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第九章:揺らぐ影、交錯する想いー後編ー

茉莉まつりの暴走は、森全体を飲み込むほどに膨れ上がっていた。


紅い光が夜桜の花びらを焼き尽くし、空までも染め上げる。


 


桜依さよは震える手を胸元で押さえたまま、茉莉の紅く光る瞳をただ見つめていた。


かつて自分が味わった孤独や痛み――それが今、目の前の茉莉にも宿っている。


 


(まつりも……苦しかったんだ。)


 


心のどこかで、そう理解しながらも足がすくむ。


どうすればいいのかわからない。


 


「さよ、下がって。」


静かな声が背後から響いた。


蒼蓮そうれんだった。


 


「……でも……!」


 


必死にその場にとどまろうとする桜依。


逃げたくない。


もう、あの頃の自分には戻りたくない。


今向き合わなければ、もう過去と決別できない気がした。


 


 


その頃――


桜巫さくらみこは、篠原 尚邦なおくにと対峙していた。


 


「これで……再び斎藤家が頂点に……」


禁術に手を出した尚邦は、扉を開こうとしていた。


だが――すでにその身体は崩れかけていた。


皮膚はひび割れ、指先が砂と化している。


それに気づかぬまま、尚邦は最後の言葉を呟き――


 


扉が開くより先に、その体は砂となり、風に消えていった。


 


「……愚かな。」


 


桜巫は開きかけた扉が閉じたことを確認し、静かに社の奥へと戻っていく。


茉莉の異変を感じながら――


 


 


再び、茉莉の前。


桜依は茉莉を見つめたまま、ただ立ち尽くしていた。


蒼蓮が手を伸ばしかけたその時――


 


芙蓉ふよう柚羽ゆずはが駆け込んできた。


 


「茉莉……!」


芙蓉は、茉莉を見つめた。


その目には、もう復讐の色はなく――ただ、母としての表情があった。


 


柚羽は桜依を抱き寄せ、静かに囁いた。


「もう大丈夫よ……私が、ここにいるから。」


その言葉に、桜依の瞳からひと筋の涙がこぼれる。


 


 


その時――


社の奥から、桜巫が姿を現した。


白い衣が夜風に揺れる。


 


「……また、こうなるとはな。」


 


桜巫は、ゆっくりと茉莉の方へ歩み寄る。


茉莉を救うためではなく――すべてを終わらせるために。


 


その気配に、芙蓉は慌てて長の足元に駆け寄った。


 


「……どうする。」


長の問いに、芙蓉は膝をつき、目を伏せた。


 


「……助けて……」


その声は、ただの願いだった。


かつての誇りも計略も、すべて捨てた声だった。


 


「お願い……茉莉を……!」


 


桜巫は冷たくも静かに言い放つ。


「すべてを諦めるなら――娘の命だけは助けてやる。」


 


芙蓉は震えながらも、やがて唇を噛みしめて答えた。


「……わかりました……」


 


 


長は桜依に視線を向ける。


「お前が助けろ。」


 


蒼蓮が桜依の手を取った。


「俺が支える。一緒に、止めよう。」


 


桜依は目を閉じ、震える指先を蒼蓮の手に重ねた。


「……できるかどうか、わからない。でも……」


 


目を開き、茉莉をまっすぐに見つめた。


「やってみる。」


 


その掌に、柔らかな桜色の光が宿る。


蒼蓮の掌にも、蒼色の紋が浮かぶ。


ふたりの力が重なり――


茉莉の暴走する才が、少しずつ静かに和らいでいった。


 


風も、木々のざわめきも、止まったかのような静寂。


茉莉は、ふっと力を失い、その場に膝をついた。


 


芙蓉は静かにその娘を抱きしめた。


「……さようなら。」


 


その言葉とともに、母娘は夜の闇に溶けるように姿を消していった。


 


 


夜明け前の、ほんの一瞬。


桜巫は静かに空を見上げた。


 


「くだらぬ……と思っていた。」


 


だがその声には、確かに――わずかばかりの柔らかさが宿っていた。


 


 


――第九章、了。

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