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第14話

 馬車の中から外の景色を眺めながら、口角を上げる。

 上手く物事が運んでいれば、今頃はすでにクリストフェルが陛下から婚約破棄の承諾を受けているだろう。だが不安はある。

 

「あの王子様……ちゃんとやれているだろうか?」


 あれだけ、リリアンが妾になったら可哀想だと念を押したんだから……大丈夫なはずだよね? 流石にそこまでヘタレだとは思いたくない。


 馬車に揺られること三十分、トーマスが小窓の外を見ながら言う。


「オリビア様。公爵邸に到着でございます」


 馬車が公爵邸の門をくぐり、エントランスへと到着する。

 ディーネが公爵邸を見上げながら言う。


(ここがオリビアの家なの?)

(家だと思ったことはないけど、まぁ……一応そうなるかもね)


 この王都の公爵邸で、オリビアは二年ほど過ごしたことがある。領地の家よりマシだが、それでも周りはオリビアを蔑ろにする敵が多かった。特に侍女頭のヘーズ夫人は酷かった。オリビアの記憶を思い返すだけで、イライラしてしまう。

 馬車から降り、辺りを見回す。仮にも公爵令嬢が帰って来たのに出迎えはゼロだ。

 トーマスも出迎えがいない件には驚いているようだ。何かアクションを起こすか待ってみたけど、何もしないので自ら玄関へと向かった。


「たのもー!」


 公爵邸の玄関を勢いよく開けながら入ると、公爵邸の従者が階段の上からこちらを見下ろしながら面倒そうな顔をした。


「へぇ。そんな態度なんだ」


 オリビアは何も言わなかったかもしれないけど、私は違うんですよ。仁王立ちしながら従者を睨むが、従者は特に動じていないようだ。


(何、あいつ! 感じ悪い。ディーネの水でお仕置きする?)

(まだ大丈夫よ)


 後ろから追いかけて来たトーマスが尋ねる。


「オリビア様。いかがされましたか?」

「トーマス。公爵邸の使用人はどうやら教育がなっていないようですよ」

「え?」

「トーマス。今あなたがやることはなんでしょうか? 時間をあげます。二分で考えて下さい」


 トーマスは階段の上にいる従者に気づき、階段を駆け上がると、急いで従者の首根っこを掴み私の元へと連れてくると謝罪をさせた。

 微笑みながら言う。


「トーマス。よく出来ました。案内はあなたがしてください。ここの従者は躾がなっておりませんので」


 従者を通り過ぎると、何か不満を漏らす小さな声が聞こえた。しかし、その後すぐに水に滑って転んだので放置して先を進んだ。

 ディーネが両手を上げながら言う。


(ディーネのコッソリ作戦だよ)

(ディーネ、良い子ね)

(ディーネ、オリビアに褒められた~)


 トーマスに公爵の執務室に案内される間、途中メイドなどとすれ違うが私のことは空気かのように扱われる。私が全てにいちいち直接反応してもキリがないので、そのまま歩く。


(ディーネ)

(はーい)


 ディーネが私を無視したメイドの足元に水を撒き転倒させる。メイドの転倒と同時に何かの置物が割れる音がしたが、振り返らずにそのまま執務室の扉の前に立った。

 トーマスが執務室の扉をノック、声をかける。


「公爵様。トーマスです。オリビア様をお連れしました」

「入りなさい」


 短い返事は確かにオリビアの記憶にある公爵の声だ。その声を聞いただけで勝手に身体が強張る。これは、オリビアの記憶のせいだろう。

 執務室に入り、公爵に挨拶をする。


「公爵様、ご挨拶申し上げます。オリビアでございます」


 返事がない。チラッと顔を上げると、公爵はこちらを一切見ずに机の上の資料に目を通していた。


「こちらに座りなさい」


 そう指示してきたのは公爵の執事だ。この執事……これもオリビアの敵だ。

 この執事もろくな奴ではない。オリビアが実際に受け取っていた年予算は、いつも提示額より少なかった。誰が着服していたのかまでは分からないけれど、この執事もそれに加担していたかそのことに気づかなかったか、はたまた見て見ぬ振りをした奴だ。

 いつもだったら執事の言うことを聞いて大人しくなんでもいいなりになるオリビアだが――今日はオリビアではなく私が対応しているのだ。

 執事を横目で睨み、ニヤリと微笑む。


「貴方が公爵様なのですか?」

「はい?」

「私は公爵様に挨拶したはずなのですが、貴方が返事をしましたので。もう一度訊ねます、貴方が公爵様なのでしょうか?」

「いえ……」


 下を向き胸に手を当て一歩引いた執事……。

 あれ? いつもと様子が違う。いつもだったら、命令口調でオリビアに圧をかけていた……今回はちゃんと反論も考えていたのに、残念。

 せめて一言くらい執事に嫌味でも言っておくか。


「貴方がそうであるように、公爵邸の従者もメイドも不甲斐ないのですね」

「何を?」

「もういいです。貴方は黙りなさい」


 執事の表情からは苛立ちと何故か焦りを感じた。トーマスは下を向いて黙ったままだ。まぁ、これは仕方ないけど……トーマスはかっこいいところを一つくらい見せてほしいと思うのは過剰要求なのか?

 未だに何かの書類と睨み合う公爵に言い放つ。


「呼び出したくせに、無反応ですか? 用がないのなら帰りますよ?」


 ここまで失礼なオリビアを演出しているのに、当の公爵も一言も発さない。流石に何か言うことあるよね? 無礼全開なんだけど。

 無視しているというよりも、もしかして私が部屋にいることすら気付いていない? 

 何かおかしい……。

 肩に乗ったディーネがツンツンと髪を引っ張る。


(オリビア、公爵、何かおかしいよ)

(そうね……)

(ああ! 分かった! 隣の執事、闇魔法使いだよ)


「え?」


 思わず驚いて声を出す。

 闇魔法――闇魔法――記憶を巡る。

 あったあった。えーと、闇魔法の持ち主は、人族では稀で魔族に色濃く出る属性だ。でも、それってこの執事が魔族ってこと? 魔族って、記憶では角やら何か魔の神の恩恵が身体に現れているはずだ。でも、この執事にはそれが見当たらない。


(オリビア。身体の乗っ取りだよ)


 ディーネが私の前に出ると、警戒態勢に入った。

 執事が身体の乗っ取りを受けていると言われ、内心ビクッとしながらディーネに尋ねる。


(もしかして、この執事も私の魂と同じ状況なの?)

(うーん。オリビアとは違うよ。これは、闇魔法での乗っ取りだよ。公爵も闇魔法で精神的に何かされているよ)


 ああ、それなら執事の態度が以前と違うのに合点が付く。しかし、この面倒事をどうしよう……。

 緊張感を表に出さないように、心の声でディーネに尋ねる。


(執事の身体を乗っ取っている奴って、危険なの?)

(ディーネより魔力は下だよ。パンパーンっていつでもやっつけられるから!)

(それなら安心ね)


 出来るだけ静かに物事を運びたい。そのためにはトーマスがこの部屋にいるのは邪魔だ。

 トーマスに向かって命令口調で言う。


「トーマス。席を外しなさい」

「しかし……」

「早くなさい」

「はい……」


 トーマスが部屋が退室しても、公爵は気にせずに机に向かって何かを読んでいる。たぶん、公爵は私がこの部屋にいることすら気付いていないのだろう。

 こちらを訝しげに見る偽執事に尋ねる。


「それで? いつからなの?」

「はい? 何がいつからなのでしょうか?」


 執事は澄ました顔で答えたが、額から微かに汗が出ているのが見える。


「その執事の身体を、いつから乗っ取っているのかを尋ねているのよ」

「オリビア様、何をおっしゃっておられるでしょうか?」


 面倒な言葉のゲームをこの執事とする時間はない。手っ取り早く、執事の身体から乗っ取り犯を追い出そう。

 ディーネに頼んで、執事の顔を水に沈める。


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