表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナイトライツ ─怪獣災害入電中─  作者: 北園れら
第三章 非行少女と非公開獣
29/34

第二十六話 奪われたもの

 光芒怪獣ライツへの決死の変身と、解いた灯里が次に目を覚まして、最初に視界に入ったのは病院の無機質な天井だった。


「……あれ」


 天井から降りるカーテンは隣にも人がいることを示していた。それなりに大きな病院に搬送されたのだろうか。窓からは淡い陽の光が差し込んで眩しい。


「いっ……!?」


 かざそうとした右手に刺すような痛みが走る。よく見ると服装も患者衣のものに変わっていた。袖を捲ると、手首から肘まで包帯が巻き付けられていた。ジンクス──怪獣少女スタアに掴まれた部分だ。感電による激しい火傷痕として残っていた。


「そっか……負けたんだ、私」


 有坂周人──アペト星人への潜入捜査はバイス星人という伏兵、そしてジンクスの乱入によって最悪の結果を迎えた。同じ力を持った怪獣少女との戦いに敗れ、もう一人──シェルーナに変身した秋山悠月もまた、バイス星人によって瀕死の状態まで追い込まれた。体力を振り絞ってライツの変身に成功した灯里は即座にレンブラント光線を発砲したが、バイス星人をわずかに怯ませる程度の威力しか出ることはなかった。


(……亜夜先輩)


 アペト星人は志条亜夜から一年分の記憶を奪ったと言っていた。梶川や周防化学の社員と同様に記憶を奪われた被害者の中に自分の相棒も入ってしまった。

 灯里は彼らの暴虐を食い止めることもできず、自分の相棒を守ることすら叶わなかった。


「……」

「──せやからなとおるくん」


 四床病室の隣のカーテンから聞き覚えのある柔らかい関西弁がして、灯里は顔を上げた。


「うちも最初は不公平やと思てん。シートベルトちゃんと着けとったうちが顔の骨いんでるのに亨くんが無傷なのはおかしいやん」

「おかしいってなんだ。俺はただいつでも外に出て戦えるようにしてただけだで」

「いつでもって……亨くんはシートベルト着けて外すのに何時間もかかるん? あーシートベルト外してたらなんや明日の朝なってもうたなってんなわけあるかアホ」

「わかった、わかったって。ごめん未来みく


 疑念はカーテンの向こうを覗いて確信に変わった。同じ六号専従班にして蜂名機防の先輩である沙村未来は隣のベッドに座っていた。


「……未来先輩?」

「おぉ、灯里ちゃん! おはよ」

「おはようございます……? それよりどうしたんですか、それ」


 未来は目の周りに白いガーゼが貼り付けられ、首を固定するための装具が巻き付けられていた。


「あんなー、これな……なんやったっけ」

「顔面骨折と頸椎捻挫。いわゆるむち打ちってやつだよ。あと肋骨もヒビが入ってるって」

「そう、それ! 乗ってた特機車がジンクスにひっくり返されてん」

「ええ!? 大丈夫だったんですか」

「それが聞いてや灯里ちゃん、うちも班長も血だらけになってんのに亨くんときたら」


 未来と灯里は病院然とした患者衣だったが、亨は厚手のパーカーに細身のパンツとラフな様子で、顔にあざは残っているが比較的軽症に見える。


「見てやこの五体満足ぶり! なんで車横転してんのに無傷やねん」

「おい、俺だって無傷ってわけじゃ……」

「あーあー、見舞いに来る前にちゃんとシャワー浴びてくるような人とはもう話したくないです。うちもはよ身体洗いたいのに嫌味かコラぁ」

「……まあ、元気そうで結構だ。それより久神、もう身体は動かせるか」

「はい、なんとか」

「よかった。昼飯食ったら集合だってよ」


 そう言われてベッドの隣の卓上に備えられた小さなデジタル時計を見ると、十一時を少しすぎたところだった。


「集合?」

「ああ、秋山から連絡がきた」

「悠月さん……」


 秋山悠月は無事だったのか。灯里が胸を撫で下ろす。


「捜査会議だ。特別入院室って所に来いってさ」


◇◇◇◇


「え、じゃあ私たち今世田谷にいるんですか」


 灯里たちが搬送されたのは世田谷区に設置された防衛隊中央病院だ。暖色の照明がついた廊下を灯里、未来、亨の三人が歩いていた。

 中央病院、と名前が付くように設備は新しく規模も大きい。院内を一周するだけで良い運動になりそうだ。


「せやでー。多摩川沿いを辿ってここまで来た感じやな」


 防衛隊病院は減災庁の拡大とともに怪獣災害の死傷者の受け入れに対応できるよう全国に設置されつつあった。対応に当たる医師や看護師、事務員も含めて殆どを減災庁職員で賄っている。


「利用者も職員もみんな防衛隊か減災庁の職員。同業者ってわけだ」

「灯里ちゃんも機防入ったなら毎年ここで健康診断受けんとなー」

「は、はい……それで特別入院室っていうのは」


 先頭を歩く鷹野亨がふと立ち止まった。


「よう、お前らも来てたか」

「あ、瀬崎さん……!?」


 六号専従班ナンバーシックス班長の瀬崎勝也は声も態度も普段と変わらない様子だが、腕のギプスや顔面に巻かれた包帯はどうみても重症患者のそれだ。


「久神、怪我の具合は? ジンクスにやられたって聞いたぞ」


 瀬崎は自分の怪我を物ともしない様子で灯里に尋ねた。ジンクス──怪獣少女スタアの襲撃で、灯里はスタアに腕を掴まれ電撃を浴びせられていた。患者衣の袖を捲ると右腕に手のひらの形の火傷痕が残っている。

 感電による皮膚の熱傷と神経伝達の阻害に変身による身体への負担も伴った一時的な意識不明状態。大きな怪我や臓器の損傷に繋がらなかったのは不幸中の幸いだ。


「なんとか……それより瀬崎さんの方が」

「俺か? 俺はまあ、平気だろ」

「いやいや」

「班長、骨折してたのに気づかないでジンクス追いかけたって話マジやったんですね。あの時一番ピンピンしてたやないですか……うわぁ」

「おい引いてんじゃねえよ沙村」

「瀬崎さん、『動ける奴は集合』って秋山が言ってたはずですけど」


 亨がそう問いかけると瀬崎は平気そうな顔で「動けてるだろ?」と返した。


「足も折れてねえ。ヒビ入ってたらしいけどよ、こんなの骨折のうちに入らねえよ」

「アホやん、めちゃめちゃ骨折ですって! ほら重症患者は寝ときやって」

「うるせえな……話聞いたら帰るよ。家に」

「家と違うわ病室や!」


 専従班の半分以上が揃ったところで、指定された特別入院室の前に辿り着く。


「秋山、来たぞ」


 瀬崎がドアを開けて中の患者に声を掛ける。

 特別入院室はまるで高級ホテルのような作りで、ふかふかのベッドにリクライニング付きのソファ、液晶テレビや観葉植物まで完備されている。


「VIPって感じやなぁ……アメニティあるやん持ち帰ったろかな」


 未来がぼやくのを流してリビングを通り抜け、灯里は匂いを頼りに秋山悠月を探した。


「悠月……さん?」


 鍵のかかっていない洗面所のドアを開けると、鏡の前に悠月は立っていた。外星法務執行局で会った時と同じスーツ姿だが、外見には以前と明確に異なる点が一つだけある。


「ふふ、邪気眼……」

「悠月さん」

「だあああああっ!?」


 シェルーナの力を使えば気配くらい察知できそうなものだが、悠月は背後の灯里に驚いて飛び跳ねる。そこはかとなくデジャヴ。


「灯里さん……あーびっくりした」

「ご、ごめんなさい……?」


 振り向いた悠月を見て灯里は驚きを隠さなかった。戦いの傷跡は灯里のもの以上に明確だった。

 眼球及び視神経の損傷による左目の失明。瞼の上から貼り付けられた眼帯はそれを端的に灯里に伝える役割を担っていた。


「悠月、さん」

「……これですか? 気にしないでください。私が好きでやったことですから」

「でも」

「皆さんはもうお揃いですか?」


 悠月は片目の目尻を上げてわかりやすい笑顔を見せて灯里に尋ねた。これ以上触れようとすることは灯里にはできなかった。


「亜夜先輩がまだ……」

「悪い、遅くなった」


 その名前を出すや否や、灯里たちの前に彼女は姿を見せた。


「大した怪我してねえんだけど、検査がやたら長くてさ。待った?」

「あ、亜夜先輩……」

「いえ、問題ありません」


 戸惑う灯里を見て悠月が代わりに返事した。


「ならよかった」

「椅子は人数分用意しましたから、皆さんも適当に座ってください」


 灯里は言われるがままに端の椅子に向かった。テーブルを挟んで向かい側に未来、鷹野、瀬崎と並ぶ。


「……」

「なあ、灯里。隣座っていい?」

「へっ!?」


 亜夜に顔を覗き込まれて灯里は一瞬ぎょっとする。


「あ……ど、どうぞお構いなく」

「ん、ありがと」


 亜夜の言葉遣いも顔つきもどこか柔らかくなって見えた。奪われた記憶が一年分なら、亜夜は灯里と初めて出会った後、機動防衛隊に入ってすぐの頃に戻ってしまったようなものだった。


「……あの」

「ん?」

「身体はもう大丈夫なんですか」

「ああ、特には。……久しぶりってわけじゃないんだよな。灯里にとっては」

「そう、ですね。再開したのはほんの数日前のことですけど」

「そっか。一年経った今は灯里がバディなのか」

「……はい。亜夜先輩は私の相棒です」

「亜夜先輩、か」

「……?」

「いや、なんでもない。灯里にそう呼ばれるの、あんま慣れねえなって」

「え……あ、そうですよね。すみません、志条さんって呼んだ方がいいですか」

「ああ、気にすんなって。灯里の好きなように呼べばいいよ」

「そうですか……じゃか、亜夜先輩で」

「……お、おう」


 亜夜がどこか決まりの悪そうな表情をしつつも頷いた。


「何をそわそわモジモジしてんねんこいつら」

「未来、抑えろ」


 捜査会議とは思えない甘酸っぱい空気に若干キレそうになった未来は鷹野に宥められた。

 

「始めますよー、いいですか」

「? なあ秋山。ちょっと待てよ」


 全員座ったのを確認して悠月がモニターを起動しようとするのを止めたのは亜夜だった。


「どうかしました?」

理央りおは? あいつ来てねえけど」

「え?」


 その名前が出た時、専従班のメンバーの匂いがわずかに、しかし明確に変化したのを灯里だけは知覚した。驚き、そして緊張が空気に伝染して伝わってくる。

 それでも灯里は聞かざるを得なかった。


「……亜夜先輩」

「何?」

「理央って誰ですか?」

「……え?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ