第八章:ふたつの決意
夜が明けようとしていた。
社の境内には、桜色の風が吹き抜ける。
けれど、その静けさの裏で――ふたりの思惑が交錯していた。
篠原家、尚邦の書斎。
煙草の煙が漂う中、尚邦はひとり、何かを思案していた。
「桜依……才が目覚めれば、すべてが……」
その目は、もはや理性を失ったように光っていた。
芙蓉は、その様子を静かに見つめていた。
けれどその胸の内では、別の思惑が渦巻いている。
(長――あの人の隣に立つためには、すべてを失っても構わない。)
一方――
あやかしの社、桜巫の居室。
静かに座す長の前に、柚羽が跪いていた。
「桜依を……あの子を、どうか。」
その願いに、長は目を細めた。
「――あやつの力は、まだ不完全だ。」
「ですが……」
柚羽は、必死に言葉を重ねる。
「私には、もうあの子しか……」
静かな沈黙。
やがて、長はそっと目を閉じた。
「……好きにするがいい。」
その声は、まるで春の風のように、柔らかかった。
ふたつの決意が――今、確かに動き出していた。
ひとつは、過去を取り戻すために。
ひとつは、未来を守るために。
桜依の眠る社の奥で、ほんのかすかに、桜色の光が揺れていた。
それは、まだ誰も気づかぬ希望の兆し。
――第八章、了。