第9話 懐かしい味
「具合が良さそうで安心したよ。報告は聞いていたけれど、やっぱり顔を見られた方が嬉しいからね」
また、彼は私を小鈴と呼びかけた。愛情を感じる。とても優しい目をしているのに、私の中には、どうしてそこまで私に優しくしてくれるのか理由が欠落していた。両親や兄の顔、過ごしてきた日々の記憶、どう死んだかまで覚えているのに、その中に私を見て微笑むこの人の顔はない。こんなに優しくしてくれているだなんて、きっと会ったこともあるだろうはずなのに。
「その……あなた様」
私が恐る恐るそう呼びかけてみせると、彼は嬉しそうに「もう一回! もう一回言って!」と私の手を取った。お茶で満ちた湯呑みとはまた違う、温かい手の温もり。
「あなた、様」
「うん、どうしたのかな、僕のかわいい小鈴。お菓子とかいる? 持って来させるね!」
私が返事をするより早く、彼が手を二つ叩くと鬼火が現れ、女官の服を着た人影に変わった。顔は朧げだけれど、大人しく指示を待っているのがなんとなくわかる。
「お茶菓子を持ってきて。甘い月餅をひとつずつ。お行き」
女は拱手して一礼し、消えた。月餅は好きだったことを、ぼんやりと思い出していた。誰かと、分け合って食べていたような気がする。
「これも、君の好きな味だと思うよ」
女が持ってきた月餅の皿から、彼はひとつを半分に割って私に差し出してくれた。それを受け取ると、胡桃が顔を出しているのが見える。ほんのりと漂う匂いは、ナツメの餡の匂いだ。
「ナツメの餡に、胡桃の月餅……」
「ほら、食べてみて」
何かに突き動かされるように、口にする。その味は、確かによくよく知っている味だった。
「お母さんの、月餅の味……お母さん、もしかして、ここにいるの?」
「かわいい君の魂が安定したら、会わせてあげられるよ。頑張って、元気になろうね」
もう一口、一口、と食べる手が止まらない。勝手に涙が出てくる。死んでいるのに、泣けるらしい。どうしてこの人は、私の個人的な好みを……ううん、私のお母さんの味を出せるかなんて、簡単にわかる話だった。この国に、お母さんもいるのだ。きっと、この城のどこかに。私が皇后になっていることを、喜んでいるのだろう。誇らしく思ってくれているのかもしれない。
「気に入ってくれた?」
こくこく、と何度も頷く。嬉しくて仕方なかった。沢山食べられたら、もっと早く元気になれるのかもしれない。そう思っていたら、あっという間に食べてしまっていた。