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そして私は日常に戻った。
当然、就活も続けている。
あの日、面接した企業からまたもや『不採用通知』がきたし、劇的に何かが変わった訳ではないけれど。
必要以上に悲壮感に満ちた、追い詰められたような気分は薄れている。
私が今まで企業に採用されにくかった原因のひとつが、『軸が自分にない』からではないかと、『喫茶・のしてんてん』でクリームソーダを飲んだあの瞬間、不意に、それこそ天啓が下るように気付いた。
相手から見て自分という人間はどう映るか?
どんなふうに自分を『演出』するか?
相手側にとってどう『都合のいい人間』として振る舞うか?
思えば、そういう視点からばかり考えて就活してきたような気がする。
『選んでもらう』んだからそうでなきゃならないと、無意識に思い込んでいたというのが正解だろう。
それが悪い訳じゃない。
客観的な視点で自分を見、相手の求める姿を推定して行動するのは、大袈裟に言うなら社会生活を営む上で必須のスキルだろう。
だけど、それも程度問題だよね。
ひたすら『ほらほら、私って都合よさげでしょ、使い勝手よさげでしょ』的なアピールをするだけの学生に、この先も付き合っていきたいという気分は起こらないし、ひとりの人間として将来性も感じない。
人材として悪くはなくても、積極的に採用したい気にはならない。
私が採用担当者だとしても、そう思うのではないか?
あの瞬間、目が覚めたように私は思った。
過去のあの日。
私は、ファミレスの大きな窓ガラスに映った、チェリーをくわえて馬鹿みたいにニコニコしている『大きな女の子』に愕然とした。
自分の気持ちだけじゃなく周りの目を意識し始めたのは、きっと私が『成長』したから。
だけどその時点に囚われたままでは、本当の意味で大人になれない。
周りを意識する視点を持ちつつ、自分の『好き』――つまりは自分の意思――を主張する。
主張する限りは軋轢も生まれるし批判も浴びるだろうけど、他人の目や評判ばかり気にしてオドオドしているより、最低限の譲らないナニかを持つ人の方が、きっとずっと魅力的だ。
少なくとも、人としてすっきりしている。
あのクリームソーダは美味しかった。
別に特別上等な味がする訳でも、凝ったビジュアルだった訳でもない。
素っ気ないくらい王道のビジュアルの、いっそジャンクな味のクリームソーダ。
でも美味しかった。
何かが足りなくて渇いていた部分を、あのクリームソーダはさり気なく満たしてくれた。
すぐにはわからなかったけれど、後からじわじわ、そう思うようになった。
卒論の仕上げに時間を取られるようになってきた秋以降。
当然、就活のペースは落ちる。
それでも私は、地球が終わるような悲愴の中で焦ることはなかった。
エントリーシートを見直した。
待遇や会社の規模ばかり気にしていた過去のやり方を少し改め、職種を絞って就活するようにもなった。
だからと言って即、いい結果には結びつかなかったけれど。
なんとなく、なんとなくだけど、面接の手ごたえが変わってきた……ように感じる。
そして秋が深まる頃。
私は、ひとつの会社から内定をもらった。
卒論の仕上げをしながら私は、ふと、机の隅にある小さなフォトスタンドへ目をやる。
そこにあるのは写真ではなく、あの日、『喫茶・のしてんてん』のマスターからもらった記念品だ。
白いコースターに、鉛筆と色鉛筆だけでサラッと描かれたイラスト。
サラッと描かれているけれど何故か目を引く、絶妙の引力がある絵だ。
頭は白で、下へ向かうにつれだんだん濃くなってゆく緑色の胴の、可愛らしい小鳥が羽を広げている絵。
隅に書かれた『W』だけのサイン。
多分、マスターが描いたのだろう。
まだ若いその小鳥の、巣立ちの瞬間を描写したような印象を受ける。
キリッとした緑色の瞳で遠くを見ているその小鳥は、細いくちばしに、ハッとするほど鮮やかな赤い実をくわえていた。
なんとなく、赤いチェリーを飾ったクリームソーダを思わせる。
(クリームソーダから始まって、クリームソーダへ帰ってきた……)
私の漂流はひとつの区切りを迎えたらしい。
赤い実をくわえたクリームソーダカラーの小鳥の旅は、この先、第二章へと進むんだ……。
そんな、ちょっとセンチメンタルな空想をしている自分が、急に恥ずかしくなる。
赤面しながら私は、卒論へと意識を戻した。
《おわり》