第34話 慰みの手
彼は私にくっついて、丸くなって眠ってしまっていた。空の上には月が高く、まだ遅い時間だとわかる。彼が私の前で晒す寝顔は、真っ白い髪と青年の見目に反して幼く見えた。……本当に、いくつなのだろう。彼の体と心と実際の年齢は、どれも違いそうだ。
「……ぃ、で」
不意に、彼の口から言葉が漏れた。目は開いていないけれど、寝言が漏れ聞こえてくる。
「いか、ないで。いかないで、いかないで、まって……」
私の服を掴んでいた左手に対して、あいていた右手が宙をさまよう。夢の中の誰かに、手を伸ばしているかのように。けれどきっと、その手は届いていなかったのだろう。彼は途方に暮れた迷子の顔で、何度も何度も手を伸ばしたりしていた。
「あなた様」
呼びかける名を知らない、自分が恨めしい。あなた様、だなんて言い方しかできなくて、私には彼へ呼びかける名も字もないのだ。
「あなた様、それは、夢です。悪い、夢ですよ。本当のあなた様は今、私の寝台の上ですやすやお眠りになっていらっしゃいます」
私が片手で少し肩を揺らしても、耳元に口を寄せて呼びかけても、手を握っても、目を覚ますことはなかった。悪夢の中にいるのか、眉根を寄せてうんうんとうなっている。私の服の裾を掴む力が、強くなっていた。
「くび、が……首が……どうして。間に合わっ、間に合わなかった、ぼくの、ぼくの、」
ぶつぶつと呟く言葉は、どんな光景に対してのものなのだろうか。死者を率いる国だなんてものを作るだけの、地獄が彼にはあったのだと思うと痛ましかった。眠ったまま涙を流した、彼のその雫は熱かった。手が焼けてしまいそうなほどに熱く、生きていた。
「あなた様!」
さまよう手を握って、強く呼びかける。すると彼は夢から抜け出せたのか、ぱっと目を覚ました。その瞬間、何かの焦げ臭いにおいが一瞬漂う。どこかで嗅いだ匂いに似ている気がしたが、よくわからなかった。
「……小鈴? そう、だ、それから――ごめん、僕、寝てた?」
「随分と、夢見がお悪かったようで。無事に起きられたのなら、私が何度も声をかけた甲斐がありました。顔色、まだ少し悪いですね」
「嫌な、夢を見ていたみたい。抜け出しづらい、底なし沼みたいな夢だった。……ん、今ちょっと焦げ臭かったのは、心当たりある?」
彼の言葉に、私は素直に首を横に振った。香木は怖くて使えないし、そもそも焦げるような臭いがしないような代物だ。そして近くには、そんなにおいを出すものは見当たらなかった。




