第七章:眠りの中で
静かな夜だった。
桜依は、社の奥座敷で深く眠っていた。
昼間のざわめきも、胸のざわつきもすべて遠く。
まどろみの中で、彼女はまた夢を見ていた。
それは――幼い頃の、祖母の姿。
白い髪をゆるやかに結い、穏やかな瞳で微笑む祖母が、あやかしの子を抱きしめている。
その子は、まだ幼い鬼。
淡い銀の髪に、透き通るような紅い瞳。
「大丈夫よ……あなたは、あなたのままで。」
祖母の声が、やさしく響く。
桜依はその光景を、ただ静かに見つめていた。
――私も、あんなふうに、誰かに……
そう思った瞬間、目の前の景色がふっと霞んだ。
気づけば、次は――蒼蓮がいた。
大人びた姿ではなく、あの井戸のほとりで見た幼い頃の姿。
でも、確かに同じ瞳だった。
(……あなたが)
静かに手を伸ばそうとした瞬間――
「桜依。」
誰かの声が、夢の中で呼びかけた。
その声は、とても懐かしく、あたたかかった。
「もう少しの辛抱よ。いずれわかる時が来るわ。あなたの才が目覚めるときが。」
それは――祖母の声かもしれない。
それとも、母の声かもしれない。
けれど、確かに優しい声だった。
「……私は……」
桜依は、ぽつりと呟いた。
「私は、まだ……目覚めたくない……」
その声は、やがて静かに夜風に溶けていった。
――第七章、了。