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第1話

楽しんでいただけると嬉しいです!


カクヨムにて同タイトルで先行しております

 パシン――急に頬に激痛が走り目覚める。


「痛ッ」


 何? 誰かに叩かれた? 

 顔を上げると、目の前には既視感がある金髪碧眼のまだ幼さが残る青年が私を睨みながら立っていた。

 何? この外国人の子供に叩かれたってこと? は?

 青年は、まだ高校生くらいだろうか……サラサラの手入れの行き届いた、透き通るような髪が煌めきながら無駄に輝いているのが眩しい。その姿は、まるでお伽話の王子様のようだ。この顔って……以前、どこかで見たことのあると思うんだけど。どこで見たんだっけ? 全然思い出せないんだけど。というか……なんで、こんなガキに叩かれたの? なんか、ムカついてきたんだけど。

 やや熱の帯びた頬に手を当て今の状況を考え――


「オリビア! 聞いているのか!」


 金髪王子が頭に響く声で怒鳴る。いやいや、そんな怒鳴られると思考が――ん?   オリビアって誰のこと? 

 頬から離した手を凝視する。

 あれ? 私の手はこんなの細く色白だった? 毎朝のランニングを欠かさなかった私の手は、もっと筋肉質で健康的な日焼けをしていたはずだ。

 以前、飼い兎のポン太に噛まれた人差し指の傷もない。

 これ、誰の手なの? 

 もう一度、顔を上げる。金髪青年王子様の後ろに見えるのは、良く手入れされた英国風の庭園が広がっていた。


 マジでここどこ……? 


 最後に覚えているのは……ポン太に好物のキャベツをあげて……それから、急に頭から押されるような激痛がして、床に倒れた。その後、徐々に視界が暗くなり、ポン太がケージを齧る音がして――

 ああ、私……もしかして死んだの?

 ううん、これは夢かもしれない。でも……あれは相当リアルな痛みだった。不安で乱れる思考を落ち着かせるために足元に視線を移せば、小さな自分のではない足が見える。足に触れると、ちゃんと感覚が脚と指先に伝わる。少し引っ掻けば痛みも感じる。この感覚、これは現実だ。

 この身体、私のものじゃない。

 気持ち悪い。気持ち悪い。

 全身が一気に痒くなり過呼吸を起こしそうになるのを気合で落ち着かせる。静かに深呼吸を繰り返し、ポン太の思い出で思考を埋める。

 大丈夫……大丈夫……

 ああ、ポン太は大丈夫だろうか。

 私がいなくとも、ポン太は同居人の母にも懐いているから大丈夫……って母の顔が思い出せない。それに、元の自分の顔も名前も思い出せない。私は……私は一体誰? 

 どうしよう。前世の出来事は分かるのに……友人はおろか、家族も自分のことを全く思い出せない。


「オリビア! 聞いているのか!」


 王子様が命令口調で憤る。けど、王子様、ちょっとうるさい。今、私は自分の名前を思い出そうとしているのに……。王子様が先ほどから何かを言っていたのは聞こえていたが、自分のことに必死で内容までは把握できていなかった。

ダメだ。どんなに考えても自分の顔と名前が出てこない。

 まるで記憶を削除されたかのような感覚だ。

 覚えているのは、飼い兎のポン太くらいだ。でも、目の前にいる王子様の顔には既視感がある。モヤモヤと歯がゆさが積もる。


「オリビア様、大丈夫でしょうか?」


 急に女の子の声がして顔を上げると、学生服に実を包んだピンク頭の可愛らしい女の子が私を心配そうに気に掛ける。

 凄い真っピンクの髪の神なんだけど……。

 最近の高校生は髪をピンクに染めているの? 綺麗だけど、発色が凄い。女の子は、透明なモチモチの肌に大きな緑の瞳の綺麗な子だ。この子にもなんだかどこかで見たことがあるような……。


「オリビア、なぜ黙っている?」


 王子が再び強い口調で怒鳴る。

 さっきからオリビア、オリビアって……私のことを言っているの? 私は、オリビアじゃない。私は……私は……


「ぐぅわああああああ」


 一気に誰かの記憶が押し寄せる。走馬灯のように、覚えていない記憶が見えては消え、頭が痛みで割れそうだ。

 流れてくる記憶……これは誰の記憶なの? 

 記憶の情報が頭を巡ると、すぐにこの記憶の持ち主が誰なのか理解をする。

――ああ、そうか、これは、この身体の子の……オリビアの記憶だ。

 この身体の少女の記憶のピースがぴったりと私とはまるように同調を始める。宙に浮いたかのような気持ちでオリビアの人生の記憶が私に染みついていく。

 少しして同調が終了したのか、先ほどまで感じていた気持ちの悪さが消える。

 鼻からポタポタと血が制服のスカートに滴り落ちるのを、とっさに手でとめる。オリビアの記憶を融合した激痛で鼻血が出たようだ。


「オリビア! 大丈夫か?」


 さすがの王子様も私の鼻から流れる血を見たことで異常事態に気付いたのだろう。心配そうに言葉を掛ける。


「……普通に大丈夫じゃないから。私の頬を力いっぱいに叩きやがって……」


 王子には聞こえない声で呟く。

 頭に大量に流れ込んだオリビアの記憶で分かったのだが、彼は本物の王子様だ。名前は……そうそう、クリストフェル第三王子だ。この身体の持ち主、オリビアの婚約者だと記憶は覚えている。

 その記憶によると、オリビアは彼を心底慕っていたようだ。それも、盲目に。彼に媚びたいろいろな恥ずかしい記憶まで、この頭ははっきりと覚えている。前世の記憶も少し回復したが、ところどころ抜けている。特に人の名前や顔は出てこない。

 今は私がオリビアなのだけれど――これ、以前と同様にこの王子様に媚びるべきなの?

 クリストフェル第三王子を頭上から足元まで一目観察する。顔の造りは確かに素晴らしい。でも、普通に少年だ。

 うん……無理。

 金髪碧眼は《《私》》の趣味ではない。

 まず、筋肉も付いてない子供王子に興味はない。それに前世の年齢的に私とこの王子様が結ばれるのは濃い犯罪臭がする。外見も中身もまだまだ成長過程の子供に恋愛感情なんて湧かない。

 それよりも、今はこの鼻血をどうにか止めないと。

 ポケットに入っていたハンカチで鼻を押さえ、もう一度、今の状況を整理しよう。そう思ったが、すぐにクリストフェルが私の肩を激しく揺らしながら何度も大丈夫かと尋ねてくる。

 うん、やめてね。そんなに揺らしても鼻血が止まらないから……。

 これ以上の騒ぎを起こさないように、静かな声で私を揺らすのをやめてほしいとクリストフェルに伝えたが……聞いちゃいない。


「オリビア! 大丈夫か!」


 クリストフェルに左右に揺らされる度に鼻血が飛び散り、何度もハンカチを当て直す。いい加減やめて欲しいとイライラが募り、つい前世の素でクリストフェルを拒絶する。


「おい。いい加減、揺らすのをやめろ」

「なっ。私は心配してあげているだけなのだ。それなのに、なんなのだ、その態度は!」


 しまった……舌打ちをする。

 だが、先ほどの私の素はクリストフェルにしか聞こえなかったようだ。狼狽える王子様が私の失言をこの場で広める前にここは退散したほうがいいだろう。


「殿下、誠に申し訳ありません。本日、体調が優れず……これ以上殿下のお目をお汚ししたくなく、この場を失礼したいと存じます」


 王子は不満な表情をみせたが、止まらない鼻血を押さえる私に怒る気持ちが薄れたようだ。あしらうように言われる。


「そ、そうか。分かった。下がれ。だが、例の話はまだ終わってない。覚えておくように」


 例の話? はて? オリビアの記憶を巡らす。あー、これか……。


「婚約破棄のお話でしょうか? 大変、非常に、とても残念ですが、謹んで承諾いたします。ですが、このことは陛下のご承諾が必要になります。失礼を承知で申し上げますが、陛下には殿下からお伝え願えないでしょうか?」

「は?」


 私の態度に唖然とするクリストフェルの顔があまりのも点になっているので、笑いそうになる。

 まぁ、それもそうか……今までのオリビアだったら、クリストフェルにどうにか彼の寵愛を乞うていただろうから。オリビアは、過去にも何度もクリストフェルに婚約破棄の件の話を切り出されていた。だが、その度に癇癪を起していた。

 落ち着いてきたと思った鼻血が再び溢れ出した。


「状況が故、これにてこの場を離れることをお許しください」

「あ、ああ」


 目が点のままのクリストフェルに軽く挨拶、急ぎ足で退散した。

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