第23話
「誰にも言っていない、わよ」
カルの女言葉はまだたどたどしいけど、フードの男は特に気に留めずに話を続ける。
「オリビア嬢が公爵邸に戻っているな? なぜ、寮に戻らず公爵邸に留まっている?」
「公爵の命令だからよ」
「なんだそれ、婚約破棄の件か?」
あ……誰か思い出した。このフードの男、平民の食堂で会ったアランだ。さっきの『なんだそれ』のイントネーション……アランで間違いない。
ボッチのオリビアに急に話しかけてきたことは不思議に思っていたけど、こんな裏があるとは……学園の中庭で見せた屈託のないアランの笑顔を思い出しイラっとする。
「婚約破棄? そんなことになっているの? 公爵はそんなこと言ってなかったわよ」
カルが婚約破棄の件を知らないフリをする。上手い言い回しだ。やるね、カル。
「ああ、それで……例の渡した薬の使い時だ。薬は、その、まだメイドが持っているのか?」
アランがやや言葉に詰まりながら尋ねる。
「ええ、ラナが保管しているわ」
「ここ数日、オリビア様の様子は依然と、その、違うが……何かあったのか?」
「違う、とは? いつもの何もできない我儘令嬢よ」
「……そうか」
アランはそう言うと、ヘーズ夫人に第三王子に毒を仕掛けるよう命令する。聞けば、昨日クリストフェルは陛下に私との婚約を解消する件で予定通りに謁見しに行ったそうだ。そこまでは、こちらの誘導通りだ。よくやったヘタレ王子! ガッツポーズを決める。
けれど……なぜかリリアン同伴で陛下の前に現れ、陛下の前で高々とリリアンと婚約すると宣言したらしい。
「なぜ……」
呆れて思わず呟いてしまう。
最終的には婚約破棄宣言が耳に届いた第二妃が、薔薇のお茶会の客人前でクリストフェルと言い合いになったそうだ。その途中でリリアンが紅茶をかけられ、第二妃に頬を叩かれたらしいとアランが何故かやや苛立ちを含んだ声で言う。
息子といい、母親といい……人を叩くことしか脳にないの?
なんでそこまで面倒な事態になった? 父親と話しに行くだけでよかったでしょ! あの馬鹿王子が!
「そんな話、なぜ私にするの?」
カルが訝しげな表情で尋ねる。
「まぁ、聞け。あの第三王子は今謹慎中だそうだ。面会は認められていないが、オリビアだったら婚約破棄の件を伺いに特別に会うこともできるだろう。見舞い品の中に毒を仕込め」
「事情は分かりました。ラナなら可能ですが……そんなことをしたら、公爵家もただでは済まないでしょ? 私の報酬はいくらになるの?」
アランが無言でお金が入っているだろう袋をカルに投げる。大きさから結構な額が入っているように見える。
カルが金の入った袋を拾おうと腰を曲げると、アランが隠し持っていたナイフを振り上げる。ディーネの水の壁がカルの頭上に広がるのが見えたが、クローゼットから飛び出す。
「おりゃああ!」
持っていた棍棒で力いっぱいアランの後頭部を殴る。
「何、を……」
アランが地面に倒れるのを見計らい叫ぶ。
「ああああ、手、痛ったぁ!」
棍棒でアランを殴った衝撃の痛さが肩まで伝わり、痛さのあまり棍棒を地面に落とす。
カルが急いで駆け寄る。
「オリビア! 大丈夫か?」
「大丈夫よ。痛いだけだから。それより今この人、カルを殺そうとしたわよ。一体どうなっているの?」
カルと二人、地面に横たわるアランだろうフードの男を見下ろす。一応、確認のためにフードを取って男の顔を確認する。
「やっぱりアランだったわね」
「オリビアの知り合いか?」
「学園の食堂で一度、話しをしただけ男よ。それも、何かしらの悪だくみの一部だったのでしょうね」
「こいつ、どうするんだ?」
理想としてはアランが自ら情報を話してくれるといいのだけれど……。きっと、そう簡単に吐かないだろう。
「アランはなんでヘーズ夫人を殺そうとしたのかしらね? 第三王子に毒を盛るのが目的なら、彼の行動は矛盾しているわよね?」
カルはアランと話をしている間に精神介入をしようとしたが、公爵と同じで時間が掛かるという。
「時間を掛ければ、こいつの身体を乗っ取れる。その時に記憶を見れば分かるだろ」
「……却下よ。カルの負担もだけれど、事情も知らないのに人を殺したくはないのよ」
確かにカルがアランの記憶を探れば簡単だろうが、誰しもをホイホイ殺すほど悪に染まっていない。必要不可欠の場合のみ手段を厭わないだけだ。
「じゃあ、どうするんだ? 拷問して吐かせるのか?」
「拷問も趣味じゃないわ。別の方法を考えているから待って……」
こんな影の仕事をしているのなら拷問や恐怖を与えても、口を割るはずがない。拷問が不可なら……同情とか? あ、意外とこれはいけるかも。ニヤッと口角を上げる。
「オリビア、悪人みたいな顔をしてるぞ」
「いい方法を考え付いたの。カルの闇収納って生きている人間も入れられるの?」
「大丈夫だが……何をする気だ?」




