第30話
その晩、カルも私も疲れていたのか、すぐに眠りに就いた。
翌朝、目覚め……というか妖精たちに起こされて目覚める。
(オリビアオリビアオリビア! おはよう!)
(朝から酒盛りじゃー。ウハウハ)
妖精をミュート出来ないのがつらい。
妖精って……寝ない! 寝ないだけならいいけど、暇なのかずっと騒いでいる。
ダンは朝まで酒盛り、ディーネは奇妙な踊りを一晩中ベッドの上でしていた。彼らのナニカのパワーのおかげか、身体は軽い。だが、精神的にはゴリゴリといろいろ削られている。
今後の夜の騒ぎは、できれば別の場所でやってほしいと二人にはお願いした。
カルが寝ている侍女の部屋をノックするが、返事はない。
そっと中を覗くと、大股広げたカルが寝ていた。ヘーズなら絶対に見せなかったであろう姿に、思わず笑いそうになる。
小声でカルを起こす。
「カル、おはよう」
「ん? オリビアか? そうか、昨日はここで寝たのか……」
カルはまだ寝ぼけているようだ。
「私は今から朝食を食べに行くけど、カルは……私が食事を持ってくるからここにいて」
「ん……分かった」
寝返りしながら返事をしたカルを置いて部屋を出る。いつも部屋の外にいた、金魚の糞トーマスがいないので清々しい朝だ。
食堂に付いたが、まだ早い時間なので人は少ない。これだったら、カルの分を部屋に持ち帰っても分からないだろう。
二人分の食べ物をトレーに盛る。
食堂にいた生徒の一人は、私の食べ物の量に目を丸くしていたが気にしない。
今日はオートミール、パン、ソーセージ、それから豆のスープと結構豪華な朝食だ。
(オリビア、このスープに入っていい?)
(ダメだって……)
シュンとしたディーネがあまりにも可愛そうだったので、コップの水に入る許可を出す。
(わーい。ディーネの汁でオリビアを元気にするから!)
(はいはい。ありがとう)
(ワシの泥だんごもあるぞ!)
(ダンのは後でね。そんな顔しなくてもちゃんと泥だんごを顔に塗るから……)
妖精たちとそんな会話をしていたら、リリアンが食堂に現れた。ピンク頭だからよく目立つ。
でも、あれ? なんで貴族の彼女が平民の食堂にいるの? 私も貴族だから人のことは言えないけど……。
私を発見したリリアンが目を見開く。
リリアンは、私がここにいることに驚きを隠しきれていない。まぁ、あの《《オリビア様》》が平民の食堂にいるからね。以前なら絶対見れない光景だ。
「お、オリビア様。おはようございます」
「リリアン様、おはようございます」
リリアンがためらいがちに尋ねる。
「あの……オリビア様はなぜこちらの食堂にいらっしゃるのでしょうか?」
「もちろん健康的な朝食を取るためです」
「そう……なのですね」
リリアンに一から十まで私の行動を説明する必要はない。
リリアンの頬を見れば、少し引っ掻かれた痕が付いていた。アランの言っていた、薔薇のお茶会事件は本当の話のようだ。だとしたら、クリストフェルが謹慎中という話も本当なのだろう。
「リリアン様は、なぜここに?」
「私は、その、友達と約束をしていて……」
落ち着かない様子で辺りを見回しながらリリアンが答える。
リリアンに誰と会う約束をしたのかと尋ねたが、曖昧な返事をされる。
ああ、これはきっとアランと約束をしていたのかもしれない。アランなら、今はカルの闇収納の中なので今日は現れないけど。
目の前の椅子を差しながら尋ねる。
「お友達がいらっしゃるまで、少々私とお話しませんか?」
「は、はい。失礼します」
リリアンは席に着くと、私のトレーに載った山盛りの朝食を見てギョッとする。
「私、意外と大食いなのですよ」
「それは知りませんでした」
これは、いい機会だ。リリアンにはずっと言わないといけないことがある。
「リリアン様、前回はクリストフェル様の妨害――ご参加されたせいで会話が中断されました。ですので、この場を借りてリリアン様への嫌がらせの数々をお詫びいたします」
深く頭を下げると、リリアンが驚きながら止める。
「おやめください。悪いのは私なのです。婚約者がいると知って……全ての元凶は私です。この責任は取ります。クリストフェル様とは絶――」
「ストップ、ストップ。何を言おうとしているかは知らないけど……もし、私にクリストフェルを返却しようとしているのなら、返品はお断りですから」
「返品……?」
リリアンがキョトンとした顔をする。
「リリアン様、私の謝罪を受け入れていただけますか?」
「は、はい。それはもちろんでございます。ですが、やはり私ではあの方の支えになるには……私は身分も含め全て彼の足を引っ張るだけなのです」
「だからって私にその責任を擦り付けるのはやめてください」
「擦り付け……ですか?」
「本気で言っています。それに、お聞きになりませんでしたか、クリストフェル様はもう私との婚約破棄を王に進言されたはずです」
リリアンが静かになる。私から見れば、リリアンは幼さがまだ残る少女だ。十六、七歳のただ恋する娘に国と責任という重圧が急に肩に圧し掛かったのかもしれない。
オリビアから私が生えてこなかったら、本来、リリアンとクリストフェルは二人はゆっくり共に物事を解決して王と王妃へと成長する予定だった。リリアンに至っては大公家の養女になり、クリストフェルの大きな後ろ盾となる。そんなシナリオを初期段階でぶち壊したのが私の存在だったのだろう。
私はそんなシナリオなんか知らない。女神は、私がこの世界の元の住人だからオリビアの身体に入れたらしいけど……それも正直私にはただただ迷惑な話だ。だってこのシナリオからは、途中下車するのだから。 上級生の卒業式のパーティで断罪される予定だったオリビアの結末を、早めに切り上げているだけだ。
リリアンとクリストフェルも今の段階なら、頑張れば軌道修正はできるはずだ。
「急に婚約の話になって、ゴホッ、ゴホッ」
ストレスからか、リリアンは話の途中で急に咳込み始めた。これって私のせいなの?
ディーネがリリアンの匂いを嗅ぎながら言う。
(オリビアー、この子から毒の匂いがするよ)
(嘘でしょ。ここで死なれたら、また私が断罪コース行きになるじゃない!)
これは……私の婚約破棄の話が広まったのかもしれない。そのせいで次の候補者であるリリアンを早速始末するべく動いた勢力が現れた? 容疑者が多すぎて誰の仕業か分からない。これ、どうすればいいの?
ダンがリリアンの頭を突きながら言う。
(大丈夫だ。こんなのは軽い毒じゃ。すぐには死にはせん)
それってジワジワ殺す毒ってことなの? それはそれで陰湿すぎる。
妖精は毒に即効性がないから大丈夫だというけど、リリアンは結構苦しそうだ。
(オリビア、私の汁を飲ませたら元気になるよ!)
ディーネの汁なら目の前にある。
リリアンにディーネが浸かっていた水を勧める。
「まだ口を付けておりませんので、どうぞ」
「ありがとうございます」
水を飲んで、咳が落ち着いたリリアンに助言する。
「一番険しい道を歩まずとも、クリストフェル様と共に別の道を歩む選択肢もあるのではないですか?」
「はい……ですが、クリストフェル様の夢を叶えたいのです」
夢を叶えたいって……王様になりたいと言ったからなれるものではない。リリアンはまだ現実が見れていない頭の中花畑モード中だな。
今はきっと何を言っても響かないだろうが、一応忠告はする。
「私は、お二人の幸せを祈っております。ですが、周りには気を付けなさいませ。最近、体調が悪くなることが増えたのではないのですか?」
「季節の変わり目の風邪ではないかと」
「それって、誰かにそう言われたのですか?」
「相部屋の子に――」
「その方は風邪を引いていますか?」
「いえ……」
「リリアン様、気を付けなさいませ」
リリアンは下を向いたまま何か考え込んでいたが、気にせず食堂を後にした。




