淑女のたしなみ
「また婚約者があの女と夜会に! 悔しい!」
「あなたという婚約者がいるのに不誠実なこと。婚約を見直せないの?」
「私たちの結婚には事業提携が絡んでいるのよ。だから我慢しろって。おじい様もお父様も酷いわ」
「それなら彼にも女遊びを我慢させるのが筋でしょうに」
「いっそあなたも別の方と夜会に出ては?」
「それでは同じ穴の貉になってしまいますわよ」
「それどころか、男性の浮気は男の甲斐性で許されて、女性の浮気は不義と責め立てられるのよね」
「あるあるですわ」
「見て見ぬふりをするしかないのかしら?」
「無理よ! だって夜会だけでなく学園のどこででも盛っていらっしゃるのよ」
「まあ酷い。でも確かにそこかしこで見かけますわね」
「目につかないところで密会する知能もないのかしら」
「馬鹿にするにもほどがあるわ! 私だって他の男性がいいわよ! 誰かいい人いないかしら?」
「落ち着いて。それはまずいわ」
「では、彼らであそびませんこと?」
「そうですわ。彼らは今でも道化みたいなものですもの、おもちゃだと思えばいいのです」
「そうそう。でも遊ぶってどうやって?」
「観察するのはどうかしら? 観劇のように。だって刺激的ですわよ、リアルゴシップですもの」
「もしかして学園で一線を越えていたりして?!」
「ええ? そんなはしたない」
「でもありうるかも。お盛んですし」
「学園内なら観劇し放題ですわね」
「夜会でも隙だらけですわよ。私この間、二人っきりで庭園に向かうところを見ました」
「未婚の男女が二人っきりで?」
「あらまあ。友人知人の伝手をたどれば、学園の外でも情報共有は簡単そうですわね」
「記録しておけば、相手の不実の証拠として婚姻後に使えるかもしれませんわ」
「婚姻後に? 婚姻前ではなくて?」
「今の有様でも婚約解消できないのに、婚姻を避けることは難しいでしょう。ならば、不貞を理由に婚姻後の主導権を握るべきですわ」
「いいわね。協力するわ。皆様も」
「おまかせくださいな」
「では、殿方をしつける淑女の会発足でよろしいかしら?」
「あくまで純潔淑女のたしなみ、浮気女子は入れてはいけませんわよ」
「さきほど例の方とあの方が、馬車止めで口づけをしていらっしゃいましたわ。同じ馬車から降りてきたので、馬車の中でも盛り上がっていたのではないかしら?」
「まあああ」
「ええ、そんな人目のあるところで? それに同じ馬車なんて」
「遅刻したから人目がないと思ったのでは? 私は事情で2限目から登校したので彼らの直前に降りたのです」
「お恥ずかしくはないのかしら?」
「恥の概念があれば浮気はしませんわよ」
「私知ってますわ。人目があると興奮する異常性癖、露出狂というのですわ」
「まあなんですのそれ」
「母の秘蔵の官能小説にありましたの」
「まあああ」
「それ貸してくださらない?」
「私も」
「持ち出すのは難しいですわ。お話の筋はお教えできますけど」
「是非是非」
「でも皆さま、今は小説ではなくリアル官能小説が展開されるかもしれませんわよ? 馬車を降りても口づけするほど盛っていらっしゃるってことでしょう。どこかの空き教室で……」
「きゃああああ」
「誰か行き先を見ていないかしら?」
「保健室なら寝台がありますわよ」
「皆様! 例の方があの方と保健室で!」
「ご覧になったの?」
「眩暈がして保健室で休んでいたんですの。そうしましたら……」
「あらいやだわ。本当に交尾なさるなんて。これはすぐに会の皆様におしらせせねば」
「本当に本当ですの?」
「信じられないわ」
「不潔です」
「気持ち悪い」
「あら、猫の交尾と思えば観察日記ですわ」
「私はむしろ拝見したかったわ。だって、紙の教育だけで結婚させられますのよ。こちらには純潔を強要しておいて殿方は経験済み。参考にしたいですわ」
「それはまあ」
「そういうことでしたら、他にも交尾好きなお方がいらっしゃいますわ。会の皆様で情報共有すれば、現場を観劇することも可能ではないかしら?」
「女性側を見張るのもよろしいのでは?」
「私、現場はちょっと」
「希望者だけが観劇すればよろしいのです。ぞろぞろ大挙していくとばれますでしょう?」
「どうかしら? 夢中になりすぎて全然気が付かないかも。私が保健室から出ていくのも気が付いてなかったし」
「なんにせよ交尾の観劇は慎重にいたしましょう」
「いやだわ。あの方本当に複数の殿方と交尾していらっしゃるのね」
「こういうの、三股っていうのかしら? すごいですわね」
「同時に交尾するのは三股ではなく輪姦というのではないかしら? あら、同意があると言わないのかしら?」
「あちらの方は小さいですわ」
「彼は変な色ですわね。病気かしら?」
「ご病気なら、交尾中の方に移っているのでは?」
「きゃあ、私となりの席ですのよ」
「気を付けたほうがいいわね。婚約者の方にも伝えておきましょう」
「ずっと観劇していて気が付いたんですけど。彼女、誰が相手でも基本的に同じことをいってらっしゃいますのね。
すごいわ、大丈夫、あなただけよ、私にはわかる、みんなあなたのことをわかってない、あなたはもっと認められるべき人よ」
「言われてみれば」
「殿方って単純ですわ」
「使えますわ。これは結婚前も結婚後も使える手でありませんこと。複数の殿方がこれで騙されるんですのよ」
「! やってみる価値はありますわね」
「殿方って単純ね あんな簡単に転がせるなんて」
「今までの苦労はなんだったのかしら」
「このままあの方と結婚するの?」
「まあしてもいいかしら。扱いやすいし。今はほかの方の話が聞きたいわ」
「観劇も実践も一年もたつとさすがにマンネリよ」
「かわり映えしないものね」
「しょせん最終的にやることは交尾ですものね」
「あらはしたない。でもそのとおりね、最後は皆様ケダモノ化」
「一緒にされては業腹ですわ。私たちは実践しても婚前交渉なんてしませんもの」
「それはそうね」
「でもつまらないわ。刺激が足りないの」
「些細な賭けをしたら楽しいかも」
「賭けってどんな」
「そういうのはよくないような」
「お金ではなく何か小さなものならよろしいのでは? 品行方正にしろ、賭け事はだめ、純潔を守れといいつつ殿方は好き放題ですのよ。女性だけは駄目なんておかしくありません?」
「そうね楽しまないと」
「本物のカジノやギャンブルではないのですし」
「私の婚約者がとうとう浮気しましたのよ!」
「やだ、賭けてたのだれ?」
「私。大穴当てましたわ。将来離縁した時の生活費にします」
「不吉ね」
「それは言ってはだめでしょう」
「むしろ学園で握った青春のあやまちこそが財産になるのでは?」
「あらこわい」
「うふふふふ」
「おほほほほ」
「今日も楽しそうだね。何を話していたんだい」
「殿方には内緒ですわ。淑女のたしなみですもの」
「それは野暮だったかな」
「ええ、ごめんあそばせ」
晩年、彼女の回顧録が飛ぶように売れた。
起!承!転!結!完!