第35話
王城に着くと、女官に西館にある上級貴族用のサンルームへと案内される。王城の中にカルの付き添いを許されたのは良かったが、近衛兵の過剰護衛付きだ。私と公爵に対して、近衛兵四人も必要なのか分からない。
オリビアは妃教育で王城を訪れていたのでその記憶がある。まぁ、オリビア一人で登城する時は近衛兵が一人だけだったので、今はなんだか監視されているような気持ちになる、
公爵は普段なら、王城にはあの変態執事を従者として連れ沿ってくるらしいが、やつは死んだので今日は従者なく登城をしている。普通に別の人を連れて来ればいいのに……。
王城は本館、西館、東館と分かれている。王族の住まいは本館だと記憶している。謹慎中のクリストフェルも本館にいるはずだ。
近衛兵は扉の外に待機するようなので、よかった。独特の無言の圧に何時間も堪えるのはつらい。
メイドが紅茶や軽食をテーブルに並べる間、女官から謁見のスケジュールを口頭で伝えられる。
スケジュールは、このサンルームで過ごしたあと近衛兵と共に陛下のいる隣の部屋まで向かい。そこで陛下から呼ばれるまで待つというシンプルなものだ。
個人的には、この習わしは王の力を見せしめるためのパフォーマンスの一環だと思う。
公爵家であろうが、この時間の掛かるスケジュールは避けられない。唯一の例外は大公だけだとオリビアの記憶にあった。大公は王の大叔父に当たる人物だ。肩書的に見れば、国王よりも下位の階級の貴族だが、王国の広い範囲を支配下に置いている。個人的には一定地域の王だと言っても過言ではない人物だ。その大公の謁見のみ、この謎の待機時間がないという。
「それでは、陛下との謁見までごゆっくりとお過ごしください」
侍女が一礼をして退室する。
公爵がドスンとソファに腰を掛けたので、公爵から遠くの椅子に腰を掛ける。
すぐにカルが私のサイドテーブルに紅茶と軽食を置いてくれる。
「オリビア様、どうぞ」
「ありがとう。あなたも座って紅茶をいただいて」
ディーネに紅茶等に毒が入ってないか調べてもらう。
(毒は入ってないよ)
(ディーネ、ありがとう。二人とも少しの間、暇だろうけど我慢してね)
(ワシはこの植物の土の中にいる)
ダンが観賞植物の土の中に潜る。ディーネも暇そうなので、別の紅茶のカップをカルに準備、ディーネに使ってもらう。
紅茶に口を付け教科書を開くと、公爵がカルに文句を言う。
「ヘーズ、貴様は私の使用人ではなかったのか?」
「……この時を持ちまして、侍女頭を辞させていただきます」
ブッと紅茶を噴き出しそうになる。
公爵がカルを睨みながら言う。
「ヘーズ、そいつが悪魔だと理解して従っているのか」
「悪魔ではございません。オリビア様です」
「貴様、今月分の給与もだが紹介状も受け取れるとは思うなよ」
「私はオリビア様の侍女ですので、そのようなもの必要ないです」
カルが平然と公爵に向かって言う。カルもなかなかやるね。
「貴様……その悪魔の犬に成り下がったか」
「オリビア様のヘルハウンドなれるのなら、本望です」
カル、今日はノリノリだ。ちょっと紅茶を飲むのをやめよう。噴き出してしまいそうだ。
公爵を冷ややかな目で見ながら言う。
「ランカスター公爵。ヘーズに紅茶を注いでほしいのなら、そうお願いしてください」
「悪魔の手下にそんなことしてもらう必要はない。紅茶くらい自分で淹れられる」
「そうですか」
じゃあ、何も言わずに自分で淹れればいいのに。
「貴様はさきほどから何を読んでいる」
声を掛けられたが、公爵を無視していると不満を言われる。
「返事もできないか」
「わん」
「ワンとはなんだ、ワンとは!」
「わんわん」
「貴様……」
もう私と公爵はあと数時間で他人になる。公爵と会話をする義理を今さら感じない。
公爵のことはそれから脳内ブロックをして勉強に励んだ。
二時間ほど経つとトイレに行きたくなった。外にいる近衛兵に頼み女官を呼ぶと、先ほどとは違う女官が現れた。カルと共に女官にパウダールームへと案内される。
王城の個室トイレが広い。トイレ兼休憩室で化粧品なども常備してある。普通にここに住めそうなんだけど。
トイレを済ませると、女官に化粧直しを勧められる。
「化粧はしていないので結構です」
「それならなおさら化粧をお施しします」
「分かりました。それではよろしくお願いいたします」
手際よく女官が化粧を施していく。オリビアに良く似合う色合いだ。さすが女官というところだろうか。
「お化粧は以上になります。よくお似合いですよ。こちらをどうぞ」
女官に豪華な手紙を渡される。
「なんですかこれは?」
「お読みになれば分かるかと。わたくしはそれ以上の説明を受けておりません」
手紙を読むと、シュヴァイツァー公爵家の卒業式の次の日に行われる恒例の狩り大会への招待状だった。これは完全に私を取り込もうとしているな。王妃から私が子爵になる話が漏れたのだろう。
目の前の女官を見下ろす。シュヴァイツァー公爵の力は王城内にもこうやって潜んでいるのか。
断る選択肢もあるが、これは私にとって好都合だ。シュヴァイツァー公爵家にいるあの家庭教師は私の獲物だ。私にも楽しい狩りができそうだ。
女官に声を掛ける。
「参加するとお伝えください」




