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藍の輝きもう一度  作者: シャボン玉
2章 裏方
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2章3話 学生ボランティア 後編

 学生ボランティアの活動が終わったのは予定通り18時ぴったりであった。

 藍川さんは不動高校に電話してくれて、俺たち二人の活動は無事終了し、現地解散となった。ただ、藍川さんが夕食に誘われて、俺も一緒にごちそうになることになった。誘ってくれたのは、藍川さんが担当していた被災者向け食事作りをしていた女性。

 誘導されるがまま、広い体育館内でボランティア団体の方たちと夕食を共にすることになった。

 結局、ボランティア団体からは6名が今日の活動に参加。内1名は午後に到着した一般参加者。

 簡易机に大きなシルバーのナベや特大サイズの炊飯器などが置かれている。さながら、小学校で給食を受け取る要領で、俺たちは並んだ。食器は持参がルールだそうだが、特別二人分貸してもらい、セルフで盛り付ける。

 体育館には余分な机や椅子はなく、皆は体育館床に直で座った。特に座る位置など決まってなかったが、自然と輪になる形で食べた。

 今日、俺は午前中に被災者たちと花壇づくり、午後に被災者向けに足湯を用意し、足揉みの仕事をした。そのとき、午前午後の活動でともに行動してくれたのが、受付をしていた男性であった。作業着の胸部分にガムテープが貼ってあって、マジックで『マツ』とだけ書いてある。本名は知らないが、『マツ』と読んでくださいと、気さくに話しかけられた。

 ガムテ製名札は全員がしていて、俺たちも『やがみ』、『ナツキ』と自作して胸に貼って1日を過ごした。被災者もこの名札を見れば、名前が分かるし、何か用事があったら声をかけやすい。そういえば、野球部も練習着にマジックで名前書いて先輩達に憶えてもらっていたことを思い出し、なるほどなと思った。

 マツさんはボランティア団体の人で、震災前からボランティアをやっていると教えてくれた。マツさんは小柄の30代ぐらいであるが、物腰が柔らかく、優しく接してくれる。ボランティアど素人の俺に花壇作りの準備や自家製足湯装置の使い方を丁寧に教えてくれた。

 団体の人はマツさん以外だと食膳担当の女性一名だけ。他は団体に応募をした一般参加者であった。

 支援物資で作った夕食はやや物足りなさを感じたものの、美味しくないとは思わなかった。俺たちだけでなく、参加初日の人がいることもあり、食べながらお互いの自己紹介をした。一般参加者の人たちは皆、家庭を持っていたり、普段は東京で働いている人など共通するものがあまりない。

 藍川さんを誘った女性も一般参加者で俺の母親とそんなに変わらない年齢ぐらい。普段は大宮に住んでいて、小学生の子どもがいると紹介した。


 夕食が終わり、食器の片付けをして皆が自由時間となった。時間は20時前で辺りはもう暗い。俺と藍川さんは体育館入口とは違う外出口、そこにある6段しかない階段の一番上に並んで座った。

 今日一日、俺と藍川さんは完全別行動。昼休憩も各々で過ごし、姿を見かけることすらなかった。それもあってお互いの活動を話そうという、藍川さんの提案だった。

「藍川さんは一日、食膳担当の仕事?」

「うん。午前中はお昼の準備。午後は3時から夕食の準備をやってた」

 表情も声音も柔らかい。

「人数多いでしょ。大変じゃなかった?」

「仕込みがすごく大変だったよ。夕食で食べた肉じゃが作ったんだけど、じゃがいも、ニンジン、タマネギの量が多くて。ひたすらピーラーで皮むきして、タマネギ切ってた」

「へぇ~、料理できるんだ」

「あ~、なんか馬鹿にされた気がする!このぐらいできるよ」

「はは。じゃあ、肉じゃがは全部、藍川さんが作ったんだ?」

「・・・・味付けはマユさんが」

「ああ」

「いっておくけど、肉じゃがは作れるよ。ただ、薄目の味付けしないといけないから、難しいの」

「いや、別に疑ってないって。・・そっか、薄味か」

 物足りなく感じたのはそのせいか。

「あと、ニンジンやじゃがいもは柔らか目だったでしょ」

「たしかに。ホクホクしてて、味シミでうまかった」

「仕込みで水にさらしておくと、煮崩れしないで、ホクホクになるんだよ」

「そうなんだ」

「料理は予定通りに終わって、それから家庭科室まで運んで、みなさんに配膳したんだ」

 どこを見るのではなく遠くの一点を見ている。

 俺たちのいる外出口は、入口から舞台に向かって左側、避難所となっている校舎とは逆側にあった。こちら側は学校と外に田んぼをわける低い敷居があるだけで、その先は田んぼと畦道、ポツポツと民家が並ぶぐらいで視界が開けている。

 のんびりした風景が視界の先まで続き、開放的な気分にさせる。上を見上げても、いつの間にか疎らになった雲空の隙間から星が見え隠れして学校を照らしている。

「被災者の人たちと・・話せた?」

「うん。少しだけ。でもどんな話していいか分からなくて、『食べたいものありますか』って聞いたぐらい」

 被災者のためと誰もが思って活動するが、被災者と話すとなるとハードルが高い。彼女が掛けた言葉は短いが優しさのようなものが込められている気がした。

「おばあちゃんがね『東北の果物食べたい』って話してくれて、それで、『今はいちごや山形のさくらんぼ、美味しいですよね』って言ったら、『あんだ、詳しいねぇ』って言ってくれたんだ」

「おお。すごいじゃん」

「たまたまなんだ。実はわたしの家、果物屋なの。だから少し詳しくて。全然小さな青果店なんだけどね」

「へぇ~。藍川さん家、自営業だったんだ」

「あっ、やっぱり知らなかったんだ。同じ中学の人とか知ってるけど、一応内緒ね」

「ああ、了解。果物屋かぁ・・りんごも売ってる?」

「うん。売ってるけど、矢上君が期待するりんごは売ってないかな」

「そっかぁ。成橋りんご園なら結構近いのに」

 乾いた笑いに包まれる。彼女は両手を膝に回し、体育座りをしながら話してくれた。緊張が解けた彼女は雰囲気が明るく、それに同調するようにゆっくりとした時間が流れている。


「矢上君は花壇作りだったよね」

「そうそう。被災者の人たちが『花壇を作りたい』って、何日か前にリクエストがあったみたい。それで急遽、花壇作りをすることになったんだ。職員室前のちょっとしたスペースで、20メートルぐらいあるんだけど、草がボーボー。まず草を刈って、それからマツさんが買ってきた花の種を植える仕事」

「大変そうだけど、体力使うのは矢上君、得意分野だね」

 そういうと、両膝に頭を乗せ、こちら向きになって俺の話を待っている。じっと見られ、話的にも照れた俺はぼんやりと前方に広がる田舎の風景に目を移した。

「被災者の方は8人ぐらいかな。60代ぐらいで元気な年配の人ばかり。こっちはマツさんと俺の二人で、草刈りの鎌とスコップとポリ袋持って向かったんだ」

 うん

「まずは皆で草刈りなんだけど・・・・俺は草刈りしなかったんだ」

 『えっ』と彼女の声が聞こえたが、そのまま続けた。

「準備中にずっと考えていたんだ。なんで『花壇作りたい』って言ったんだろうって」

 うん

「なんで、ボランティアに『花壇作って欲しい』って言わなかったんだろうって・・・」

 ・・うん

「震災から二ヵ月以上経ってるでしょ。その間、ずっとボランティアのお世話になっている」

 うん

「・・・だから、思ったんだ。してもらうだけじゃなくて、自分たちで何かしたいんじゃないかなって」

 うん

「なんていうか・・・。被災者の人たちは俺たちが想像もできないぐらい辛いとは思う。・・・・ショックから立ち直れなくても・・不思議じゃない」

 ・・・・

「それでも・・・辛くても立ち上がって・・前に進もうとしてて・・自分たちの手で・・花壇を作りたいって言っているのなら」

 ・・うん

「小さくても、その一歩を手助けするべきなんじゃないかなって。・・・・勝手な思い込みかもしれないけどさ」

 ・・・・

「それで裏方に徹して、ポリ袋持って刈った草とどかした石の回収してた。ずっと」

 うん

「みんな、楽しそうに汗かきながら、草刈りして、石どかして、小さいスコップで穴掘って、種を植えて・・」

 うん

「30分ぐらいですぐ終わったんだ」

 うん

「それで、花壇を前に皆が缶ジュースで満足そうに一息ついてたんだ。そのとき、被災者の一人から俺も1本もらったんだ」

 ・・うん

「支援物資なんだと思うんだけど、野菜ジュース。しかも濃いやつ。『おにいちゃんも飲むかい?』って」

 ・・・・

「『いただきます!』って受け取って飲んだんだけど、めっちゃ、苦くてさ、はは」

 ・・・・

「そしたら『どうだ、まずいだろぉ!』ガハハって笑ってさ、『まずいっすね』って言って一緒に笑ってた」

 ・・・・

「それで解散。何かお礼言われたわけじゃないんだけどさ。・・俺は笑ってるのを見られて、それだけで嬉しかった」

 ・・・・

「結局、あまり役に立てなかったかなぁ。何か力になりたいって思ってたけど・・・伝わってたら・・」

 洟をすする音が聞こえた。

「藍川さん?」

 俺の方を見ていたかと思っていたが、彼女に目を遣ると、体育座りのまま両膝に顔をうずめていた。

「・・・・」

 また、洟をすすったかと思ったら、次の瞬間、勢いよく顔を上げ、俺を見つめた。


 夜空に照らされた綺麗な大きな瞳にドキッとした。


「伝わってる‼」


 見開いた濃藍の瞳から涙が零れていた。彼女の泣いている顔を見たのは初めてだった。


「気持ち!伝わってるに決まってる‼」


「でなきゃ・・・一緒に・・・ジュースなんて・・」


 そう言うと俺の左腕に寄りかかり、また泣き出した。今度は俺の腕に顔をうずめている。

 俺はなんて声をかければ良いのか分からず、そのまま空を見上げた。雲間にキラキラと輝く星々は彼女の涙と重なり、綺麗だった。


 しばらくして、『ごめんねっ』と腕から離れた彼女は、恥ずかしいからと顔を背けていた。

 涙の理由はなんだろう。被災者が笑顔だったからか?

 別に良いことしたつもりで話したわけじゃなかった。被災者の方達は思っていた以上に元気で強い人で、俺は考えすぎで空回ってたかも知れない。それに、マツさんやミナさんのほうがよっぽど良い人だろ。

 いくら考えても分からないかと諦めた。


 その後、今度こそ帰ろうとしたら藍川さんがミナさんに呼び止められて、俺たちは少し体育館に残った。

 四日間通いでボランティア参加していたミナさんが最終日だったそうで、最後の挨拶を聴いた。

 家族や子供のことがなければ東北まで行きたかったと冒頭で話した上で、被災者の支援ができて本当に良かった、素敵な方たちと一緒に活動できて良かったと話した。この体験を子供たちに伝えていきたいと最後は裏返った声で話してくれた。

 ボランティアに参加して、俺は気付いたことがあった。ここは感情をストレートに出して良い特別で不思議な場所。ミナさんの挨拶は本心の言葉だった。そしてそれを皆、静かに受け止めていた。

 俺も藍川さんに照れくさいこと言っちゃったしな。普段は絶対言わねぇのにと後悔した。

 ミナさんの挨拶の後、俺たちも簡単にお礼と別れの挨拶をした。そして、本当に最後ってことで、皆が輪になって座り、演奏を聴いた。

 今日、到着のボランティア参加者であるタクさん、アラサーぐらいで細身の長身男性。大きな荷物から三味線のような楽器を取り出す。彼は演奏前に、これは沖縄の三線という楽器だと教えてくれた。タクさんは自己紹介で沖縄から自転車で旅をしていると言っていた。ここに来る前に二週間ほど宮城で災害ボランティアに参加していたという。

「三線、知ってる。沖縄行ってみたいなぁ」

 小声で俺だけに呟く。

「公式戦もやってるしね」

「うん」

 タクさんオリジナルのがんばろう節を聴いて俺たちとミナさんはこの特別な空間を後にした。

 外に出るとあたりは真っ暗になっていた。

 俺たちが自転車置き場に到着したとき、ふいにジャージの袖をつかまれた。

 振り向くと、藍川さんは俯いたまま右手でぐっと俺の袖をしっかり掴んでいる。

「・・藍川さん」

「お願いがあるの・・・・野球、一緒に観に行きたい」

「・・埼玉ドーム?」

「うん」

「・・二人で?」

「うん」

「・・いいよ」

 空一面に広がった星々は真っ暗だった俺たちに輝きを灯していた。

毎週土曜日12時に更新しています

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