第43話
シュヴァイツァー公爵が、私と面会するという部屋に入ってからしばらく待たされている。
部屋の壁には、数々の美術品が飾られていた。正直、描かれている絵の人物に凝視されているような気分になった。
(何かこの壁の後ろから気配を感じるのじゃ)
ダンが壁を抜け、微妙な顔をしながら戻ってくる。
(どうしたの?)
(壁の裏に変な奴がいたのじゃ)
聞けば、壁の後ろの覗き穴から私を観察しながらジャムのついたクラッカーを舐めている男がいると言う。
(何それ……気持ち悪いんだけど。まさか裸なの?)
(服は、人族の豪華なものを着ていたぞ)
まさか、シュヴァイツァー公爵?
ダンから詳細を聞けば、男はまだ若そうなので公爵ではない。公爵は元父親と同年代のはずだ。この部屋に来る途中で公爵の姿絵を見たが、中肉中背の目立たない中年の男だった。
ずっと立たされているカルが面倒そうに耳打ちをする。
「公爵、本当に来るのか?」
備えてあった紙を手に取りペンを走らせる。
【壁の裏にこちらを覗いている奴がいるらしい】
【公爵なのか?】
【公爵より若い男みたい】
【気持ち悪いな。どうするんだ?】
【駆除かな】
カルがすぐにとメモ紙を手で丸め、一瞬考えたのち口に入れてしまう。
ああ、覗かれているのならなら闇魔法は使えないからか。証拠隠滅のためだとしても、食べるなんて….. 。
カルを見上げれば、真顔で紙を咀嚼していた。
できるだけ壁を凝視せずに観察すれば、飾ってある絵のところどころに部屋を監視する用の穴が空いていた。
(ダン、除き魔はどの辺に立っているの?)
(あの、半裸の絵があるところだ)
絵は私の身長ほどの大きさで、覗き穴は上もだが下にも空いていた。
立ち上がり、半裸の絵をじっくりと観察してから土魔法で出した細い棒で思いっきり下の穴を突くとなんとも言えない悲痛な叫び上が響いた。
ダンに確認してもらうと、標的地にはちゃんとヒットしたらしい。
カルが苦しそうな顔で言う。
「凄い突きだったな」
「害虫は一瞬で処さないと……でしょ?」
カル……股間をガードするのはいいけど、それはヘーズの身体だからね……。
薄れていく覗き魔の声を無視して席に着くと、部屋の扉が開いた。現れたのは、シュヴァイツァー公爵だ。
「ルナヴィル子爵。待たせたか?」
「いいえ。公爵がお持ちの素晴らしい絵の数々に目を肥えさせていただいておりました」
シュヴァイツァー公爵に礼を言う。その素晴らしい絵の裏に覗き魔がいたことに関しては一言も言わない。
ダンに確認してもらうと、覗き魔はすでにどこかへといったそうだ。
「気に入ってもらえて何よりだ……」
シュヴァイツァー公爵が急に真顔になる。
「公爵、何か?」
「いや、ルナヴィル子爵がまさかここまでロレンヌ嬢に似ているとは思わず……数年見ていないだけで、女性の成長は早いのだな。私は息子しか授からなかったから、うむ……」
ロレンヌとは母の名前だ。しかもランカスター夫人ではなく、ロレンヌ「嬢」とは……やけに親しい呼び方だ。
二人の間に何かあった? 公爵は、私を通して母を見ているようだ。
「母をご存知だったのでしょうか?」
「ああ、学園で共に学んでいた。聡明で美しい人だったよ」
シュヴァイツァー公爵から、ラウルの顔だけ野郎なんかと婚姻を結ばなければーーと小声が聞こえた。どうやら、シュヴァイツァー公爵はオリビアの母に横恋慕をしていたようだ。
それが原因でランカスター公爵家を破滅させようとしているのかは知らないけど……シュヴァイツァー公爵が私を見る目がやけに優しい……これはどこかで使えるかもしれない。
シュヴァイツァー公爵が急にまた真顔になる。どうやら本題に入ってくれるようだ。
「聞くところによると、ルナヴィル子爵はランカスター家とは縁を切られたとか?」
「はい。先日、爵位と領地をいただきランカスター家とは別の家となりました」
「領地を与えたとは聞こえはいいが、エルダ地方であろう? あのような荒地など、我が娘を……追放と同じではないか!」
シュヴァイツァー公爵は何か演技くさく感情的に言うが、あの地は私が選んだ場所だ。
「ご心配をいただきありがとうございます。ですが、荒地とて私の領地ですのでしっかりと統治したいと考えております」
「うむうむ、そうであるな。だが、子爵は領地経営に関しては初心者だ」
「まだ、これから習うことは多いと思っております」
公爵は、一体何が言いたいのだろうか? 笑顔の裏に策略を感じる……。
「うむ。子爵にとある人物を合わせたいと思っている。同じく、数年前に爵位を受け継ぎ領地経営をしている伯爵だ。私の二番目の息子だが、互いに話すことも多いかもしれん」
笑顔でシュヴァイツァー公爵を見ながら考える。
この人……私と自分の息子をお見合いしようとしているのか。政敵の元娘なのに……切り替え早いな。
元父親への嫌がらせなのか、別の意図があるのか知らないけど……めんどくさいことこの上ない。
「すぐ隣に控えている。せっかくだ、顔合わせていこう」
クッ。こっちとしては断れない状況だ。内心、ため息をつきながら……公爵に承諾する。
シュヴァイツァー公爵が侍女を呼ぶと、なんやらコソコソと話し始めた。
コソコソ話がやけに長い……。
途中「大事なところのお怪我を……」と聞こえる。
少しして、シュヴァイツァー公爵が苦虫を噛み潰したような顔で告げる。
「申し訳ない。愚息は少々体調を崩したようだ」
「それはそれは、お大事になさってくださいとお伝えください」
あの覗き野郎は、シュヴァイツァー公爵の息子だったか……。




