第31話
カルの分の朝食を持って戻ると、服に絡まったカルがグルグルと部屋の中で回っていた。
「起きたみたいだけど……大丈夫?」
「着替えようと思ったが……絡まって、動けない」
「手伝ってあげるから待って」
カルを絡まった服の紐から解放、きちんと服を着させる。どうやってここまで絡まったのかは分からない。
「助かった」
「ヘーズの記憶があるんじゃないの? 服とかもその記憶で着れないの?」
「記憶があるからってなんでもできるわけじゃないぞ」
やり方は把握しているけど、実際やると上手くいかないパターンか。
紅茶を二人分淹れ、テーブルに置く。
「カル、お腹が空いたでしょ? 朝食をたくさん持って来たわよ」
「美味そうだな」
「量は足りそう?」
「ああ、十分だ。おっと」
カルが皿をひっくり返しそうになりながら答える。
カルの食べる姿を見ていたら、飼い兎のぽん太を思い出す。大好物のチンゲンサイを見せると、早く渡せとよく茶碗をひっくり返していた。
カルの食事が終わると、教室へと向かった。
カルには部屋で待機してもらう。暇だと可哀想なので、学園から配布されていた侍女の注意書と淑女の教科書を置いてきた。内容は堅苦しいけど、基本は書いてある。
教室へ入ると、一番にシエラが勝ち誇った顔で詰め寄ってくる。朝から、完璧な化粧を施したシエラの顔……一体何時に起きたのだろう。
「まぁ、オリビア様! おはようございます。ご機嫌はいかがでしょうか? 聞きましたわよ――って、何故、わたくしを無視するのですか!」
取り巻きたちと騒ぐシエラをスルーして席に座る。どうせ、めんどくさい絡みだろう。シエラのほうがオリビアよりもよっぽど悪役令嬢に向いていると思う。
教師が教室に入ってくるとすぐに授業が始まるが、やはりクリストフェルの姿はない。クリストフェルの取り巻きも今日は休みのようだ。教師からも特に言及がないということは、たぶん未だに謹慎中なのだろう。
机の端でディーネが足をプラプラさせながら、つまらなさそうに言う。
(オリビア、いつまでここに座っていればいいの?)
(小童、暇ならワシの土盛りでも称えていろ!)
授業中なのに妖精たちがあまりにもうるさかったので、教室から退去してもらった。文句を言いながらもディーネは校内の噴水、ダンは花壇に遊びに行ってくれた。
授業中に窓から花壇を見れば、ダンが花壇の中でゴロゴロしながら気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。私も早く毎日ゴロゴロしたい。
午前中の授業終了のチャイムが鳴ると、妖精の二人はすぐに教室へ戻って来た。人間の授業を聞くよりも外で遊んだほうが楽しかったようで、二人ともリフレッシュしていた。
職員室に向かう教師に声を掛ける。
「先生、ご相談があります」
「ランカスターさんが……ですか?」
教師が驚いたように聞き返す。それもそうだ……オリビアは今までクラスメイトもだが、教師ともろくに会話をしてこなかった。
ちなみに、この教師の名前はオリビアの記憶にはない。
教師はオリビアと同じほどの身長で、瓶底眼鏡にダボッとしたローブを羽織っている女性だ。授業は分かり易く、どの生徒にも基本は公平に対応している。なので、飛び級について相談する教師に選んだ。彼女ならオリビアを色眼鏡で見ることはないだろう。
「はい、先生にぜひ個人的に相談したいことがあり……」
「そうですか。では、個別相談室に向かいましょう」
相談室に向かう途中、屋外廊下ですれ違った知らない男に舌打ちをされる。
誰か知らないけど……感じが悪いので無視して教師の後を追うと、男に急に引っ張られた。
「おい! なんだよ、その態度は!」
私が言い返す前に、男は妖精たちの洗礼を受け水と泥だらけになった。
(オリビアどんを害する奴は泥まみれになるがよい!)
(水まみれになるとよい!)
全身が泥水だらけになった男から一歩下がる。
男は、自分の姿に困惑した顔で私を見る。
「……は?」
「あら、大丈夫ですか? 誰か教室から汚れた水を放ったのかしら? 災難でしたね」
首を傾げながら笑うと、男は汚れた手で再び私の腕を握ろうとした。汚れる汚れる。男の伸ばした手を避けると、逆上しながら叫ぶ。
「おま――」
「あなた! ランカスターさんに何をしているの! それに、なぜ、そんなに汚れているの?」
先を行っていた教師が、戻って来て男を注意する。
「いや、これはこいつが!」
「ランカスターさんが、あなたに泥水を掛けたと?」
「そうだ」
妖精の容赦ない泥と水で全身ずぶ濡れになった男は必死に訴える。だが、教師は状況証拠を確認しながら、ため息を吐く。
「この短時間でランカスターさんがそんなことできるはずありません」
「いや、だが――」
オリビアの魔力は知られている限り弱い。教師はそんなオリビアがこんなことをできないと判断したのだろう。
「制服の替えが職員室にあるから、あなたも付いてきなさい。あと、女性をこいつと呼ぶのをやめなさい」
教師にそう言われ、男は納得できないという表情で後ろから付いてきた。
滴る泥水が私の制服に付かないように男からは距離を取った。
職員室に着くと、男は別の教師に連れられどこかへと行った。結局、誰なのかよく分からない。私はというと、個別相談室で教師に飛び級に付いての相談をした。
教師は私の相談に一瞬眉間に皺を寄せた。
「飛び級の試験を受け、今年卒業をしたい……ですか?」
「はい。難しいでしょうか?」
「そうですね。試験は最終学年の授業の内容が主になりますので……ランカスターさんは、学年では上位の成績を収めています。ですが、飛び級試験になりますと……正直、今の成績では難しいかと思います」
そう言われるとは思っていた。オリビアは今までわざと成績を下げていた。そんなことをしなければ、学年で一位を取れていたとしてもおかしくないくらいの学力はある。
「それでも、試験を受けること自体は可能なのですよね?」
「そうですが……卒業式は数週間後になります。試験は来週までに受けないといけません。さすがにそれでは試験勉強をする時間はありませんよ。もう一年だけですの――」
「それは、好都合です。来週試験を受けます」
教師は微妙な顔をしていたが、どうにか試験を受けることを押し通した。
教師が唸りながらも承諾をする。
「後で試験内容の教科書と参考書を渡すので、取りに来てください」
「ありがとうございます」
オリビアは頭が良い。一度教科書を読めば、覚えるはずだ。私はそれに賭けている。
個別相談室から出てくると、先ほどちょっかいを掛けて来た男が待っていた。一体なんの用なの?
男は私を発見すると、大声で名前を呼ぶ。
「オリビア!」
ああ、名前を呼ばれて分かった。先ほどは気付かなかったけど……よく見たら、これはオリビアの下の兄……カイルだ。
「めんどくさっ」




