける。
「アルト先生、もうやめて――」
鈍い音と共に公子の頬が赤く染まる。初めて叩かれたのか、公子は立ったまま唖然とする。私には好都合な展開だ。
「大事な生徒を殴ってしまいましたね。大丈夫ですか?」
「ふん、お前が叩いたことにすればいいだけだ」
「そんな言い訳が通じるのでしょうか? 公子を制御できずに手間取っているお前が、公爵を欺くことなんて可能なのでしょうか? 無理があるのでは?」
「黙れ!」
「所詮、お前は落ちこぼれなのですよ。まぁ、アルト伯爵家もどうせ大した家ではないからこんな落ちこぼれを生産してしまったのでしょうね」
ジェラルドはいつも自分の家を誇らしげに語っていたが、その根底には認めてもらいたいという気持ちが滲み出ていた。
「貴様!」
ジェラルドが放った鞭を避けたが、頬を掠める。
頬から流れる血に触り、笑う。
「舞台は整いましたね」
「何を笑っている。その顔、昔から気味が悪い!」
このまま魔力最大出力でジェラルドを水攻めしようとすれば、両肩が熱くなる。
(オリビア……顔が)
(ワシの主を傷つけたな……)
あれ? なんかディーネとダンがめちゃくちゃ怒っているような気がする。




