第17話
カルヴァンの闇収納から次々と出される金目の物が止まらない。
本気でこの量は何? 貴族でも大金だ。
あの二人、こんなに着服していたのか……でも、それよりも驚いているのは、このことに誰も気付かなかったってことだ。公爵家、終わってない?
ヘーズ夫人の部屋にあったという宝石に金品を手に取る。一介の侍女頭が一生働いても到底手にはできない量だ。毒の瓶を渡した人物の手掛かりになりそうな物は何もなかったが、一つの宝石にメガ移る。
「このイヤリング……」
これはオリビアの亡くなった母のものだった。オリビアの母が描かれた壁絵で見た記憶がある。公爵家の管理は一体どうなっているの!
カルヴァンが金貨を袋にまとめながら尋ねる。
「これだけあれば、十分な資金になるか?」
「カルヴァン、これは半分はあなたのよ。慰謝料としてもらったらいいわ」
「いいのか? 貴族から盗んでも問題ないのか?」
「いいんじゃない?」
どうせ、今まで着服に気づかなかったのだ。公爵家に返す義理もない。大きなゴミを二つ片付けた手数料よ、手数料。
「俺は金目のものは金貨以外分からない。オリビアに任せてもいいか?」
「分かったわ。これとこれと……そうねこれは残して、こっちの宝石は闇収納に入れておいてくれる?」
「全部持っていかないのか?」
「執事の罪を暴くのに証拠はいるでしょ? ああ、その公爵の古いカフスも出したままでお願い」
「分かった」
これから公爵といろいろ交渉するための証拠だ。
「公爵はあとどれくらいで起きるの?」
「もう起きてもおかしくないが、金目の物を片付けるまでしばらく寝かせておこうか?」
「そうね」
ディーネが、執事のへそくりの宝石の回りでブンブンと飛び声を上げる。
(オリビア! これこれ! これ、開けて!)
ディーネが興奮しながら、他の宝石を押しのけ小汚い紙のついた木箱を指差す。
(何これ? 木箱?)
(ここに妖精が入っているの! 閉じ込められてるの!)
妖精は人には見えないんじゃないの? それを、どうやって閉じ込めているの? 箱についている紙は何かの呪符のようだ。
(これ、絶対呪いの箱でしょ)
(違うわよ! 妖精よ! 早く開けて!)
木箱に付いた呪符を破り、そっと開けると土臭い古い香りがした。中には、干からびたダンゴムシが入っていた。これが妖精だというのだろうか。
干からびたダンゴムシは、崩れて触れば粉々になりそうだ。
(これ、死んでるんじゃ?)
(妖精は死なないから! でも……長い間、閉じ込められて力を失っているみたい。オリビアの力を注いであげて!)
(私の力を注ぐとは一体どうするの?)
ディーネの指示通りの呪文を唱える。
(ディーネ! これは契約の呪文だよね?)
(そうよ! 緊急事態なのよ!)
一度、始まった呪文を止めることはできない。完全にディーネに騙された。
呪文が終わると、ダンゴムシは小さな爺さんに変わっていた。これはあれだ……庭とかにいるノーム人形に似ている。赤い帽子もちゃんと被っている。
爺さん妖精も勝手に契約させられて怒り狂うだろうと思ったが――
「いや~助かりましたぞ! あの箱の中で百一年、ワシの妖精人生終了だと嘆いておりました。オリビアどんが契約してくれんかったら、サラサラ~と土に帰るところでした。土の精霊だけに。なんちゃって」
爺さん妖精、自虐ネタまで出して……ディーネに引き続き、妖精のキャラが濃すぎない?
妖精が見えないカルヴァンは、私が箱と対話しているようにしか見えないようだ。突き刺さる視線が痛い。
爺さん妖精が上目遣いで尋ねる。
「ワシの名を付けてくれ」
「名前か……ダンはどう?」
「良い名じゃ」
ダンゴムシだったからダン、実に単純だ。
ディーネを名付けした時と同じ、眩しい光が部屋を囲む。そうだった。これが続くのを忘れていた。
「なんだ、この光は?」
流石にカルヴァンにもこの眩しい光は見えたようだ。
カルヴァンに事情を説明、落ち着かせる。妖精と聞いて驚いていたが、カルヴァンは、執事の身体から追い出された強力な水の魔力の正体が何か理解して納得していた。
私の手の甲に腰を下ろしたダンには羽がない。
「ダンは飛べない妖精なの?」
「羽なんぞなくても飛べるわい!」
ダンが目の前を爽快に飛んで見せる。確かに羽根がなくとも飛んでいる。
「実演、ありがとう」
「おお、そうそう。オリビアどん、これを食べてくれ」
小さな丸い泥の塊を渡される。
「何これ?」
「ワシから出た土だ」
それって、排泄物でしょ。そんなの、絶対に食べたくないのだけど。なんでそんなものを渡してくるんだろう。
「いや、私にそういう趣味はないから」
「汚い物ではないわい! これを食べれば、オリビアどんもワシの土魔法が使えるぞ」
ディーネの羽根を吸収した時と同じ話とうこと? でも、今は九時間も気絶なんてする時間の余裕はない。それに、またあの頭痛を味わうのかと思うと、ダンの土を躊躇してしまう。
「心配はない。オリビアどんの今の魔力量なら、少しの不快程度で済むわい」
「それなら……」
ダンから受け取った土は、どう見ても鹿の糞にしか見えない。大丈夫、これはチョコレートだ。これはチョコレートだ! 目を閉じ、土の塊を口に放り込む。
無味無臭で特に不快感は――あ、違う。普通に頭が痛い。痛い、痛い。
「あ゛あ゛がぁぁぁ」
「おい! 大丈夫か!」
倒れそうになった私を、カルヴァンが支える。
ソファに座り、こめかみを強く押す。ディーネの時ほど酷くないが、頭が割れそうな頭痛だ。何が『少しの不快』だ……五分程して頭痛が収まったので、ダンをキッと睨む。
「すまんのぉ。オリビアどんは思ったよりひ弱じゃった」
「ひ弱で悪かったわね」
息を整え、立ち上がると、カルが手を差し伸べながら尋ねる。
「オリビア、本当に大丈夫なのか?」
不安そうに尋ねるカルヴァンに、苦笑いで返す。
「大丈夫だよ。妖精の……ちょっとした悪戯よ。それより、宝石類の大体収納できた?」
「ああ、終わった」
さて、準備は整った。後は公爵にお目覚めになってもらうとするか。
(あ、ディーネとダンは大人しくいい子にしておいてね)
(はーい)
(分かったのじゃ)
拘束された公爵の前に椅子を引き座り、カルヴァンに公爵にかけた魔法を解いてもらう。
公爵がゆっくりと目を開けると、笑顔で挨拶をした。
「おはようございます。お父様」




