第四章:境界の呼び声
その夜、桜依は眠れずにいた。
胸の奥に、得体の知れないざわめきがある。
理由など、わかるはずもない。
けれど、どこかで――誰かが――
「……助けて」
そんな声が、確かに聞こえた気がしてならなかった。
気づけば、夜着のまま外へ出ていた。
月明かりに照らされた庭を抜け、
かつて祖母が通っていた、森の奥の神社跡へ。
風もなく、静まり返った夜。
その奥で、誰かが待っている――
そんな、根拠のない確信に突き動かされていた。
「……ここ、で……いいの?」
言葉にした瞬間、微かに空気が揺れた。
一方、ほの暗い森の中。
蒼蓮は、今日こそ、と決意していた。
――もう、見ているだけではダメだ。
あの娘は、あのままでは壊れてしまう。
自信など、ない。
けれど、誰かが手を伸ばさなければ、
彼女は、永遠に孤独なままだ。
「俺が……行くんだ。」
静かに、古びた井戸の前に立つ。
水面に映る桜依が、まるでこちらを見ているかのように、切なげに揺れていた。
そして、蒼蓮は――
今まで一度も超えたことのない“境界”を――
越えた。
時が、少しだけ止まったような静寂。
次の瞬間――
桜依と蒼蓮、ふたりの目が、
この世で初めて、互いを映した――。
――第四章、了。