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第一章:静かに始まる朝

夜桜よざくらが静かに散る夢を見ていた。

白く、淡く、夜露よつゆに濡れて揺れるその光景は、幼い頃の記憶とどこか重なっている気がした。


 


――祖母が幼いあやかしを助けた場面。


 


その手は温かくて、やさしかった。

けれど目が覚めた瞬間、すべてはおぼろげになり、形を失ってしまう。


 


目を開けると、薄暗い部屋に冷たい朝の空気が満ちていた。

桜依さよは、そっと起き上がる。


 


(また……同じ夢)


 


胸の奥に一筋の涙が伝うのを感じながらも、それを拭うことなく桜依は身支度を整えた。


 


いつからこうなってしまったのだろう。

思い出すことさえ、忘れてしまった。


昔は、大好きなお母様がいて、優しい使用人のみんながいて、笑顔が絶えなかったはずなのに。


 


けれど――物思いにふけっている時間は、もうない。


今日もまた、まだ薄暗い中、誰よりも早く起き、物置部屋から一日が始まる。

物音を立てないように、誰にも気づかれないように。


そっと静かに。

今日もまた、昨日と同じ繰り返し。


いつまで続くのか、そんなことを考える余裕もなく、終わらせる気力もない。


 


昔、大好きだった絵本では、いつか素敵な方があらわれて――


そんなことも、もうおぼろげで。


 


けれど、そんな桜依を今日も見守るひとりの鬼がいた。

そうれん。


その名も知らない鬼は、今日もまたあそこに――


 


 


やしろの奥、忘れ去られた井戸のほとり。


そこには、水をたたえた古びた井戸がひとつ。


かつて人間たちも通っていたはずの神社跡。


今はひっそりと、誰の気配もない。


その井戸の水面にだけ、淡く揺れる桜色の影。


そうれんは、その水面越しに桜依の姿を静かに見つめていた。


 


今日こそは、あの屋敷から連れ出そうと思っていたのに。


何度も、そう思いながら――今日もまた、手を伸ばすことはできなかった。


 


(お前の母はこちらの世界で暮らしている……)


 


けれど、それを伝える勇気も覚悟もない。


知ってしまえば、人間界での生活はできなくなる。


あやかしの世界で守ってやれるだけの力が、自分にはない。


 


――静かに、夜が明けていく。


そんな始まりの朝だった。


 


 


――第一章、了。

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