2章1話 チームワーク
俺のクラスに小菅というやつがいる。
身長は160ちょい、体形は細くも太くもない。黒髪の短髪で顔は普通か、坊主頭の俺が言えた義理ではないが。成績は授業の様子から想像するに、俺より良さそうだが、たぶん真ん中くらいか。部活は入ってなく、クラスでは固定の数人と話してるぐらいの印象しかない。
クラスの皆は『目立たないやつ』とか『地味なやつ』と思ってたかもしれない。
こう特徴がないのが特徴みたいなやつって、なんか話しにくいんだよな。俺が気遣って話すのが苦手ってのは、今に限ったことではない。
たまに片岡が絡んだりしてるが、それは片岡くらいのもの。実際、俺は何かないと小菅と話すことはなかった。
そう、話すことはなかったのだが、この小菅が体育で同じチームになることになったのだった。
十二月になり、埼玉県北はいよいよ寒さ本番。この時期、さすがに雪が降ることは滅多にないが、冷たく不規則に吹き荒れる風は、気温以上に寒さを感じる。グラウンド近くのイチョウ並木も枝だけになり、丸裸となったその景観は、視覚的にも寒々しい。
体育の授業は外でバトミントンという謎なクラスもあったが、ほとんどは体育館で行っていた。俺たちも例外ではなく、先々週から毎回バスケの試合となっている。
チームはメンバー固定で、休みが出ない限り同じメンバーで闘うことになっている。メンバーは、小池(将棋部)、小林(卓球部)、木村(バレー部)、小菅(帰宅部)と俺の5名。
今日までの成績は一勝五敗と単独最下位。首位は四組でバスケ部の宮本がいるAチーム。唯一の6戦全勝と、チート感がすごい。
チーム編成は全て先生が決め、俺たちはそれに従って試合をする。クラスを跨いだチーム編成はなく、うちの三組の中で編成された。そもそもうちが弱いってのは球技大会ではっきりしていた。四組と比べるとうちらのチームは明らかに弱い。こうも負け続けると、そもそもチーム分けがおかしくねぇか?と悔しさより疑いが先に来る。まぁ、体育の授業と割り切ればいいが、負けるってのはやっぱ悔しいわな。
俺たちのEチームは、運動部三人だが、卓球部の小林はちょい小太りで動きは遅め。木村はバレー部で身長は170前半ぐらいと俺に次いで高く、動きも悪くはない。俺はスタミナ、スピードは自信あるが、シュートが苦手。というか野球以外の球技は苦手だ。
残る小池は160前半の将棋部で、やや理屈っぽく頭で考えるタイプ。運動は苦手ってわけではないが、空回ってるプレーが目立つ。
最後は小菅で帰宅部。運動苦手のイメージはないものの、得意のイメージもない。一学期からの体育を思い出すが、小菅の記憶があまりない。
準備運動を終え、試合前の自由な練習時間となった。各自が思い思い過ごしている中、片岡に声をかけられた。
「おう、矢上。お前たち、次どこ?」
「宮本のところ」
コート脇でこいつと話すことにした。もしかしたら、何か情報を持ってるかもと期待した。
「ヤバいとこじゃん。うちはこの間、14点差で負けたわ~」
「やっぱ、宮本一人にやられるのか?」
シュート練習をぼんやりと眺めながら聞いた。
「まぁな。ただ役割分担ができていて、他のやつらも侮れないぜ」
「チームワークも良いってわけか」
なおさら、勝ち目なしか。そういや、チーム発表はメンバーだけだったよな。キャプテン含め、役割・ポジションなんて決められていない。だけど、宮本たちはまとまっていて、俺たちはバラバラか。
俺のチームは相変わらず個人が思い思いにシュート練習をしている。片岡が絡んでこなかったら、俺も苦手のシュート練習に集中していただろうな。
「がんばれよ」と無責任に言い残し片岡はチームに戻っていった。俺はシュート練習もせず、その場で佇み、コートを眺め続けていた。
甲高いホイッスルの音が練習の終了を告げる。同時に、第一試合の俺たちEチームと宮本率いるAチームの試合開始の準備に入る。
最後のあがきではないが、俺は今までやってこなかったことを試すことにした。なんの確信もないし、どう思われるか分からん。顔には出さないが不安はある。
「なぁ、マーク決めようぜ。誰が相手の何番をマークするかって」
頭から被った赤のゼッケンに腕を通しながら俺はみんなに言った。
「OK。じゃあ、俺は6番行くわ。あいつ結構でかいし」
木村はすぐに返事をしてくれた。一人乗ってくれると助かる。
「んじゃ、俺は2番」
小林の言う相手の2番はメガネに小柄で運動はあまり得意ではない。目の付け所は正しいか。
「・・・・小池は5番、頼めるか?」
ピタッと反応が切れたので、たまらず俺は声をかけた。
「マーク?まぁ、いいけど。それで、矢上。マーク決めて勝てるのか?」
アタリ強めで痛いところを小池に突かれ、
「お前が宮本をマークすんだろ。止めれんのかよ」
さらにダメを押された。
「・・俺が宮本マークする。だけど、止められるかは分からん」
まかせろとは当然言えない。そう答えるのが精一杯だった。
「まぁ、いいや」と呟き離れていった。
「マンツーマン、OKだよ。僕は残った7番でいいんでしょ?」
最後に残った小菅はすんなり了承。
チームワークのその手前、中途半端な状況で試合開始となった。
宮本はバスケ部のレギュラー、短髪に鋭い目で好戦的。身長は俺とほぼ同じ180ってところか。バスケ部でのポジションは知らないが、ドリブル、シュートは俺らとはレベチでつけ入る隙がない。
身長で俺は善戦できるが、ジャンプ力は俺より上か?となると、闘う前から勝負はついているかもしれない。何一つ勝てる要素がないバケモノ。っていうか、体育で本気になるなよ、とこいつの戦闘民族な性格を恨めしく思う。
試合開始のジャンプボール。宮本と俺が対峙する。
「矢上、手は抜かないからな」
さっそくの挑発に、「ああ」と興味なさげに演じて返した。
ホイッスルが体育館に響き、先生がボールを真上に投げる。
ボールはあっさりと宮本たちのコートに渡り、前途多難なスタートとなった。
「ナイッシューー」
Aチームのやつらが宮本のシュートに声を上げた。開始してまだ三分、宮本に二本決められ、早くも4対0となっている。
さっき、自陣ボールで木村と俺が敵陣に攻め込んだものの、宮本たちがゴール付近をガチガチに固めていた。苦し紛れに木村がシュートを打ったがリングに嫌われ、こぼれ球をあっさり宮本に拾われた。
まだ、一回だけでなんとも言えないが、こちらに打たせてリバウンドで奪う作戦なのかもしれない。
そして、これから4点差となっての攻撃。ここで点取らないと片岡たちの二の舞だ。諦めムードになったらずるずると突き放されるだけ。なんとかしたいところだが・・。
小池がドリブルで持っていくが、すでにゴール付近を宮本を含む三人で固めている。
やっぱり、さっきと同じパターンか。プレスが二人だけなのでボール回しは楽だが、ゴール下に踏み込まないとどうにもならない。
小池にプレスが入り、小林にパスが出る。パスを受けた小林は積極的に切り込んでいくことはせず、迷った感じで俺にボールを出す。
どこに出す?木村か?・・くれっというジェスチャーは無い。さっきのシュートミスを気にしているのか。
じゃあ、小池か?積極性はある。果敢にドリブルして、シュートを自分で打つ。これまでの試合で何点も取っていた。空回ることが多いが、それでもシュートは俺よりうまい。ただ、今日はゴール下を固められてて、厳しいか。
プレスが俺のところにも来た。
一番の可能性は・・・・。奪われそうになる直前に、俺はボールを横に出す。
えっと驚いた表情で小菅はボールを受け取った。今までの試合、小菅はゴール下に自分から行こうとしなかった。守りの最後尾で決まってセンターサークル付近にいる。だから敵の速攻を止めに行っているぐらいの記憶しかない。それも結局、俺たちの戻りが遅くて点をとられてしまっていた。
だから誰もパスを出さなかった。ゴールから一番遠いんだから、当然か。
「シュートだ、小菅!」
俺はそう叫びながら、宮本たちのいるゴール下にダッシュした。
片岡と雑談していて気付いたことがあった。小菅はシュートがうまかった。練習中では他のやつを気にかけてか、シュートは打たず、もっぱらドリブル練習。だが、練習の終了間際、ほんの1~2本打ったシュートは綺麗にリング内に収まっていた。なにより・・。
ゴール下に向かった俺は、宮本たちのエリアに差し掛かり、振り返る。小菅はどうしてる?その答えが目に入ってくる。小菅はシュート態勢に入っていた。
両ひざ使って下半身をゆっくりと落とす。ほんの僅か前に出された右足はまっすぐこちらのリングを捉えている。お腹付近で掴んでいたボールを、頭付近のリリースポイントに持っていき、やや遅れて両膝が伸びる。下半身の伸びが推進力となり、全身で小さくジャンプしながらボールを前方に放った。
なにより、誰よりも綺麗なフォームでシュートを打つ。
俺はボールの軌道を見ながら、リングを背にする。リバウンドは取る!意気込んで背中で押し込むが、すぐに宮本に阻まれる。
肩口から押され、ゴール下から追い出されそうになるが、なんとか右足を出し、踏ん張った。
くそ、やっぱうめぇ。俺の粘りも虚しくゴール下の一番拾いやすい位置を死守されたまま。少しでも崩さないと百パー拾えない。
高く上がったボールは降下しながら、一直線でリングに向かっていく。
スローモーションとも思える一瞬の間。体育館の二階にある外窓から射し込んだ陽光。ボールだけが照らされていた。
宮本が、俺が、いやコート内の全員が、その軌道に注目した。
はいっちまぇ‼っと心の中で叫んだ。
ーーーパサッ
俺の・・その叫びは現実となり、同時に宮本への悪足掻きは水泡に帰した。ボールはリングのネットに直接吸い込まれていった。ネットに一瞬くるまり、やや間があってから、ゆっくりとボールが落下した。
「入ったぁーーーー‼」
ド派手にガッツポーズして小菅は大きな雄たけびを上げた。
すぐにチームメイトが小菅に駆け寄る。
「小菅‼今のスリーポイントだろ。すげぇ‼」「おおい‼まぐれなのか、あれ‼」「めっちゃ、バスケ部っぽかった」
皆が小菅の腕あたりを遠慮なくバンバンと叩く。
「いたた。スリーポイント得意なんだ。任せてよ!」と言い、親指を突き上げた。
まったくどいつもこいつも。普段は大人しいくせによ。鏡を見たわけではないが、口元が緩んでいるのが自分でも分かる。
目立つのが嫌ってわけではないんだな、小菅。
「くそっ、まぐれじゃねぇ!あいつ、元バスケ部かなんかか?」
悔しがる宮本を見るのは初めてだった。
「4対3か。簡単には負けないぜ」
俺はお返しとばかりに宮本を挑発して、小菅の元に駆け寄った。
「矢上君・・さっきのパス」
小菅は俺に気付くと俺と並走するように自陣にゆっくり走りながら言った。
「どんどん出すからな。頼むぜ!」
俺はその言葉を無視し、注文を出して守りに向かった。
「オッケー!」
二分間のインターバルを置いて、後半戦も終盤となっていた。
前半は小菅のシュートが面白いように入り、点数を取った。ツーポイントとスリーポイントを織り交ぜて10得点、一度外しただけで、うちの得点全てを叩きだした。
肝心の守りは、小菅のアイデアで俺と木村の二人で宮本をマークすることにした。ダブルチームというらしいが、小菅が教えてくれた。その甲斐あってか、何回かボールを奪うことに成功。
宮本の個人技にやられることはあったが、動きを二人がかりで封じて、宮本から他のやつにパスを出させる。そのままシュートを打たせて、外れたところをリバウンド。それがうまくいっていた。
前半終わって10対12と2点差負け。逆転ムードだが、後半は宮本たちがすぐに対応し、作戦を変えてきた。最初の俺たちと同じ一対一のマークで、肝となる宮本は小菅についた。
宮本の露骨な対策に小菅が封じられたが、その分、木村にボールを集めて4得点。本来の形で俺たちらしい試合ができている。
徹底マークされた小菅も、巧みなフェイントで宮本の隙をつき、ボールを受け取ってスリーポイントを一度決めた。
点差は17対18と僅差で負けている。
木村の必死の守りとリバウンドで俺たちボールとなり、俺は残り時間を確認した。最後のワンプレーか。
宮本たちは自陣に引き下がり、宮本はさっそく小菅のマークについた。2点で十分逆転できる点差。小菅がフリーでツーポイントを打てれば、ほぼ入るだろう。だが、さっき小菅が見せたマーク外しで宮本のチャージがきつくなった気がする。
俺はボールを持ち、敵陣にゆっくり進みながらパス先を探す。チラッと小菅を見ると、小さく首を振った。厳しいか?確実なのは小菅なんだ。
俺にもマークが来る。そのタイミングで、小菅が体育館シューズをキュッと鳴らし、マークを外しに行く。フェイントを入れるが宮本はピッタリとマークする。
宮本と小菅に注目が行く最中、俺は周囲を確認して敵味方を確認した。
そして、すぐに「小池!!」と俺は今日一番の声を出し、パスを出した。
ワンバウンドしてパシッとボールが渡る。受け取ったボールを小池はドリブルで持っていき、小池が得意とするレイアップシュートを決めた。
「おっしゃーーー‼」
小池が叫ぶと同時に、試合終了のホイッスルがピーーーと鳴り響いた。
たまたま俺がチェックしたタイミングで、小池だけが右手で合図を出していた。俺に出せっと。
「うぉぉーー、宮本たちに勝ったぜーーー!」「小池、ナイス‼」「小池君、ナイッシュー‼」
まるで優勝でもしたかのようなテンションで、小菅も含め皆が小池の腕あたりを叩いていた。
「いてぇって。お前ら」
遅れて俺も祝福の輪に駆け寄った。
「ナイス、小池‼」
「お前もな、ナイスパス‼」
授業が終わり、体育館から渡り廊下を通ってゾロゾロと教室に向かった。
珍しく小池が俺の横に駆け寄ってきて、声をかけてきた。
「矢上。小菅がバスケあんなうめぇの知ってたのか?」
「今日知った。練習中にずっと見ててな」
「そっか・・。ビビったよな。スリーポイント全部決めてんだぜ」
「ああ。だけど、すげぇのがみんなにばれちまったな」
「次はだいぶマークされるな」
「だな」
しばらく宮本たちとは当たらないのは良いのだが、小菅は目立ちすぎた。
「なぁ、矢上。次はどんな作戦で行くんだ」
「ん、さぁな」
「おいおい、今日みたいに作戦頼むぜ。なぁ、キャプテン」
小池は俺の背中を軽く叩いて、小走りで先を行った。俺はその背中が見えなくなるまで視線を追っていた。
試合前はチームになっていなかったんだよな。特に小池は俺がマークする話に反発気味だった。
俺はあいつ・・・高木のような天才ではない。・・・俺は主人公ではないし、それが悔しいとも思わない。別に冷めてるわけじゃないが、そういうもんだと思っている。野球に全てを賭けても大谷は当然として、大宮学院の鈴矢のようなスラッガーにもなれないだろう。
だからかな、俺一人じゃ甲子園なんて無理なのは良く分かっているし、俺らしいやり方ってものを理解しているつもりだ。
キャプテン・・か。小池にさっき言われた言葉。そして生き生きとしていた小菅。格上相手の大金星。俺らしいやり方での結果だった。
教室に入ると、既に体育から戻っていた藍川さんに声を掛けられた。水色をベースに白のラインが入ったフレームのメガネをしている。
「ねぇ、矢上君。何か良いことあった?」
「えっ、なんで?」
「なんでって・・」とくすっと笑う。
「すっーーーーごい、笑顔っ!だよっ」
大袈裟に作った満面の笑みを俺に向けた。
まるで、俺がそんな顔をしているかのように、わざとらしく。
その後、クラスでは小菅の話で持ち切りだった。小菅は元バスケ部でもなんでもなかったが、大のスポーツ観戦オタクであることが分かった。知識量がすげぇってことで運動部のやつら中心に小菅と話すやつが増えていった。
スポーツネタで楽しそうに笑う小菅の姿は、真面目なやつが多い教室の雰囲気を明るくしていた。
♪♪♪
「ねぇ、矢上君。小菅君って野球も詳しいんだよね」
「ああ、メジャーが好きだって」
俺はこの間、大谷を抑えるにはどう攻めるかで白熱したトークをしたのを思い出した。あいつの考えた大谷封じは目から鱗だった。
俺の言葉を受けて、藍川さんは小菅の席に近寄る。
「小菅君。野球詳しいって聞いたよ~」
「えっ‼あ、藍川さん⁉」
「プロ野球詳しい?」
「う、うん。た、多少は・・」
突然の藍川さん登場に、小菅は顔だけでなく耳まで赤くしている。さて、藍川さんの野球知識に対抗できるのか?大いに見ものだわ。
俺はうっすらと笑みを浮かべ、この二人の状況を愉しんだ。
休み時間をフルに使って話し込んだ藍川さんが自席に戻ってきた。
「どうだった?」
「メジャー詳しかったよ。北海道エンゼルスの剛介選手のこと色々聞けて面白かった」
「ああ、ドラフトの」
「うん。学生時代の話とか、イチローさんに影響受けた話とか。知らなかったよ」
「へぇ~、さすがだな。プロ野球の方は?」
「ん~~、セ・リーグは詳しいかなぁ」
あはは、と返答に困ったような苦笑いをしている。
「そっか」
パ・リーグはそこまでじゃなかったってことか。まぁ、健闘した方だと思うぞ、小菅。俺だって知識で藍川さんには敵わねぇからな。むしろ、絶対的存在の藍川さんが不動のものとしてて、嬉しくもある。
渦中の小菅は、変わらず耳を赤くして机に突っ伏している。その姿は新鮮だった。