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第十章:目覚めの刻(とき)

静寂が訪れていた。


あれほど激しく揺れ動いていたやしろも、今はただ春の風が吹くだけ。


篠原家とあやかしの世界を巡る因縁――それは、静かに幕を閉じようとしていた。


 


桜依さよは、深い眠りの中にいた。


社の奥座敷、桜色の光に包まれた静かな空間。


その手は、誰かを求めるように微かに動いていた。


 


 


一方――


社の外、井戸のほとり。


蒼蓮そうれんは、ひとりそこに立っていた。


目を閉じたまま、両手を組んで祈るように。


 


(……桜依。)


 


胸の奥で、何度もその名を呼んでいた。


 


「俺は……あの時、お前を……」


小さく呟き、唇をかみしめる。


まだ自分は足りない。


力も、覚悟も――桜依の隣に並ぶには、まだ遠い。


 


けれど。


あの日、ふたりが手を重ねた瞬間のことは、決して忘れられなかった。


魂が震えるような――あの感覚。


 


蒼蓮は、そっと空を見上げた。


夜明け前の淡い桜色が、空の端を染め始めていた。


 


「……もう一度、会いたい。」


 


その呟きだけが、静かに井戸の水面に落ちていった。


 


 



 


社の奥。


桜依は静かに目を開けた。


その瞳は、以前よりも穏やかで、どこか強さを宿していた。


 


隣には、柚羽ゆずはが静かに寄り添っている。


 


「……目覚めたのね。」


柚羽の声に、桜依はゆっくりと頷いた。


 


「母様……私、夢を見たの。」


 


その言葉に、柚羽は微笑んだ。


「きっと……祖母様や、あなた自身の記憶。」


 


桜依は静かに手を伸ばし、ひらひらと舞い落ちる桜の花びらを掴もうとした。


けれど、その指先にふわりと触れる前に、花びらは風にさらわれていった。


 


「……私は、あやかしの世界で生きていく。」


 


その言葉は、誰に向けたわけでもなく――

けれど確かに、社中に静かに響いた。


 


その声は、社の外で静かに目を閉じていた蒼蓮にも届いていた。


 


蒼蓮はほんのわずかに口元を緩めた。


「――おかえり、桜依。」


 


その声も、桜依に届いていた。


 


 


――第十章、了。

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