第13話
公爵邸に向かう朝、凄く目覚めがすこぶる良い。なんでだろう?
「あたしの汁のおかげだよ」
ディーネが誇らしげに答える。あれ、私、さっきの口に出していた?
「違うよ! ほら、ディーネとオリビアは魂で繋がったでしょ? だから、オリビアの心の声も聞こえるようになったの。オリビアもディーネの声が聞こえるはずだよ? ディーネに集中して」
言われた通りに集中すれば、ディーネの声が頭に響く。
(オリビアオリビアオリビアオリビアオリビアオリビアオリビア! ディーネだよ!)
これは迷惑なオプションだ。オフボタンが欲しい。
(プンプン! ひど~い)
「ディーネ。今日は公爵邸に行く予定だから、そこでは大人しくしておいてね」
「わかった!」
ディーネが軽く返事をする。本当に分かったのかどうかは別として、妖精は他の人には見えないようなので大丈夫だろう。
洗面所へ向かう。昨日は過多な魔力のせいで水を大量に放出してしまった。今日は、可能な限り力を込めずに水魔法を唱える。
「【アクア】」
良かった。無事に必要な分のみ水を出せた。
私の現在の魔力は、ディーネと契約する前より遥かに多い。だけど、昨日よりもコントロールができている。水魔法の扱いが上手くなれば、自分自身を丸洗いとか可能なのかな? ニート生活を考えると欲しい機能だよね。
魔力量が増えたのなら、他の魔法は使えるのだろうか。
「ディーネは水の妖精だよ。水しか使えないよ」
「……そうだよね」
水魔法が以前より強力に使用できるようになったことを感謝しないとね。以前の魔法の威力と比べれば、天と地の差だ。
支度が整うと、ディーネが何か浮かせながら持ってきた。
「オリビア、これ、見て見て」
「宝石箱?」
特別豪華ってわけではないけど、箱の上に付いた宝石が気になる。あれは、換金できるのだろうか……。
「ディーネ、それはどこから持って来たの?」
「あそこからだよ」
ディーネが指すのは、元メイドのラナが使っていた部屋だった。
宝石箱を開けようとしたが、鍵穴がないのに鍵が掛かっているようで開かない。オリビアの記憶から予想するに、これは魔力で鍵のかかる魔道具ではないかと思う。魔道具はシナリオにもちょくちょく出てきている。だけど、魔道具ならば……鍵を掛けただろうラナの魔力でしか開かない。
「手詰まりね」
「ディーネが開けてあげる!」
ディーネが宝石箱に触れると、ついていた魔石が割れ床に落ちる。あぁ、資金が……。
「一体、何をしたの?」
「魔力をたくさん流して破壊したの! これで箱は開くよ」
本来は鍵を掛けた当人の魔力でしか開けられないものだが、妖精の魔力は膨大だ。どうやら単純に魔力のオーバーヒートで魔道具が壊れたようだ。
そっと宝石箱を開けると、中には私から盗んだものを含むアクセサリー類や価値のありそうな指輪が入っていた。あの泥棒め。宝石類は今後の資金のために私が頂くとして、この紫の液体が入った瓶はなんだろう?
「オリビア~。それ、毒だよ」
は? 毒? なんでラナがそんなものを持っているの?
毒の瓶はまだ満タンにはいっており、使用された形跡はないようなので安堵のため息をつく。
毒といってもたくさん種類がある。
ディーネに毒の瓶を見せながら尋ねる。
「これがどのような毒か分かる?」
「んー、人間だったら確実に死ぬと思うよ~」
「そう……」
確実に死ぬ毒……。
ラナの性格からして自分用ではないと思う。オリビア用に持っていたと考えるのが濃厚だけれど、他の用途にも使える。ラナに尋ねれば分かるだろうが、丸裸で追い出してしまった。行方を追いたいが、オリビアの周りにはそれを頼めるほど信用できる人がいない。
避けていたラナの部屋に入り、他に何か怪しいものがないかを調べる。
ラナの部屋には豪華なベッドに家具、派手な服も多い。ラナの家は商家だが、奉公している娘にここまで羽振りよくお金を使うだろうか。探したが、他に怪しいものはなかった。
ラナの部屋を見ているともやもやした気持ちになる。
部屋の中で特に癪に触ったのが、隅々まで掃除が行き届いていたことだ。オリビアの部屋はあんなに汚かったのに……。
宝石箱に入っていた高価な指輪と毒を手に取る。
「この指輪は男物ね」
「この指輪、魔石で出来ているよ。魔力を感じるよ~」
ディーネが指輪の回りを飛びながら言う。
これも何かの魔道具ってこと? ディーネになんの魔道具か分かるか尋ねたが、知らないと言われる。
毒のことは気になったけれど、公爵邸に向かう前に早めの昼食を食べに行く。
部屋を出れば、トーマスが立っている。トーマスはオリビアの記憶ではもっと緩い感じだった。考えれば、以前のオリビアの主たる威厳がなく、なめられていたのかもしれない。トーマスもきちんとした環境にいれば無能ではないかも――
「オリビア様。公爵邸で昼食を予定しております。食事はお控え下さい」
ああ、やっぱり無能だわ。
「トーマス。あんな場所で出る食事なんて口にできるわけがないでしょう?」
トーマスは、公爵邸での私の扱いを知っているはずだ。
(水でもくらえ!)
ディーネがトーマスに大量の水を頭から掛ける。
全身がずぶ濡れになり、困惑の表情でいっぱいになったトーマス。こみ上げる笑いを抑える。
(こらこら。ディーネ、何をしているの? 気に触っても、あからさまに水を掛けるのはダメよ。私が疑われるでしょう? 今度からコッソリとやって)
(わかった!)
唖然と立ち尽くしているトーマスはほっといて、食堂へと向かう。
さて、今日のお昼ごはんは何かな。
昼食が終わり、寮の前に停まる公爵家の馬車の前に立つと、トーマスが手を差し出してくる。
「オリビア様、お手をどうぞ」
ほんのり湿っているトーマスの手を取り、馬車に乗る。さて、出陣だ。