第11話
「失礼ね! あたし、虫ではないわよ! 妖精よ」
妖精? オリビアとゲームのシナリオの記憶を辿っても妖精については、お伽話レベルでしか知らない。訝しげに虫を見る。
「本当に?」
「いつもは人前には出ないわ。でもあなた、いい匂いがするのよ」
スーハ―スーハ―と虫が私の匂いを嗅ぎ始める。ちょっと嗅ぎ過ぎでは?
「匂いって何?」
「匂いよ! あなたの匂いはとても心地よいわ。女神様の匂いと同じ」
「妖精(仮)は、女神を知っているの?」
「(仮)って何よ! あたしはちゃんとした妖精よ!」
妖精……ってこんなだったの? 私の思っていたイメージと少し違うんだけど。
「虫の形をした妖精なの?」
「虫、虫、五月蠅いわよ。これは仮の姿なの! あたしは偉大なるウンディーネ様から生まれた水の精霊なのよ」
それならやっぱり(仮)ってことよね?
それにしても、ウンディーネって、確か四大精霊の水を司る精霊だったはず。
物語では、人間の男と結婚して魂を貰う精霊だったはず。でも、魂を貰う代わりに夫が不倫した時には、夫を殺すとかいう禁忌が掛けられている話だったかな? 本当、昔の人の物語は、恐ろしいことばかり考えるよ。
「それで、どうして私の前に姿を現したの? 匂いを嗅ぎにきただけなの?」
「よくぞ聞いてくれました! それはあたしが、貴方と契約してやってもいいと思ってよ! ありがたく思いなさいよ! 偉大なるウンディーネ様から生まれたあたしが、契約してあげるんだから!」
「めんどくさそう」
「なんてこと言うのよ! 酷い酷い」
てんとう虫の妖精が転がってジタバタし始める。やっぱり面倒そう。
それに……虫の身体の反対側見せられてもね。Gにしか見えない。
「酷い! 酷い! 契約してくれるまで泣くもん!」
虫に契約するまで癇癪を起こし泣き続けると宣言される。なので、不本意だがこの虫型の妖精と契約することにした。ただ、問題がある。
「私、魔力はほとんどないよ。それでも契約できるの?」
「魔力なんて要らないわ。あたしはその魂から力を貰うから」
「それって寿命が縮むとか、変な規約とかついてないでしょうね?」
「そんな事ないわ! 魂から出るこの匂いを嗅ぐだけだから」
ふんがふんがと私の匂いを嗅ぎ始めた妖精。匂い嗅ぐだけって、変態なのか。苦い表情をしながらてんとう虫を見つめる。
「ちょっと! なんて顔してあたしを見てんのよ! 早く契約しなさいよ」
「分かったから、顔の回りを飛ぶのをやめて。契約ってそもそもどうすればいいの?」
「そうね! じゃあ、私の言うことを復唱してね」
「分かった」
飛び回っていたてんとう虫が制止すると、辺りの空気が一気に変わり静かになった。
【私ウンディーネの】
「私ウンディーネの」
「ちょっと違うわよ! そこは自分の名前よ! あ! あなたの名前は何?」
このてんとう虫め。復唱しろと言ったのはそっちでしょ! イラついた心を落ち着かせ、ニッコリと笑い自己紹介をする。
「オリビアよ」
「オリビア! じゃあ、続きを言うわよ!」
先程と同じ流れで復唱すれば、身体の芯から何かが膨れ上がる感覚がした。
【私、ウンディーネの化身******は、オリビアとここに契約する】
【私、オリビアは、 ウンディーネの化身******とここに契約する】
聞き取れなかったこの妖精の名前も、不思議と勝手に口から出てきた。契約を誓うと、全身が熱くなる。この感触はなんだろう? 熱いのに心地よい。
【【二つとない契約。対価は魂の結び付き。この契約は死す時まで結ばれる】】
ちょ、ちょっと! 勝手に口が動いて言葉を発するんですけど! 死す時まで魂で結ばれるって! 聞いてない!
強い光で包まれた身体はしばらくすれば、熱が引き落ち着いた。
「契約成立ね」
目の前に飛ぶ、小さな羽の生えた妖精の女の子が笑顔で言う。
「あなた、てんとう虫なの?」
「そうよ! オリビア、ちょっとこれを受け取って!」
女の子がブチッと自分の羽を抜き、私の膝の上に落とす。落ちた羽根は私の身体にスッと吸収されていった。
「あれ、羽根が消えた――え?」
ドクンと心臓の鼓動が大きく鳴り、胸が苦しくなる。
「はぁはぁ――」
これ、心臓麻痺を起こしてるの? まだこんなに若いのに?
あまりの苦しさに意識を失う。