第47話 口づけは甘く
口づけをされたことに、自分がこの人の妻だということを実感する。彼は夫婦らしいことを、これまで私にはしてこなかった。口づけは、初めてだったと思う。失せたはずの血の気が顔いっぱいにめぐってきて、一気に熱くなった。手を繋いだり、頬を寄せ合ったり、指先で触れ合うことしかしてこなかったんだな、と思う。
「どうしたの、小鈴。そんなに顔を赤くして」
「あ、赤くもしますよ、私、あなた様とそういうことするの、はじめてで……!」
「……あれ、どうだっけ? したことあると思ったんだけど」
彼はどこか傷ついたような目で、私にもう一度唇を落とした。今度は私の方も落ち着いて、それを甘受することができた。血の気のない冷えた私の唇が、彼を満足させられるものになるかは自信がない。ああ、こんなことなら唇をぷるぷるにするというお薬を塗りたがった杏杏に、そのままやらせておくんだった。多分、カサカサしてるし、ありがたみも楽しみもないと思う。
「僕はあるよ。死んだきみの、血の気の失せた首の、悲しいくらい赤い唇に。切られた血を口紅にするだなんて、悪趣味なことをされて……かわいそうに」
「違います。それは、私が望んだことです」
私はゆるゆると首を横に振って、彼の言葉を否定した。赤い唇は、私が望んだことだった。婚約者や家族に私の首をさらされた時、せめてその顔が見苦しくないようにと願って。
「お優しい、人。私の首に、口づけをしてくださっただなんて」
「きみの魂が入っているから、今の唇の方が温かくて素敵だよ。それに、今は大っぴらにも口づけができる」
ふ、と、頭に浮かんだ光景があった。真夜中の刑場に忍び込む、影がひとつ。彼の顔をした黒髪の少年はボロボロと泣きながら私の首に何度も触れて、泣いて、頬を撫でて、口づけをした。これは誰が見ていた景色なのだろう。冬の日に死んで虫はまだいないとはいえ、物言わぬ死体の首を彼は愛おしんでいた。けれど理由があってか、泣く泣くその場から私の首を残して彼は離れていっている。
私の死体は焼かれたはずだから、ここで彼は私の首を持ち出せなかったのだろうか。それがひどく悲しかった、そんな気がした。
「あなた様……?」
「なに? どうしたの、何か怖いの?」
「い、いえ……今、夜の……処刑場のことを、思い出した気がして。何、だったのかはよくわかりません。わかりませんけど、今、確かに私も、初めてではない気がしたんです」
彼はどこか嬉しそうに、そう、と言って、私の唇をそうっと撫でた。




