第41話
「オリビア、今のはどういう意味だ?」
「説明……必要ですか? そのままの意味だと思うのです」
「は? そんなはずはないだろ。何かの悪戯か?」
「私が今まで一度でもあなたに悪戯などしたことがありましたか?」
カイルは考え込んで、私の手に持っていたローブに何度も視線をやる。
信じられない顔だが、私はまごうかたなく今日卒業する。
「子爵とは、公爵家の持っていた子爵か?」
「そうですね」
「いや、父上は子爵位は私に譲ると宣言していた。それに領地とは……まさかルエル地方なのか?」
「違います」
しつこくカイルが領地がどこなのかと聞いてきたのでエルダ地方だと答えると、憐れむかのように見つめられた。
「父上は何を考えているのだ……俺はどうすれば……」
カイルが頭を抱える。相当ショックだったのか、私へのいつもの罵倒を忘れている。
オリビアから見れば、年上の兄だろうけど……私から見れば、カイルは高校を卒業したばかりの子供だ。
ため息を吐き、カイルに言う。
「何を悲観しているか知らないですが、別に悪い話ではないのでは? カイルさんのお兄さんの現在伯爵位ですが……彼はいずれ公爵になります。現公爵とその辺をご自分で交渉してください」
それに、公爵はやろうと思えば、どこかの貧乏男爵から爵位を買い取るくらいできるはずだ。
「カイル伯爵か。悪くないな」
馬鹿に塗る薬はないとは、こういうことを言うのだろう。なぜカイル伯爵になると思っているのだろうか……名前は陛下から賜るものだ。
「では、もうお話は終わりましたので、失礼します」
「待て」
「嫌です」
「いや、違う。責めたいのではない。本当に卒業するのか?」
「はい」
じゃないとここにいない。
「そうか……なら、卒業おめでとう」
今までオリビアの記憶の中のカイルは横暴でいつもオリビアを精神的に傷つけていた。そんな記憶と違うカイルの態度に拍子抜けする。
「カイルさん。ひとつお聞きしたいのですが……なぜ昔、私に顔を見せるなと罵倒したのですか?」
「あれは……別に罵倒したのではない。当時は、お前を見ていると母上を思い出したのだ。それに他の奴がオリビアが可愛いと近づこうとしたので守っていただけだ」
カイルが、胸を張りながら自分のことを正当化する。
きしょ。
その感情しか脳裏には浮かばなかった。
早くここを離れよう。
「分かりました。ご説明をありがとうございます」
その場から歩き始めると、カイルが大声で言う。
「オリビア、俺はいつまでもお前の兄だからな!」
振り返り、声を上げ言う。
「お前の顔を二度と見せるな!」
「え……?」
カイルがオリビアに投げかけた言葉だ。自分が言われたらどんな気持ちになるのか、ぜひ堪能してほしい。
それ以上、何も言わずにカイルから離れる。ローブを被り指定された席に座ると、口角をあげながら独り言を呟く。
「あー、スッキリした~」
私、結構性格悪いかも。
ディーネとダンが肩に留まる。
(オリビア~あの人、目が点になっていたよ~。人間の表情面白い)
(大量に泥水を掛けてやれば良かったのにの)
(ほっておいていいよ。ああいう人は、無視が一番効くだろうし)
いまさら兄として接しようなど図々しいと思う。
卒業の式典が始まると、学園長の最後の説教とも思える苦痛の一時間を耐えた。どこの世界も校長たちの話が長いのは同じのようだ。
それから一人ずつ呼ばれ、卒業証明書を受け取る儀式が始まった。
卒業生の中には、感極まって泣き出す者もいた。
私はまったく学園生活に思い入れはないため、何の感情も湧いてこないのを申し訳なく思うほど卒業生たちは盛り上がっていた。
「オリビア•ルナヴィル子爵、前へ」
私の名前が呼ばれると、ガヤガヤとしていた
卒業生が静かになる。
んー、凄く注目されている……。
その後、なんやらいろんな人に声を掛けられた。ほとんどが、何か私から利益がほしいようだ。でも、そのほとんどは、領地はエルダ地方だと伝えると蜘蛛の子を散らすように去っていった。
分かりやすくていいけど、現金すぎ……。
全員が去ったかと思ったけど、ローブの下に平民の制服を着た男の二人組だけがそのまま残った。去るタイミングを逃した?
「あなたたちも去っていいのですよ?」
「あの、俺たちエルダ地方出身なのですが……ルナヴィル子爵様、従者を雇っていませんか? 従者でなくともコマ使いでも……」
確かに従者は探していた。けれど、こんな急に現れた人をひょいひょいと雇うわけにもいかないよね?
「これ、俺たちの卒業証明です」
そこには【優】のエンボスが加工されてあった。優秀な成績を納めた印なのはオリビアの記憶にもあった。
「優秀なら他にも選択肢があるのでは?」
「ここ一年、いろんな方に声を掛けたが……平民のなんのコネもない者はほぼ門前払いでした。中には三年給与なしなら雇うと言われましたが……」
足元を見られたのか……勿体無いな。優秀な成績を納めても、平民というだけでそんなぞんざいな扱いなのか……。
逆に卒業ギリギリというよりも、ほぼ金とコネで卒業証明書を受け取った豪商の息子は、とある伯爵家に仕えることが決まっているらしい。
世の中、理不尽だ。
エルダ地方出身で成績も優秀、願ってもいない条件だが……慎重に行こう。
「事情は分かりました。今夜、おひとりずつ面接をさせてください」
その後、ミレーヌ先生から植物の本を受け取るついでに先ほどの二人組の探りを入れた。
「あの二人は勉強熱心でいつも頑張っていましたよ」
「そうなんですね」
「ただ、それのせいで周りからはやっかみを受けていた印象です」
ああ、平民のくせに優秀といことが認められないジェラシー集団にやられたのか。
先生に聞く限り、人格にも問題はなさそうなので面接後は雇う方向でいいかな。
先生に別れの挨拶をする。
「先生、いろいろとお世話になりました」
「もう少し早く、こうやってお話ができていたらよかったです。それが残念です」
「私もそう思います」
先生が急いでメモ書きをすると、それを渡してきた。
「私の住所です。もしよかったら、いつでもお手紙を送ってください。植物関連のことこ気になりますので」
「はい。そうします」
先生とは別れ、思う。
なんだかサバサバしていて好きな先生だったな。オリビアも、クリストフェルばかりにかまけていなかったら……素敵な出会いをみすみすと逃したオリビアに同情した。
その晩、カル同伴で卒業式で出会った二人の面接をする。長身の物静かな男がアントン、よくしゃべる筋肉質の男はマイルズと自己紹介された。一人ずつ面接をしたが、特に気になることがない。ひとまず一年契約で給与は小金貨五枚で衣食住付きで雇った。二人には支度金としてそれぞれ金貨十枚をサイニングボーナスとして渡した。
二人とも満足な顔をしていたので、今までで一番条件がよかったのだろう。
従者たちも決まったことだ。辺境に向かうまで、残り始末すべき者は家庭教師だけとなった。
明日の狩りが楽しみだ。




