3章2話 決勝戦 後編
はぁ、はぁ。くそっ、甘い球が一球も来ねぇ。
なんてコントロールしてやがる。寸分違わずに外角にコントロールされるストレート。
それに時折来るスライダーにチェンジアップ。どれも外角から中に入ってこねぇ。
今日のためにずっと練習してきたってのに・・・・。
児島に追い詰められて、焦りに苦しんでいた。そんな俺にその瞬間は突如訪れた。
「こらぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼‼」
なんだ?と思いすぐさま俺はタイムを要求した。
声のする不動高校のスタンドをばっと見渡した。
「もっとぉーーーーーー‼‼た・の・し・めーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼‼」
耳をつんざくような声が水の波紋の如くグラウンドを突き抜けていった。
この声、高木か⁉
てか、こんな馬鹿なことするやつ、あいつしか。
・・にしても、もっと、たのしめ?
そんなことを言いたかったのか、俺に?
楽しめって・・・・。
俺はいつかの長距離勝負を思い出した。
――――「矢上って走るの楽しい?わたしは・・楽しいよ」
その時は限界の俺に、走るの楽しいかって聞いてきたっけな。
みんなと楽しそうに走っていたな。夢中で遊ぶ子どものように。
夢中か・・そういや、小学校のころは野球ヘタでも楽しかったよな。ホームラン打つのを夢見てたっけな。
いつからだろう、ホームラン打ってもそんなに嬉しく感じなくなったのは。
・・・・やっぱお前は同じ天才だな。
よしっ‼甘い球待つのは終わりだ。
児島の精密な外角へのストレート、それをライトスタンドに叩き込む!打てるかじゃねぇ、俺の限界に挑戦する。結果は・・・受け入れる!
吹奏楽部が復活し、試合が再開した。
「すみませんでした」と審判とキャッチャーに言い、児島にも頭を下げた。
次で最後だ。集中しているのが自分で分かった。こんな感覚、滅多にないが、良い結果が出ることが多い。
ホームベース寄りのバッターボックスギリギリに立ち、バットを構えた。
児島が投球モーションに・・入らず。サインが決まらない?
「矢上君が・・笑ってる⁉あんな、矢上君・・見たことない」
「高木の影響か?あいつの言葉を受けて、この状況を楽しんでいるってことか」
どうなってる、いつもの矢上じゃねぇ。
試合が再開されたが、児島は何回も首を左右に振り、投げない。
そして、タイムがかかったかと思ったら、キャッチャーが数歩前に出て右手を何度か前方に振った。
「あっ、外野バック!後退守備‼」
お隣がそう言うと、レフト、センター、ライトがフェンス近くまで下がっていった。
「どういうこと?」
「大宮学院のナインもみんな・・」
口に手を当て驚いている。
言われて気付いた。児島も矢上と同じく笑みを浮かべている。サードの鈴矢も。他のやつも。
なんだよ、こいつらも高木に毒されたってか?
試合が再開され、今度は一発でサインが決まった。
児島は両腕を頭上に上げ、大きく振りかぶった。
「ワインドアップ‼」
またしても、驚きの声が聞こえた。
ぞくっと鳥肌が立った。予想外の事が立て続けに起こっている。
一塁ランナーが走り出すのが見えた。
そして、児島から渾身のボールが放たれる。
キィーーーン!
矢上は濁りの一切ない快音とともに弾き返した。
打球は矢のように、上高くに、真っすぐに、舞い上がった。打球は今度こそ俺たちの祈りを乗せて飛んで行った。
ボールはレフトスタンドの芝生上段に落下し、ホームランが確定した。
矢上はそれを確認し、一塁ベースを蹴るときにスタンドの俺たちに向かって雄たけびを上げた。
矢上の起死回生同点ホームランが出て試合は慌ただしくなった。
両チームともヒットが出始め、チャンスを作ることが増えている。矢上が球数を投げさせたのが効いていると、解説があった。
ただ、どちらかと言えば、選手層の薄い俺たちが善戦しているっていう表現の方が正しい。
柿沼も高木の一言に強く毒されている。高木とずっと秘密特訓してたんだよな。だとしたら、一番響いたのは柿沼なのかもしれねぇ。
「矢上君、良い表情してるなぁ」
ぼそっと呟く解説者は暑さのせいか分からないが顔が赤い。
「他の奴らも気合入ってるつーか、動き良くなってるぜ」
「うん。1点取れれば」
だが、試合は動かず2対2の同点のまま九回表の攻撃に突入した。
一番からの好打順。ここまで投げ続けた児島の制球が急に乱れ、ストレートの四球。お隣からナイスセンの声と拍手が聴こえた。
続く二番高野というところでタイムがかかり、ピッチャー交代のアナウンスが流れた。
『ピッチャー、児島君に変わり、和田辺君』
児島がマウンドを降りた⁉
「おお、ラッキーじゃね。結局打ち崩せなかったし」
「和田辺君って、あまり情報ないな。・・あっ、一年生か」
一年?さらにチャンスか?と思ったが、マウンドに上がるそいつを見て評価が変わった。
「あいつ、めっちゃでかくない?190ぐらいないか?」
「う、うん。矢上君より高いよね」
そして、投球練習を見て隣りは愕然とした。
「えっ・・フォームが大谷そっくり⁉」
「大谷?ってメジャーの?」
「うん、球も速そう」
「いや、でも一年だぜ」
俺の言葉になんの説得力も無かった。一年だろうがすげぇやつはいる。高木は一年で埼玉県内一位だったわけだし。
試合が始まり、高野はバントの構えで投球を待つ。
和田辺は初球を投げた。そのままバントしたが、当たったボールは後方に勢いよく飛んで行った。
そして、二球目、三球目も同じだった。二球目はバントの構えのまま、空振り。三球目もバントをしたが、一塁側のファールとなり、バント失敗となった。
「速い‼」
お隣は悲痛な声を出した。
「バントすらさせねぇってどんだけ」
「いまの144キロ。・・難しいと思う」
そして、その言葉通り、三番今泉は打ちに行ったが、一球もバットに当たらず三振で倒れた。
「ツーアウト一塁。期待できるのは矢上君だけかもしれない。延長になったらうちは・・」
「どんどん、不利になる」
続けた俺の言葉にお隣は無言で頷くだけだった。
打席に矢上が立ち、アルプススタンドから大きな声援が送られた。
矢上はホームランの後は七回にヒットを打っている。この打席も期待できるし、相変わらず試合を楽しんでいるような笑みも見せている。
俺たち不動高校にとって正念場を迎えた。
「初球・・・・ストレート!・・145キロのストライク」とお隣は実況した。
矢上はそれを見逃した。見逃す余裕はあるのか?矢上!
「二球目・・・・変化球?・・131キロのボール」
「三球目・・・・ストレート!ファウル・・146キロ」
バックネット裏にフライが上がり、ファールとなった。
「矢上君・・お願い!」
藍川さんだけじゃない、一塁側の全員が矢上に期待していた。
「四球目・・・・」
実況はされなかった。矢上は空振りし、ボールはミットに収まった。
大宮学院ナインは颯爽とベンチにダッシュしている。笑みを浮かべ、余裕すら感じられた。
「14・・7キロ」
藍川さんはスコアボードに表示された球速を読み上げた。
「速すぎる・・・・矢上君なら140キロ台は打てるのに」
力ないその言葉は矛盾していた。
「えっ、でも今の147キロじゃあ」
「違うの・・」
首を左右に振った。
「県営浦和球場は遅く出るの」
「遅くって?」
ゾクゾクッとした。
「4~5キロ遅く出るって言われてるの。だから本当は・・150キロを超えている」
「150・・プロで見るようなスピードだぜ」
そんなバケモノがいるやつらと俺たちは今まで戦っていたのか。
レベルの違う実力差に現実を思い知らされた気がした。所詮、公立が大宮学院に勝てるわけねぇっと。
九回表を終え、2対2のまま。
九回裏サヨナラのチャンスとなった大宮学院は八番からの攻撃。先頭は児島から変わった和田辺が打席に立つ。
和田辺はピッチングの勢いそのままにレフト前ヒットを打った。
そして、それをバントで手堅く送る。
続く一番は四球で塁を埋め、二番はショートファールフライに押さえたが、三番にヒットを打たれ、ツーアウト満塁のピンチとなった。
ヒットを打たれた瞬間、肝を冷やした。打球が強すぎたのが功を奏して、セカンドランナーはホームに帰れなかった。
柿沼もがんばっているが、なにぶん矢上の三振がチームに影響与えたか?めっちゃ押されている。
そして、ツーアウト満塁、絶体絶命のピンチに四番鈴矢を迎えることになった。
ここまで三打数二安打一本塁打に一つの四球。とこれ以上ない最悪のバッター。
最後の応援と言わんばかりに三塁側アルプススタンドが盛り上がっている。
不動高校のナインはタイムを取って内野陣が集まった。
「どうするんだろう。・・矢上君がファーストかセカンドに入って、極端なシフト?」
青ざめた表情で独り言のように呟いている。
「藍川さん、大丈夫かよ⁉」
「大丈夫。ちょっと苦しいだけ。みんなの方が苦しいよ」
ベンチからの伝令がマウンドの輪に入り、話合っている。表情を見る限り、まだ・・諦めていない。
「みんな、諦めていないぜ。ぜってぇ、抑えてくれる!」
「うん。みんなを信じてる」
そして、伝令が主審に向かって走り出し、内野も守備位置に駆けだした。ただ一人、矢上だけはショートに戻らなかった。
「えっ、矢上君がライト⁉」
「なに⁉あいつ・・外野なんてできるのか?」
「矢上君は外野、守ったことない・・はず」
矢上がライトの守備位置についた。俺は野球詳しくねぇけど、矢上、おまえのこの選択。後悔しないよな?大丈夫だよな?
緊迫した雰囲気が球場を覆う。イケイケの三塁側、祈る一塁側。
タイムが解け、柿沼と鈴矢の最後の勝負が始まる。
初球は外に逃げるようなボール。
そして、二球目を鈴矢は快音と共に痛烈なライナーを放った。
一塁遠井、二塁蓮見が打球に飛びつく。だが、その狭い一二塁間を『矢となった打球』があっという間に抜け・・
地面で弾んだ。
負けた‼
ワァアァアアーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼‼
三塁側から嵐のような歓声が上がり、俺たちから叫び声が上がった。
「やがみーーーーーーー‼‼」と俺はグラウンドに叫んだのだった。
だが、弾んだ先に矢上の姿が目に入った。あいつは打球をキャッチして、瞬時にボールを右手で握り、まるで飛んできた打球を弾き返すように送球した。
打球に飛びついていた遠井が一塁に駆け戻る。そして遠井はなんの躊躇もなくライト側に体を目一杯に伸ばして、矢上の『矢となった送球』をキャッチした。
タイミングは明らかだった。審判より先に藍川さんの絶叫が響いた。
「アウトォーーー‼‼キャーーーーーーーーーーーー‼‼」
塁審は右手を勢いよく頭上に上げた。
グゥアアワアァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼
その瞬間、大絶叫が雷鳴のごとく鋭利に響き渡り、地面が揺れた。
大宮学院で上がった絶叫が、時間差で不動高校側で巻き起こった絶叫に書き消された。まるで呪文で消し飛ばしたように。
不動高校アルプススタンドの絶叫はいつまでも響き続けた。
お祭り騒ぎとなり、グラウンドでも矢上たちが最高のテンションで抱き合って喜んでいた。
「すごい‼すごい‼ライトゴロなんて・・。信じられない!・・こんな九回ツーアウト満塁、絶体絶命の場面でライトゴロ・・。初めて・・見た」
泣きながらの解説だった。ライトゴロ・・・聞いたことないがアウトはアウト・・なんだよな?
「まだ・・・まだ試合は分かんないよ!」
苦しんでいた藍川さんから希望の声が聞えた。
そして、その言葉どおりとなった。
十回表は先頭五番の戸ヶ崎が一二塁間を抜けるライト前ヒットを放った。
えっ、どういうこと?と呆気にとられた。
そして、冷静になる暇もなく、六番遠井がそれに続く。二ボール、一ストライクからエンドランでこれも一二塁間を抜けてヒットとなった。
矢上を完封した和田辺に対して、思いがけず一塁、三塁のチャンスを作った。
潤んだ目でグラウンドの一点を見つめ、呆然としながら解説者が淡々と呟いた。
「変わったんだ」
七番捕手の須賀が打席に立った。
「何が?」
余裕が消え、和田辺が1年生らしく辛そうな表情で投げた。
「流れが変わったんだよ」
須賀は和田辺の球をレフト前にライナーでヒットを放った。
「目には見えないけど・・」
今度こそ正真正銘の会心の当たり。
「うちに大きな風が吹いてるの」
三塁ランナーの戸ヶ崎がガッツポーズで生還し、初めて不動高校は大宮学院をリードした。
試合はその後、不動高校打線が面白いように繋がり、ヒットや犠牲フライで5点を奪って7対2とした。
5点を取り、ツーアウト一塁で矢上に打席が回った。だが、あいつは打ち気を見せず、見逃し三振でチェンジ。
それでも5点は決定的だった。
その裏を柿沼が勢いそのままに三人で抑えてあっさりと、いや、大激闘を制して不動高校は勝利した。
長い歴史のある不動高校において初めての県大会優勝。強豪の私立が多い埼玉では優勝は永遠にムリと思われていた中での優勝。
そして、俺はこの先、不動高校が優勝することはないだろうと思った。矢上がいるから勝てたんだ。それでも、実際はぎりぎり闘える相手。
素人の俺でもぞっとするぐらい大宮学院は強かった。もう一度、対戦したら勝てる気がしない。
隣の藍川さんはその差を誰よりも分かっていたんだろうな。
「今度はわたしが行かないと。片岡君、わたし、先帰るね」
「えっ、表彰式は?」
ううんと首を振った。
「後でLineする!」
そう言い残し、藍川さんはいつものスクールバッグを持って応援席を後にした。
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