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藍の輝きもう一度  作者: シャボン玉
第三章  甲子園と告白

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3章5話 甲子園

 三月に東北を襲った東日本大震災。その影響で春の選抜高校野球は中止となった。そのため、夏のこの大会は例年以上の注目を集めていた。とりわけ、震災復興のシンボルとして東北勢の活躍が期待された。優勝旗を持ち帰り、被災者の希望となることを日本中が暗に期待していた。

 そんな中、埼玉県代表として甲子園初出場を決めた不動高校は最も当たりたくない東北勢と一回戦に当たることになったのである。

「藍川さ~ん、仙台創英ってうちより強いよね」

 俺と藍川さんは県予選に引き続き、甲子園球場まで応援に来ていた。すっかり藍川さんは解説者が板についている。

 高木の珍事件があったが、矢上の活躍で県予選決勝は勝利。甲子園なんて無縁なうちをここまで連れてきた矢上はマジですげえと思う。観ているこっちが何度諦めかけたことか。ムリだろうと思われた壁を次々に突破するだけでなく、藍川さんと付き合うことにもなり、凄みが増してきた。

 ただ、それにしてもだ。付き合うのは今更だよな。藍川さんが矢上のこと好きなのは誰が見ても分かるし、矢上も気付いてんだろ。すぐに付き合わなかったのはやっぱり野球があるからだろ。二人とも野球に妥協しねぇもんな。分かりやすすぎ。だが、そう考えると良いタイミングといえば、そうなのかもな。

 とりあえず、甲子園終わったらゆっくりデートしてくれって俺は思った。

「常連校で優勝候補だからね。それと、他の東北勢の応援すごかったから今日はうち完全ビジターだね」

「ビジター?アウェイみたいなもん?」

「うん、そうだね」

 試合開始が近づき、両チームの選手がグラウンドに元気よく飛び出し、ホームベースを挟んで整列した。

 帽子を取って深々と挨拶し、不動高校ナインが守備位置に散って行く。

 矢上はショートに向かいながら、柿沼や内野陣にリラックスした表情で声をかけていた。

「あいつ、この前の決勝から笑ってること多いよな」

「うん。野球、楽しんでるんだよ」

 あいつに惚れたお隣さんは、さっそくよき理解者風のコメントをしてグラウンドに熱い視線を送っていた。


 試合は予想外の展開となっていた。両チームともピッチャーのできは悪くないらしいが、打線が当たっていた。広い球場に快音が響き、両アルプスの応援は忙しそうにしていた。

 うちは矢上を除くとあまり打つチームではない。日々の練習量で培った守備で守るチーム。とお隣は解説していた。

 仙台創英は二回に先制の2点をとると、それを皮切りに両チームが点を取り合う。六回が終わって4対5と一点リードされてるが接戦。

 そして、七回裏に矢上が左中間に2点タイムリーツーベースを放ち、6対5の逆転となった。

 前評判では圧倒的に仙台創英が有利。うちは全出場校の中で、ほぼ最下位と酷評されていた。

「うち、だいぶ強くね。試合前は10-0だろうとかってツイートばっかで、ざまぁって感じ」

「あはは、ツイートわたしも見た。今日は・・そうだなぁ。うちはみんな表情明るくて、のびのびプレーしているよね。挑戦者って感じ。むしろ、仙台創英の方がプレッシャー感じてるかも」

 試合観戦は決まってコンタクトをする藍川さんは制服に紺のバケットハットを被り、首には濡れタオル。シンプルな恰好ではあるが、球児に声援を送る究極美少女としてカメラに撮られそうなくらい絵になっている。

「エラーもあったけど攻めたエラーだったし、それ以上にファインプレー多いよね。特にまこっちゃんとセカンド蓮見君との連携は泣きそうになっちゃう」

「お、おう、そうだな」

 なんか私情が入っているな。俺は冷ややかな目で解説を疑った。

「い、言っておくけど、ひいきはしてないからね。ほんとにすごいんだから!」

「はいはい、そうですか。でも藍川さん、顔赤すぎな」

「ゔぅ~~。なんか片岡君、わたしの扱いがさちちゃんと似てきたんだけど」

 冗談を言って、お隣の緊張をほぐした。ただ、徳陽や大宮学院戦に比べれば、今日は必要ないかもしれないな。

 8回表の仙台創英の攻撃が始まろうとしていた。

「このまま、いけっかな?」

「流れが行ったり来たりする試合展開なの。もう一波乱ありそう」

「ってことは、ここが勝負どころか」

 うんと頷き、今日何度目か数えてないが拝むポーズで声援を送った。


 解説者の予想通り、ラストバッターから始まる8回表に反撃が始まった。ツーアウトを取ったが、二者連続ヒットで一塁二塁のピンチ。そして、ひと際大きい歓声の中、四番バッターが右打席に立った。

 今日一番の声援がバッターに向けられ、球場は仙台創英一色になった。

 名前を連呼するコールがどんどん大きくなっていく。

 身長は矢上より低いが、腕や足腰が太く、がっしりしている。スケールは劣るが大宮学院の鈴矢を彷彿とさせる。

 そして、この完全アウェイの逆風。お前はいつもこんな苦しいことばかりだよな。

 チームが強くなっても、またさらに上が現れる。

 上を見たらきりの無い世界。お前は挫折せず、よく野球だけに全てを捧げてきたもんだ。

 中途半端で馬鹿な俺にとってお前はもしもの存在。

 もし、俺が何もかも捨てて、何かに捧げられたら。

 東大に合格できるかも。藍川さんのような彼女ができるかも。高木みたいに何かで全国トップレベルになれるかも。

 そんな、夢を観させてくれる架空のような存在。

 それでも俺は自分の可能性を信じられず挑戦もせずに諦める。

 ただ、俺は後悔してねぇ、それが普通だと思っている。あいつが特別なだけ。

 だから、俺はあいつのファンになったんだろうな。

 大歓声のコールに押され、不動高校はタイムを取った。そして、矢上を中心に全員笑顔で大きな声を出し、定位置に戻っていった。

「お願い、まこっちゃん。不動高校を助けて!」

 彼女の助けを請う祈りは届いたのだった。

 だが、矢上の高校野球人生はここで幕を閉じることになった。


 ツーアウト、ランナー一塁二塁。

 俺は定位置からは数歩深めの位置に立った。

 仙台創英の4番バッターは典型的なプルヒッター。二塁牽制は蓮見が入る。

 ゴロを捕ったらセカンド送球でフォースプレイ。弱い打球ならファースト。

 外野は前進守備でバックホーム体制。二遊間、三遊間を抜かれたら中継に入って、ホームで刺す。

 考えなくても身体が覚えているが、落ち着いて次の動きを整理できている。

 ふぅーーーと大きく一呼吸ついた。不思議と歓声が止まったような感覚になった。

 よしっ、集中できている。このピンチでも楽しめている実感がある。

 バッターの一挙手一投足に集中したところで、柿沼が一球目を投じた。

 初球は警戒して外した。

 捕手須賀のサインを見た。次は、内角低めか・・。俺は右手でレフトにサインを送った。

 一瞬、ビリッと指が痺れたような気がした。

 柿沼が二球目を投げる。

 ギィン‼

 力任せに硬球を叩いた鈍く激しい音。真芯で捉えた打球。打球は俺の真正面にきた。強烈なライナーだが俺の数メートル前でバウンドする。それを捕れば。

 俺は腰を落とし、グラブを地面に付けて捕球態勢に入った。バウンドに合わせてグラブを上げれば・・。


 ダッ


 スローモーションのようだった。俺の真正面でバウンドした打球は右にずれ、イレギュラーした。

 抜かれる!

 瞬間、反射的に右手を一杯に伸ばした。

 ギリギリで間に合った右手に『ガッ』とコンクリートで殴られたような衝撃が襲った。

 激痛が走る。だが、痛んでる暇はない。

 俺はすぐにボールを探した。幸い、すぐに見つかった。伸ばした右手の真下に落ちている。俺はすぐにそのボールを掴みに行った。


 もう右手は使えない!サードはムリだ、遠い!セカンドでも5メートルはある。


 俺は左手のグラブを伸ばしてボールを掴みと、左手を振り子の反動のようにして、強くボールを二塁に投げ飛ばした。

「蓮見ーーー‼捕れぇーーー‼」

 倒れながら、俺はセカンドに目をやった。蓮見は体を伸ばして俺のトスをキャッチした。すぐに塁審の判定が下った。

「アウトォ‼」

 その挙げられた右手を見て、俺は地面に崩れ落ちた。

 痛みが意識を支配して、何も考えられなかった。

「矢上‼」「キャプテン‼」

 ナインが駆け寄ってくるのがかろうじて分かった。

 すぐに俺は肩を担がれ歩き出した。誰に担がれたかも分からない。

 ちらっと右手を見たが酷い状態だった。

 そして、ただただ痛みに耐えながらグラウンドを後にした。

 朦朧とする中、観客席から拍手が聞えた気がした。


 気が付くと俺はベッドに横たわっていた。正確にはリクライニングで45度ほど傾けられている。

 右手が吊るされ、泥だらけだったユニフォームは脱がされ、アンダーシャツだけだった。

 たしか、ダッグアウト隣りの医務室に運ばれて、痛み止めを飲まされて、すぐに・・。

 どこかの病院か?

 右手は・・・・感覚がなく、指を動かすことができない。夢ではなかったんだなと思った。

「まこっちゃん‼」

 ベッドの左隣りから俺の名が呼ばれた。

「なつ・・」

「良かった。目覚まして」

 なつの目が少し赤く腫れていた。

「ごめん・・・・また、泣かしちゃった?」

「わたしのことなんか、良いの!・・どうして・・・あんなこと」

 俺の左腕を掴んで悲しそうな顔を見せる。

「・・試合は?」

「勝ったよ。・・6対5でそのまま」

 少し俯き、俺の質問に答えてくれた。

「そっか。良かった」

「良くなんかない‼」

 なつの叱責する声が誰もいない室内に響いた。

「もう、次の試合出られないんだよ。ううん、野球が・・野球ができなくなっちゃったんだよ!」

「咄嗟だったんだ。・・あれが抜けてたら・・負けてた」

「分かってるよ‼わたしだって、まこっちゃんに負けないくらい野球観てる‼」

 俺は言葉を失った。何を言っても彼女を怒らせるだけだと思った。

 何を言えば、なつは納得してくれるのか。何を言えば、なつの悲しみを解放してあげらえるのか、分からなかった。

「それに、観たよ‼・・あんなイレギュラーバウンド・・・・捕らなくて良かった‼」

 彼女はスマホの画面を俺の前に差し出した。Twitterの投稿が俺のプレーを動画再生している。

 あり得ないイレギュラーを右手を伸ばして叩き落とし、左手でセカンドにグラブトス。野球で普通見ないプレーに自然と笑いが出る。

「ひでぇイレギュラー」

「そうだよ!・・捕らなくて良かった。あんなの・・あんなの・・」

 スマホの画面が小刻みに揺れた。

「相手チームが起こした奇跡だよ!・・仙台創英の奇跡なんだよ!」

 彼女の濃藍の瞳が俺を捉え、声を荒げて訴えた。

「そんな奇跡に・・まこっちゃんが・・まこっちゃんが・・付き合う必要なんてない‼」

 相手チームが起こした奇跡か。そんな言葉、初めて聴いた。普通、『された側』は甲子園のマモノって呼ぶ。

 でも、なんか好きだな『相手チームの奇跡』って。

 なつの言葉は相変わらずなつらしい。野球を愛するが故の平等な言葉。野球を愛するなつだけの言葉。

 相手チームの奇跡と評されたそれは、震災復興の願いによってもたらされたように思えた。

「奇跡か・・」

「負けて・・負けて良かったんだよ」

 ベッドのシーツに視線を落とし、声は今にも泣き出しそうだった。

 俺は無言でなつからスマホを受け取った。そのツイートには好き勝手コメントが書かれていた。

 『優勝候補の仙台創英が初戦敗退ってありえん』

 『あの奇跡の打球、止めるとかすごすぎ』

 『まけほー。東北応援してたのに』

 『不動高校の矢上、空気読まなすぎでしょ』

 『矢上のプレーすげぇけど、あれじゃあ選手生命絶望じゃね』

 『仙台創英応援してたけど、矢上君のプレーに泣いた』

 『右手負傷して、残ったグラブでロングトス?信じられん』

 ヘイトあるのは覚悟してたが、割と好意的だと思った。

 そして、俺はトレンドワードが気になってスマホを数回タップした。

「ははっ」

 俺は開いた動画付きツイートが面白くて、声を出して笑ってしまった。動画自体はあのイレギュラーだった。

「こんな時に・・もっと自分を大事にして!」

 悲しむなつを少しでも喜ばせたかった。俺は野球ファンのなつにちょうど良いと思って、その画面を彼女に見せた。

 なつは画面を覗き込み、ツイートを見た。

「・・・・ぅ・・ぅ・・う・・」

 だが、俺の期待に反してなつはついに涙を流してしまった。そして、ツイートを読み上げた。


「こ・・甲子園の・・・マモノに・・ぅ・・」


「勝った・・ぅぅ・・勇者」


「い・・・『いいね』・・・」


「8万・・8千・・」


 なつは俺の左腕で泣き崩れた。

 笑ってくれるのを期待したが、また泣かせてしまった。

「その人数が多いのか、俺あんま分かんないけどさ、少なくても・・あっ、9万までいった。こんだけの人たちが俺のプレーを讃えてくれたんだろ。俺はさ、今まで、色んな人からたくさん力をもらってきたよ。チームメイトに監督、家族、片岡や高木、そして、まこやんになつ。だからさ、あのプレーは俺からの感謝の気持ち。不動高校の勝利、それに感動を与えられたような・・。ごめん、やっぱ、かっこつけすぎだった」

 笑って誤魔化した。

「かっこいいよ!誰よりもかっこいい!わたしだけが独り占めしたいぐらい‼負傷してチームを勝利させるなんて・・」

 顔を上げてスマホと俺の左手を両手で優しく包みこんだ。

「まこっちゃんは聴こえなかった?すごい拍手を。一番凄かった。球場が一体になっていて・・。これがみんなの答えだよ」

 最初の動画と違ってアウトになった後も映像が続いていた。それを見て、なつは動画をタップして音声のミュートを外した。

 俺がみんなに担がれたタイミングで歓声が伝染するように拍手に変わっていった。

 画面が切り替わって三塁側不動高校のアルプススタンドが映る。全員が拍手し泣いている人も多く見えた。

 そして、また画面が切り替わり、仙台創英側アルプススタンドも同じように大きな拍手を送っている。チアをしている女生徒が泣きながら悔しさを含んだ表情で拍手している。ベンチに入れなかった大勢の部員たちも映る。日焼けで真っ黒になるまで努力してきたこいつらが手を叩いて賛辞を送っている。チャンスを潰されて悔しいはずだ。その視線の先に・・・俺がいるのかよ。

 熱いものがこみ上げてきて言葉が出なかった。

 なつは俺の横に寝転び、顔を近づけた。俺は左手でスマホを眼前に固定した。そして俺たちはもう一周動画を視た。

 それが終わるとなつがスマホに目を向けたまま熱願した。

「まこっちゃん、お願い。野球、辞めないで。わたしの前からいなくならないで」

「・・辞めないって。夢もあるんだし」

「えっ⁉」

「なんでもない。野球は続けるし、どこにもいかないって」

「ぜったいだよ・・」

「うん。それより、みんなのおかげでもうちょっと大阪いられるじゃん、バイソンズ戦を観に行こう」

「・・うん、賛成。関西ドームは涼しいし」

 彼女はそう言うと、俺にキスをしてにこっと微笑を見せて起き上がった。

 さっきまで泣いていたから無理をしている笑顔。でも、やっぱり泣き顔より笑顔がなつには似合っていると思った。


 こうして俺の高校野球人生は幕を閉じた。不動高校は二回戦で大敗したが、最後まで笑顔でプレーを続けていた。

 そして、大会は福島県の代表校が優勝を飾り、被災者たちに大きな感動と希望を与えていた。

 その後、なつと大阪デートをして、埼玉に戻ってもデートをした。お互いの家に行ったりもした。

 まこやん家の仏前と墓前に甲子園の土を届けにも行った。

 レオネス藍染コラボイベントに参加してなつの綺麗な浴衣姿も見た。

 なつは変わらず公式サポーターの仕事をばりばりやっていて、ファンから最近可愛くなったと評判らしい。

 急に自由な時間が増えた俺は将来のことを考えつつ、なつとの時間を大切に過ごしていった。

 

毎週土曜日12時に更新しています

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こちらで過去編を描いています。 【藍の軌跡
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