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「……」
味も、気が抜けるほど『クリームソーダ』だった、良くも悪くも。
(……うーん。甘いシロップを炭酸で割ったみたいな、メロンを自称してるけどメロンだか何だかわかんない、昔ながらのジャンクなソーダ水の味……にしか思えん。私の舌が馬鹿なだけ?)
店主のおじさんがさんざん、希少なソーダの実の果汁とかなんとか言ってたから、どんなに美味しい、もしくはどんなに特別な味なんだろうって期待していたので。
本音を言えばがっかりした。
別に不味くはない。
ないが、この程度の味だったのなら、気難しい果実を気を遣いながら育てる必要を感じない。
(あー……わかった。だから『希少種』なんだ)
心の中で嗤う。
なるほど『希少種』にもなるだろう。
大昔ならともかく、世の中に炭酸水が出回るようになれば、この実を育てて果汁を取るメリットなんかない。
それこそコストパフォーマンスが悪すぎる。
(不味くないんだから、全部いただきますけどね)
心の中でつぶやき、私は、残っている『クリームソーダ』を一気に吸い込んだ。
「ホントにクリームソーダが好きなんだねえ」
そんな声が聞こえたような気がして、私はハッとする。
母親のような、父親のような、あるいは祖父母のような……親しい、自分よりずっと年上の、身内の誰かの声。
そこに嘲りや悪意は感じない。
よく飽きないなという若干あきれた気分は混じっているけど、ほほ笑ましそうなというか、どこか嬉しげで愛おしそうな声、だ。
「うん! 大好き!」
その言葉に素直にうなずき、私は笑っていたけれど。
ある日のある時、私は、店の大きな窓ガラスに映る自分の姿に気付き、愕然とした。
当時、私はもうすぐ中学生だった。
そんな大きい子が嬉しそうにクリームソーダを飲んでいる姿には、違和感しかなかった。
大人に近いくらい背の伸びた、胸もふくらみ始めた女の子が、幼稚園児じゃあるまいし赤いチェリーをいそいそとくわえ、もごもご口を動かしているなんて滑稽だ、と。
大人になった今なら、中高生の少女が楽しそうにクリームソーダを飲んでいても、別に変だともおかしいとも思わないが。
当時の私はそう思ってしまった。
ものすごく。強烈に。
(そうだ、そうだった……)
以来、私はクリームソーダを封印した。
自分の大好きよりも、自分の年齢に相応しいものを、模索するようになった。
たとえば。
メロンソーダ単品なら、チェリーを食べずにさりげなく残すのならオトナに近い女の子でもギリOK。
アイスクリームも、単品で食べるのならOK。
オレンジジュースやグレープフルーツジュースはOK。
コーラやサイダーは、暑い季節ならOK。
コーヒーや紅茶はアイスでもホットでも当然OK……。
自分なりに(勝手に)基準を作り、その中から選ぶようにし始め……今までずっと無意識のうちに、そうしてきていた。
好きだから、気に入っているからなんていい加減な基準じゃなく、そうあるべきものから決める、癖……。
(あ!)
不意に目の前が広がった、ような。
今、私が行き詰っている大元って、ここの部分じゃないかという……。
ガン・ゴロゴロ~ン
ドアベルの音が不意に響き、カウンター奥から
「いらっしゃーい」
という店主の声がした。
「どーも、マスター。ソーダの実、入荷したんですよね?」
中年女性の声。
ドアから転がるように入ってきたのは、ところどころに赤いメッシュの入った濃い茶色の髪を、ボブカットにした小柄な女性だった。
五分丈の袖のオーバーサイズの白いTシャツに、薄青のデニムパンツをラフに合わせている。
「入荷と聞いてさっそく参りましたよ。後でモモさんが、仕事が終わったらジンさんも顔を出す予定だそうです」
彼女の後ろから、チノパンの上に渋い紺地のかりゆしらしいシャツをさらっと着こなし、白い髪をきれいになでつけた、やたらと声のいいダンディなおじさんが現れた。
「この時期の楽しみですなァ。今年はまず、何色からいただきましょう?」
ダンディおじさんはそう言うとニコニコしながら、カウンターの上に置かれた籠の中を覗き込んだ。
「王道はやっぱり緑色でしょうけど。今年は……まず赤から試そうかな? あー、でも青も紫も捨てがたいしぃ」
ボブカットの彼女も、ウキウキした口調でそんなことを言っている。
私よりもずっと年上・ずっと大人である彼らが、子供のような無邪気な顔で、真剣にソーダの実を選んでいる。
なんだかほっこりする情景だった。
ソーダを飲み終わり、アイスクリームもチェリーも残さず食べ、私は席を立つ。
結局、ダンディおじさんは青、ボブカットおばさんは赤を選び、カウンターのスツールに座って楽しそうにアイスクリームをつついてはソーダを飲んでいる。
「ああ」
私に気付いた店主――常連さんたちがしきりとマスターと呼んでいたから、多分ここでは、『マスター』が彼の正式?な呼び名なのだろう――が、カウンターの奥から出てきた。
「今回はお代は結構です。最初に言いました通り、ソーダの実を拾って下さったお礼ですから」
「え、でも……」
さすがに逡巡する私へ、スツールの上からボブカットおばさんが
「いいからいいから。このお店、半分はマスターの趣味で営業してるようなものだし。マスターがいいって言うなら、おごってもらって大丈夫」
「然り然り」
ダンディおじさんもうなずく。
「なに、普段は我々がせっせとお金を落としてますから、初来店のお客様のサービス分くらい、浮いておりますぞ」
「やーね、いつもコーヒー一杯で長々と粘るバロンさんが言うこと? お金を落としてるのは、主にモモさんとジンさんじゃない?」
「おやおや。ご自分もお金を落としてない自覚がおありのようですな、レイちゃん」
「その分私は、必要に応じて労働奉仕を行っております」
仲良くなれあったやり取りをする二人に苦笑しながら、マスターが近付いてきた。
「ホントに今回は結構です。初見の方にはサービスするのがウチの慣例みたいなものですし」
言いながら彼は、少し厚みのある7~8㎝角の白い紙を差し出した。
クリームソーダの下にもあった、紙製のコースターのように見えるが……。
「初来店のお客様へ渡している記念品です。よろしければ、またお出で下さい」