プロローグ
それは背の高い赤髪の男だった。
シアン・サルベリアが木陰から見守る先で、その男はここじゃない、ここでもないなど、何やらぶつぶつ言いながら歩き回っていた。その後ろを心配そうに歩く依頼人の女性。
辺りはオレンジや黄色の花畑が広がり、空は子どもが想像するように青かった。
天国ってこんな感じなのだろうか、シアンは思った。
かれこれ三十分は経っただろうかという時、男がピタリと止まった。男が急に立ち止まったため、女性は男の背にぶつかった。
「ここだ」
男は空と地面を交互に見比べながら言った。
「え?」と、女性は頭を擦った。
「ここですよ、ここ! 旦那さんの大切にしていたものを貸してください」
「え、ええ」
女性は鞄から一冊の本を取り出し、男に渡した。
男はそれを受け取ると、胸の前に掲げ、また何かをぶつぶつ言い始めた。だが、今度のは先ほどと違い、まるで何かに祈りを捧げているようだった。
時間にしてはたった三分ほど。しかし、その時間はまるで永遠のようにも長く感じられた。
男が再び顔を上げると、男の全身からは汗が噴き出していた。
「ハロー、ヘヴン」
男が天に向かってそう言うと、男たちの前に光が降り注いだ。
そして、光の中に半透明の男が現れた。
「どうだ? これがヘヴン・オペレーターだ」
赤髪の男がシアンに近づいてきて言った。男の後ろでは、女性が光の中の男と楽し気に話をしているのが見える。
「どうって?」とシアンが言った。
「だから、この仕事だよ!」と、赤髪の男は手を広げながら言う。
シアンは小さく笑う。
「悪くないね」
「だろ? で、どうだ俺の会社で働くのは?」
シアンは少し考えて、
「……いいけど、給料は貰うから」と言った。
男は笑いながら、「多くは払えねえけどな」と言った。
これが、シアンと赤髪の男――オリバー・ガーネットとの出会いだった。
そして、シアンがヘヴン・オペレーターとして生きていくことを決めた瞬間であった。