第34話
翌朝、早く目覚めて試験の勉強をする。試験まで六日しかない。
妖精たちは、昨晩どこかへ行ったまま帰ってきていない。心配はしていない。たぶん、その内に帰ってくるだろう。
勉強、と言っても教科書と参考書に目を通しているだけだ。内容の多くが今まで習った教科の応用だが、歴史だけは知らない分野もあり暗記必須だ。だが、正直これなら……試験ではある程度の点数は期待できそうだ。決して余裕ではないが、真面目に教科書と参考書を勉強すれば、大丈夫……大丈夫でありたい。
今日は学園が休みの日なので、食堂は閉まっている。
参考書を読みながら、昨日の夕食の残りのパンを頬張る。二時間ほど勉強に集中していると、カルが起きてきた。
「オリビア、もう起きていたのか?」
「うん。試験勉強がしたかったから。もう少ししたら城に向かう準備をする時間になるけど、カルは王城にどの服を着て行くの?」
「俺は、ヘーズの部屋から持ってきた紺色の上質のやつだ」
ああ、あれなら侍女が王城に着て行くには最適だ。だけど、一人で着るのには大変な一着だ。たぶん、カル一人で着るのは無理だろう。
「着替えるのを手伝ってあげる」
「助かる」
さて、私の服だけども……うん、いつもの一張羅しかない。王城に着て行くドレスとなると、準備するには数週間から数か月の時間が掛かる。とてもじゃないけど、昨日今日でそんなドレスを探すことはできない。
王に直接間近で会うのは、クリストフェルとの婚約式以来だから……六、七年ぶりだ。遠目では何度か見たが、直接オリビアから話をする機会はほとんどなかった。何度か王には言葉をもらったが、どれも事務的なものでほとんど印象にない。王に関しては正直、クリストフェルに似た顔の整った金髪の男だったとしか記憶がない。
顔を洗っていると、妖精たちが戻ってきた。
(おかえり。あなたたち、どこに行っていたの?)
(ディーネは、近くの湖で泳いでいたよ)
(ワシは、芋畑を見つけてな。そこの土の中でゴロゴロしとったわい)
二人は楽しんだようでよかった。
着替えが終わるころになると、寮母から公爵家の馬車が門番に到着したと知らせを受けた。
今日の謁見時間は実は昼過ぎなのだが、王に会う時にはこうして朝早くから王城に向かい数時間待機するという。時間の無駄のような気がするが、そういう習わしなので従うしかない。時間は有効活用したいので、教科書と参考書は一緒に持っていく。
ディーネとダンには、王城で大人しくするようにお願いする。
(帰ってきたら、二人のやりたいことに付き合うから。王城だけでは静かにしておいてね)
(はーい!)
(帰ってきたら、芋掘りじゃ!)
(芋掘りでもなんでもするわよ)
二人にそう約束する。
門の前に停まる立派に装飾された公爵家の馬車を見上げる。公爵家の一員でありながら、オリビアは今までこれに一度も乗ったことがない。
御者が扉を開くと、中には着飾った公爵が乗っていた。顔だけはいいので、正装していると余計にその顔が引き立つ。
公爵が不機嫌そうに言う。
「何を呆けている、早く乗れ」
「別に呆けておりません。迎えに来ていただきありがとうございます」
馬車にカルと共に乗車をする。
馬車の中の座席は革製で座り心地はとても良かった。目の前に座る公爵がいなければ、横になって席を堪能したかもしれない。これ、内装は金なの? お高そうな馬車だ。
公爵が私を上から下まで見ると、鼻で笑いながら言う。
「そのような貧相な格好で登城するなど、私への当てつけか?」
「は? どこかの誰かさんが使用人の躾を行っていなかったせいで、私への支給金が頂けずにドレス等を購入できなかったのですが?」
こいつ……本当に今までよく公爵という地位を維持できたよね。よほど前公爵が優秀だったんだろうね。
シナリオには、オリビアの婚約破棄の件がきっかけでランカスター公爵家は衰退していくようだけど……オリビアのことがなくともこれが当主ならば、その内勝手に衰退しそう。
公爵が舌打ちをしながら言う。
「本当に減らず口だな」
「事実を述べているだけです」
可能なら公爵と一緒に王城に行くなんて遠慮したかったが……残念ながら王城に入れる馬車は伯爵家以上だと決まっている。公爵もそれを知っていて迎えに来ている。決して私のためではなく、自分のためだ。
ちなみに、子爵以下の馬車は王城に乗り入れできない。そのため一年に数回ある王城の行事にも参加できない。子爵になる私にとって、そのことはプラスでしかない。だが、多くの子爵と男爵たちはそのことで屈辱を感じているようだ。毎年何度もどうでもいい拒否権のない王城の行事に呼ばれ、領地からわざわざ王都まで向かうなんて……経済的にも時間的にも狂気の沙汰としか思えない。
馬車が学園から王城へと出発する。ここから王城までは約三十分掛かると公爵が説明したのに、無言で頷く。
それ以上、私は公爵と話すことがなかった。なので、教科書を開き試験範囲の勉強を始めた。
公爵は、時折何かを言いたそうに唸ったが聞こえないフリをした。
二十分ほど馬車に揺られると、ついに公爵の口が開く。
「お前とは今日で縁が切れる。四年の支援も今日付けでまとめて払ってやるから、今後は公爵家と関わらないことだな」
「それは最高な贈り物ですね。ありがとうございます」
「……これなら、元のオリビアのほうが断然扱いやすかったな」
は……? その言葉に私の中で何かがキレたような気がした。
こいつ、そういう態度なんだ。正直、公爵は一番に始末したかった。だが、それなりに権力があるこいつが消えると、それはそれでめんどくさいから放置していた。でも、今の言葉はいただけない。
ああ……いいこと思いついた。
ニヤニヤしていると、カルが耳打ちをする。
「オリビア、邪悪な顔をしているぞ」
そうだろうね。邪悪なことを考えているからね。




