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廃城

作者: 敷知遠江守

 城の落城やらお家の滅亡やらというのは、とかく人の死が伴うものです。

今でも岐阜城のとある井戸はあまりにも身投げした女性の霊が出るという事で封鎖されているそうですし、合戦場となった地では、時折兵の幽霊が出るなんて噂がございます。


 これが三方ヶ原の戦いみたいに名が付けられて、有名になった場所なら人も良く来る、なんなら慰霊碑が建ったり致しましょう。

 お城だって、何々城址なんて石碑が建ったりします。竹田城のようにちょっと美しい景色が見れれば、観光客がわんさと押し寄せたりなんて事もあるのでしょう。


 ですが世の中そんな場所ばかりではありません。戦があったにも関わらず、人が大勢死んだにも関わらず、名も知れず城址も無い、そんな城は全国に数多ございます。


 これはそんな人々の記憶から消え去った廃城のお話。



 ◇◇◇



 とある山の麓に小さな集落がありました。

 親戚だけで数件集まっていた、そんな小さな集落でした。

 寂れきってしまい娯楽というものが無い。そうなると、若い女性が真っ先に集落を捨て都会に逃げてしまう。

 昔と違い木を伐ってもまともな値段では売れません。自然と若い男性も職を求めて都会に行ってしまう。


 気が付けば年老いた家族が一組住むだけになっていました。

 八十を超える父、同じく八十を超える母、そして六十を迎える娘の三人暮らし。


 ある時、そんな集落に一組の外国人夫婦が住みつきました。

 外国人夫婦の狙いはその集落の後ろにある山。この山を所有している老夫婦を殺害し、山の所有権を奪ってしまえばその土地開発で大儲けという、そういう算段です。


 外国人夫婦はその老夫婦と知り合いになり、山を売ってくれと話を持ちかけたのでした。

 当然「買う」とは建前で、お金を払うつもりなんてさらさらありません。


 するとお爺さんは言いました。


「悪い事は言わない。あの山だけはやめておけ。何をやる気かは知らんが、あの山はな、お前さんたちが扱えるような代物じゃないよ」


 日本人だったら、その言い方できっと何か祟り的な事が伝わっているのだろうと感じ、余程欲の皮のつっぱった者以外は手を引いたでしょう。

 ですがそこはやはり外国人、日本のそんな文化なんて意に介しません。


 するとお爺さんはため息交じりに言ったのです。


「我々もな、死んだ後あの山の管理をどうしよう、相続税をどうしようと悩んでおったのだ。じゃあ、一つ賭けをしようじゃないか。もしある条件を果たす事ができたら、あの山を譲ってやろう」


 その条件というのが何とも奇妙なものでございました。

 頂上付近にかつてあの山が城だった時の平地がある。いわゆる本丸というやつです。そこには古い祠があり、少し離れたところに古井戸がある。その祠の前で一週間過ごせというものでした。

 毎晩の炊事の火は麓からでも見えるから、それでお前たちがちゃんと生きているという事がわかる。だから、毎晩火を焚くようにと。


 その条件を聞いた外国人夫婦は、恐らくあの山には熊のような猛獣が住み着いているのだろうと感じたようでした。


「そんな事であの山をいただけるのか。どんな生き物がいるのかは知らないが、そんなものは猟銃でも持っていって、ズトンだ」


 そう言って外国人夫婦は大笑い。

 ですが、老夫婦はそんな外国人夫婦の態度に不安を抱きました。


「朝、あの山は非常に霧が深くなる。もしもだ、その霧の中に人の気配がしたら、悪い事は言わない、諦めて下山しなされ。それと無暗に銃は撃たんようにな」


 お爺さんは親切心で言ったのですが、外国人夫婦はそれを霧に紛れて殺す気だと感じたようなのです。


「俺たちがいる間、絶対に山に近づかないでくれよ。近づいたら猛獣と勘違いして撃っちまうかもしれないからな」


 男性はお爺さんを睨みつけながら笑ったのでした。



 ◇◇◇



 外国人夫婦は猟銃を肩にかけ、テントを背負い、大量の食糧を持って山頂を目指して登山を始めました。

 季節は八月中旬。

 暑さも真っ盛り。蝉しぐれが四方から聞こえてきます。


 元々がお城ですから、門やら柵やらは無くとも、その遺構のようなものがしっかりと残っています。

 木々が乱雑に育ち、草木が生い茂ってはいるものの、登山道のように道が整理されているし、途中には広場のような場所もある。そのおかげで本丸まで迷う事もなく辿り着く事ができたのでした。


 ここまで獣の気配どころか、糞すら落ちていませんでした。

 ところが、本丸に来た夫妻は少し奇妙な感覚を覚えました。

 言われていたように、腰くらいの大きさの古い古い祠、それと同じくらい古い井戸がありました。

 ですが、地面に草がほとんど生えていないんです。

 まるで誰かが毎日草むしりをしているかのよう。

 あれだけ聞こえていた蝉の鳴き声もここには一切聞こえない。


「ふん。これなら一週間をここで過ごすくらいわけないな」


 男性は女性にそんな風に言ってテントを張りはじめたんです。


 山の上だから柴がたくさんあり、火種には困らない。

 大きな丸石もごろごろと落ちていて、竈作りにも困らない。

 そんなこんなで夕飯を食べ、ゴミをその辺にぽいぽい。


 ただ、ここまでで、夫婦には一つ気になっている事がありました。

 実はこの本丸に来てから、夫妻は何度も井戸に目をやっているんです。

 どうも井戸の方から誰かが見ているような気配を感じるのです。



 山の頂ですから、当然明かりなどというものはございません。

 夜ともなれば、一番明るいのは月明り、次が手元のランタン。

 その真っ暗闇の本丸に、薄っすらと(もや)がかかってきたのです。

 霞はどんどん濃くなっていき、やがて(きり)になってきました。


 気が付けば本丸の周囲の木々が確認できないほどの濃霧に。

 妙な気味の悪さを感じ、二人はテントへ。ランタンをテントの上に吊ったんです。


 すると外から奇妙な音が。


 ぴちょん、ぴちょん……


 気になってランタンを手にテントから出て周囲を見渡しますと、音の原因はすぐに判明しました。

 井戸の滑車から雫が井戸の底に滴っていたんです。

 よく見ると、この霧も井戸の奥から煙のように湧き出ている事がわかったんです。


 原因はわかったものの、まさか今から井戸を塞ぐわけにもいかず、そのままにしておくしかありませんでした。

 二人はその夜、その音が気になってなかなか寝付けませんでした。



 朝目が覚めると、昨晩発生した霧で、視界が完全に閉ざされてたんです。

 それこそ、伸ばした手の指先が確認できないほどに。


 テントから外に出ようとした二人は、すぐにある異変に気が付きました。 

 閉めていたはずのテントの入口が開いていたんです。

 さらに、昨晩その辺にぽいと捨てたゴミが丁寧にまとめられてテントの入口に置かれている。


 ぴちょん、ぴちょん……


 相変わらずの井戸の底に雫が落ちる音がしています。


 すぅ……


 女性はびくっと体を震わせました。


「ね、ねえ、今、そこ誰かいたよね?」


 青ざめた顔で女性は男性に言いました。

 ですが、男性がそれを鼻で笑います。


「いたからなんだっていうんだ。俺たちが捨てたゴミを拾って来ただけの奴じゃねえか。そんな事するのは日本人以外いねえだろ。姿を現わしたら撃ち殺して井戸に捨てるか山に埋めちまえば良いさ」


 猟銃の銃口をテントの入口に向けてじっと人が現れるのを待ちましたが、何か気配はするものの、姿を現すという事はありませんでした。

 そうこうしているうちに徐々に霧は晴れていきました。

 それと共に雫が井戸に落ちる音は消えました。



 昼間、カードゲームなんかを夫婦でやって時間を潰し、相変わらず食べた空の容器はその辺にぽい。


 こうして二日目の夜がやってきました。

 やはり昨晩同様に、井戸の底からゆらりゆらりと煙のように霧が沸き出てくる。


 夕食を取り、二人は早々にテントに入りました。

 するとまたしてもあの音が。


 ぴちょん、ぴちょん……


 ですが、さすがに二日目ともなれば、慣れというものがでてきます。

 二人は構わずカードゲームをして騒いでおりました。

 すると……


 カラカラ、カラカラ……


 昨晩は聞こえなかった、固い木が打ち合うような音が聞こえてきたんです。

 ですが、その音も二人は無視。

 ただ、やはりいざ寝ようとなると音が気になってなかなか寝付けない。

 しかも、どうも誰かに見られている気がしてならない。



 こうして三日目を迎えました。

 その日は朝から雨。

 テントの中で過ごしていると、昼前には雨が上がりました。


 ところが、雨が上がると周囲が急激に冷え込んできたのです。


 その夜の事でした。

 体が冷えてしまったのでしょう。濃霧の中、女性が便所に行くと言ってテントの外に出て行きました。


 ところがいつまでたっても帰ってこない。

 テントを開けて外を見ると、もの凄い濃霧で何も見えない。


 ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん……


 カラカラ、カラカラ、カラカラ、カラカラ……


 雫の音がいつもより間隔が短い気がする。

 固い木片が当たる音がいつもより多く聞こえる。


 この状態で探しに行ったら自分も何者かにやられてしまうかもしれない。ここは朝を待って霧が晴れるのを待つのが得策と、テントの入口を閉めようとしました。

 ところが入口が左右に引っ張られてチャックが閉まらない。

 男性はやむを得ず、入口をそのままにして寝袋に入りました。


 ところが、どうにも誰かに見られている気配がする。

しかも昨日までのように一人じゃない。かなり大人数の視線を感じる。


 横に置いてあった猟銃を手に、男性はむくりと起きました。


 ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん……


 カラカラ、カラカラ、カラカラ、カラカラ、カラカラ、カラカラ……


 先ほど聞こえていた木片の音がさらに増え、四方八方から聞こえてくる。


 すぅ……


 誰かがテントの入口を横切ったような気がしました。


「誰だ! そこにいるのは!」


 ダン!


 男性は恐怖で入口に向かって弾を一発発射。


 すると井戸の方から突然、大勢の男性の叫び声がやってきたんです。


 うわあ! うおう!


 何を言っているかはよくわからない。ですが薄らとテントに映る人影で、大勢の人に取り囲まれている事だけはわかる。


 ダン! ダン!


 男性は狂乱状態でテントの外の人影に向かって銃を次々に発砲。

 テントに血しぶきが滴る。

 外の声がそれに触発されるかのように激しくなる。

 その中で少しだけ聞き取れた言葉、それは「敵襲」という叫び声。



 ◇◇◇



 まだ一週間経っていないのに夕方の焚火が見えない。

 それに気付いたお爺さんは、近くの村の駐在に連絡し、事情を説明しました。


 翌朝、お爺さんは駐在さんと村の人たちと共に山へ様子を見に行きました。


 本丸に辿り着いた村の人たちは、その気味の悪い光景に言葉が出ませんでした。

 なんと、首だけになった外国人夫妻が、残された食料と共に祠の前に祀られていたのです。しかも、その顔は恐怖に歪んでいる。


「まるで時代劇で見る首実検か獄門首みたいだな」


 村人の一人が言いました。


 井戸から離れた所にボロボロのテントが綺麗に畳んで置かれおり、ゴミも袋に綺麗に収められている。まるでさっき夫妻がここに来たかのよう。


 ぴちょん、ぴちょん……


 井戸の桶からは赤い雫が井戸に向かって滴っていました。


「爺さん、どうやらこの()はまだ敵からの襲撃に備え続けとるようだな」


 井戸を見て駐在さんは言いました。

 二つの生首を見て、爺さんは吐息を漏らしました。


「だから言ったんだよ。ここはお前さんたちが扱えるような代物じゃないってな」



 ◇◇◇



 このような、かつては山城として利用され、廃城になったという山は日本各地にございます。

 その中には、このようにまだ「生きている」ところもあるかもしれません。

 万が一、霧の中に人影が見えたら、悪い事は言いません、霧が晴れた時点で下山をお薦めいたします。

 間違っても、この外国人夫妻のように、銃を撃って霊を刺激したりする事の無きように……

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

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