う弁当7
振り返りその視線の先に目をやると、そこには一人の女の子がこちらを見つめていた。
その女の子がこちらに向かって口を開く。
「大丈夫!?なんだかすごい叫び声がしたけど」
屋上にはひとけが無く、屋上に居るのはみうなと私だけかと油断していた。
「あっ、あ、うん大丈夫。ちょっと梅干しが酸っぱかっただけだから」
私は、どもりながらもとっさに返事を返した。
大丈夫、嘘は言っていない……はず。
それと同時に頭をよぎる。
さっきまでのうな重の大暴れを見られた?
いや、みうなは既に鰻を頭にのせて登校しているので別にうな重を見られても困りはしないのだが、
うな重が普通の鰻を装っているのでつい校内では喋ったり歩いたりしてはまずいのかな?
という雰囲気が出来ていたのである。
うな重の方を確認するとさっきまでの大暴れとは逆に、みうなの頭の上で静かにおとなしくしている様子。
再度振り返り大丈夫?ばれていない?かと心配をしていると女の子は続けて
「そうなの?すごい声がしたから」
「そんなに酸っぱかったんだ、梅干し」
うな重の悲鳴を聞いて少し驚いていた女の子は、私のとっさの言い訳になんとなく納得して少し安心したようだ。
それを見て私もホッと胸を撫で下ろしていると、不思議な違和感を感じた。
その違和感の正体を探して女の子をそっと見る。
……私はこの女の子を知っている、いや正確には知っているはず。
喉まで出かかって何かが詰まったような、靴の中に小石が入り込んだ様な、思い出せない絶妙なイライラ感。
この女の子の名前が喉元まで出てきているのに出てこない感じ。
いわゆるベイカーベイカーパラドクスというやつである。
ベイカーベイカーパラドクスとは相手がパン屋だということは思い出せるのに、ベイカーという「名前」が思い出せないという冗談から生まれた言葉である。
顔やイメージなどの視覚的映像の情報は記憶に残りやすいのに対して、名前や名称などの言語情報は記憶に残りにくいという現象らしい。
そんなうんちくを脳内で走らせていると、私のうしろから一言。
「文花ちゃんだ!」
うしろを振り向くとみうなが呼ぶように小さく叫んでいた。
その時、喉のつかえがスッと取れたかのように思い出した。
再び前を向き、女の子を見て確信する。
この子は長縄 文花 ちゃんだ。




