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落陽の美姫編─3


空が異様な音を立てて黒に呑まれていく。

嵐を知らせる遠雷が鳴り響く村中を、男は歩く。

名をレガリア・ドランバルト。彫りの深い端正な顔に刻まれた無数の傷は歴戦を乗り越えた古強者の証だ。


「まいどあり。 あまり来ないでくれると助かるんだがな」


店を出るレガリアの背を陰口が小さく撫でる。

レガリアは特に気にした様子もなく店の扉を閉めると、少し重くなった金を入れる袋をポシェットに入れる。  


村に来て一番にした事がこの換金だった。

もはやルーティンである換金は、身なりを軽くし資金を潤わせる為には必須だ。怪物退治を生業とする以上、身の回りの道具に資金が掛かるのは必然だ。


「嵐が来るな、宿を取るか。 その後に酒場で情報収集だな」


適当な宿屋を取ったレガリアはその足で、この小さな村にしては中々大きい酒場へと足を運んだ。


店内は案の定酔っ払いの溜まり場だった。

毎度の事ではあるが、酒場に来ると大抵。


「っぅおーい。 テメェ、余所者だなぁ? その眼と竜のロザリオは、、ドラゴニアじゃねえかぁ」


この様に酔っ払いに絡まれる。

レガリアは口の中で溜息を殺すと肩を竦めてとりあえず穏便に事を運ぼうとする。


「レガリアだ。 酒を飲みに来た。何かオススメはあるか?乾杯しようじゃないか兄弟」


「オススメ、オススメねーぇ。 っかぁ! ぺっ。  あっはっはっはっ、、ドラゴニアなんて俺の唾で充分らぁ! 屍喰鬼の体液でも啜ってろお」


ドラゴニアとは、蔑まれ畏怖され疎まれる存在である。同時に、有事の際は都合良く力を貸せと言ってくるのだから甚だ呆れたものだと、レガリアは己が身を取り巻く環境にうんざりしていた。

やはり、一般的な人間が後天的に亜人の様になってしまったのが原因だろう。竜の眼はあまりに目立ちすぎる。


レガリアに唾を吐いた男は満足げにグラスを空にすると、アルコール臭漂う口臭を撒き散らしながらレガリアに言う。


「元はご立派なエルドニアの団長だったらしいがなぁぁ、今やお前はただの化物だぁ、あっはっはぁ。 化物が人間様と同じ酒を飲めると思うなよォ」


吐きかけられた唾を拭い、黙って話を聞いていたレガリアはその金色の双眸で酔っ払いの男を見つめると、閉ざされていた口をゆっくりと開いた。


「そうか。 お前は選択を間違えた」


端的に、平坦な声音でそう言うとレガリアは酔っ払いの頭部を片手で鷲掴みにして人外の膂力で持ち上げる。 大男のレガリアに対して酔っ払いの男は然程身長が高くない。 地面から浮く形になった酔っ払いの男は足をバタつかせ、もごもごと言葉を発しようとしていたがレガリアはそれを許さなかった。


「闘いの神曰く、愚者には等しく鉄槌が振り下ろされるべきらしい。 神罰などあてにせず、現存する生命によってのみ、裁きは下される。それこそが生命に与えられた神の権能である、だったか」


レガリアは酔っ払いの頭部を正面から掴んだまま店先に連れ出すと、おもむろにとある叙事詩を口にする。


「───ムグっ、ぅぅう───」


酔っ払いは拘束を外そうと、レガリアの手に爪を立てる。しかし、異常なまでに硬いレガリアの皮膚に爪は通らず、逆に爪が剥がれる事になり酔っ払いは苦悶の叫びを籠らせる。


「誤った選択をするから、、、こうなる」


レガリアに掴まれている酔っ払いが紙を持つ様に軽々と頭上に持ち上げられると、そこから一気に地面に叩きつけられた。 頭部を叩きつけられた地面は衝撃でへこみ、男の頭部は地面に埋まる形になっていた。


満足したレガリアはピクピクと痙攣する酔っ払いを一瞥すると、[私は愚者です]と書いた貼り紙を男の尻に貼りつけてから、再び酒場に入る。


「マスター、酒を頼む。 最高にうまいやつをな」


「あ、あぁ」


騒つく酒場。奇異の視線を意に介さず、レガリアは差し出された一杯に注がれた無色透明の液体の香りを嗅ぐと、一息に中身を飲み干した。


「うまいな。 ほのかに香る甘みが程よい余韻を残してくれる。 上質な米を用いた酒だな」


「よくわかったな。 酒を飲む奴は大抵飲めればなんでもいい奴らばかりだが、あんたみたいに味の違いが分かる奴は嫌いじゃない。  

何か聞きたい事があって来たんだろ? 分かる範囲なら答えてやるよ」


「助かる。 では、この村に纏わりつく陰湿な気配について尋ねたい」


竜の眼で見たこの村は、黒い瘴気に覆われていた。只ならぬ事態であるのは明白であり、それだけに、高い報酬が望めるのではないかとレガリアは推測していた。


「陰湿な気配? それについてはよく分からんが。 まあ確かにこの村は陰湿だな」


店主も一杯、酒を口に含むと続けて話す。


「何せこの村を含めた近隣の村三つは、供物として若い純潔の男を差し出しているからな」


「ほう、供物ときたか。 貢ぐ相手は神か悪魔か?」


「いいや、、、。 貢ぐ相手は、"落陽の美姫" と呼ばれる二人の美しい魔女さ」


聞き慣れない言葉に首を傾げるレガリアは続きを話せて言わんばかりの視線を店主に向ける。


「ここらへんは環境が悪く、作物は育たないし動物は近寄らない。加えて未知の疫病も流行りやすい。 そんな状況を、洛陽の美姫は魔法で何とかしてくれるんだ。 その代償として、供物を捧げてるって話だ」


「なるほどな」


頷くレガリアは納得した。

僅かとは言え村中を歩き、異常には気付いていた。 あまりにも若い男が少なかった。 働き手は年寄りばかりであまり活気がある村でない事は、訪ねたばかりのレガリアでもすぐに分かっていた。


「詳しい話を聞きたいなら村長を訪ねるんだな。 村長の家は池を越えた先にある大きな木の近くだ」


「助かった。 情報提供感謝する」


レガリアは情報料と酒代、そして荒事をした迷惑料をカウンターに置くと鎧を鳴らして立ち上がり、酒場を出た。


「落陽の美姫か。 聞いた事がないな。 魔女ならば迫害の対象の筈だが」


話をまとめ、憶測を立てるレガリアはその足で村長宅を訪れた。


「おやおや珍しい客人だ。 ドラゴニアがなんの用かね」


早々に出迎えに応じた初老の男がレガリアに問う。


「単刀直入に聞く。 落陽の美姫とは何者だ」


「ほぅ。 知っておいでか」


眉根を上げ、驚いた仕草を取る村長は、とりあえず座る様にレガリアを促す。


「失礼する」


「何か飲むかね」


「いいやいらん。 酒場で飲んできたのでな」


「なるほど。だから余所者のドラゴニアが落陽の美姫を知っていたわけか」


大仰な仕草を取り頷く村長は、自らも腰を下ろすとレガリアに視線を据えて口を開いた。


「先に言っておくが、私は落陽の美姫と村人達との橋渡し役、謂わば巫覡の様なものだ」


「ほう。 魔女ではなく魔神なのか?」


「いいや違う! あの二人は魔女だ」


鋭い剣幕で否定する村長が我に帰る。


「あんな邪な存在が、神なものか」


ふと溢れた重大な言葉にレガリアの嗅覚が反応し食いつく。


「邪だと? この近隣の村々は魔女の恩寵により生活ができているのではないのか」


酒場で聞いた話を鵜呑みにすればこの結論に辿り着く。 しかし村長の姿を見ると、どうやらそう簡単な話ではないらしい事をレガリアは悟る。


「......。 いいだろう、ドラゴニアのあんたに話そう」


沈痛な面持ちを浮かべる村長は、村人が知らない機密事項をレガリアに話す。


「魔女の恩寵など存在しない。 魔女が齎すのは厄災のみだ。 大地が枯れているのも、異常気象が定期的に村を襲うのも、全てが魔女の仕業なんだ。 事実を知るのは私だけだ。 村人に話したら、家族を食うと言われて脅されている。 けどもう限界だ。  村の若い働き手は魔女の生贄にされ、作物の生産性は悪くなる一方だ。 このままでは、魔女の災厄ではなく村の事情により滅びてしまう」


全てを打ち明けた村長は息を切らしながら、けれどやってやったと言わんばかりに満足気だ。


「魔女は利己的な生き物だ。 決して他者を慮りはしない。 村の連中はあまりに盲目で笑えたよ。 それで? 俺に秘密を打ち明けたあんたは殺されるんじゃないのか?」


「ああ、もう魔女にはバレている。 使い魔が見張っているからな。 ......依頼があるドラゴニア」


「内容と報酬次第だな」


「落陽の美姫を殺してくれ。 報酬は、、、これだ。 全部くれてやる、頼む」


村長がおもむろに樽の蓋を開けると、金色の輝きが部屋を照り返す。


「ほう、随分と宝を溜め込んだな。 、、、いいだろう、化物退治を請け負おう」


報酬と内容が見合う。そう判断したレガリアは快く返事をすると、落陽の美姫退治を請け負った。



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