コギト・エルゴ・スム
【コギト・エルゴ・スム】
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バフォメットとの戦いから30分後。
先ほどの戦いで崩壊したショッピングモールは修復され、
ミヤキ(ミカエル)とケンジ、そしてバフォメットによって怪人にされていた少女は共に屋外のフードコートで話をすることになった。
「悪魔に操られていた?」
少女の名はサオリ。
彼女は自分が操られこの場所で人々を襲いミカエルと戦ったと語る。
そして意識もサオリではなく、バフォメットが前に出ていたこと。
ミヤキとケンジは、今の状態が素のサオリなのだと考えた。
「こんなこと、誰に相談をしたら良いのか」
ショッピングモール、そして買い物をする人たちも無事。
ミヤキ達が異空間に巻き込まれ、敵と戦う。
崩れた場所を修復しつつ、瓦礫に潰された人たちを元に戻した等、誰も信じられないだろう。
ミヤキに宿る存在、ミカエルの名前の由来が天使なら、敵対するものも悪魔。
------私はこの身体を使い、お前達を襲う異形と戦い続ける。
これまでミカエルはミヤキの身体に憑依し戦うこと以外、
自身のことや戦いのことを多くを語らなかった。
「説明しても信じないだろう」
ケンジの疑問を見抜き、思考を遮るのは、ミカエル。
ミヤキの声ではなく、冷たくも艶やか声。
「か、勝手に決めつけるなよ……」
彼の場合『信じないのではなく、信じたくない、が正しい』
ケンジの言葉を聞いて、ミカエルは、ミヤキの唇を動かして語った。
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【ミカエルやバフォメットは、……ヒトでいえばこの世界とは別次元の存在】
【存在する為にも、干渉する為にも、ある程度の力が必要】
【その力の源は、ヒトの持つ《認知》によるもの】
「認知……?」
ケンジは首を傾げた。そして思い出したのは、昨日のミカエルの言葉。
------《天使》に姿形は無い、《ヒト》がそれを認識して初めて存在する。
------《本当の私達》は、教え、祈りを通してヒトと繋がり、認識を得ることで力を発揮する。
あの時の発言は、この事なのだろうかと彼は考えてしまった。
ミカエルの説明は続く。
【現実世界に直接干渉することは困難。まずは別の空間《崩界》を作る必要があり、その空間内で人や物を思うが儘に作り変えることに成功すれば、現実世界に反映させることが出来る】
【《崩界》を悪用する存在は無数に存在する。特に悪魔、バフォメット達はそうだ。私が戦う理由は、《崩界》と現実世界を守ること】
ミカエルは先ほど、このショッピングモールを元に戻すことで、現実世界の急変を食い止めた。
「おい、それなら、ミヤキの傷や怪我だって、お前の力ですぐに治療出来たんじゃないのか」
ケンジは問い詰めた。
「……だからなんだ?どれを優先して修復するかは、戦いに勝ったものが決められる」
すぐに治療が出来るなら、ミカエルはもうミヤキの身体に憑依する必要はない。
ケンジの想いに、ミカエルは冷たく返す。
「この身体は私のもの。私のものよりも、被害を受けるものを優先した、これで納得したか?」
ケンジはハッとした。何故なら、ケンジは先ほどの戦いで人を庇い、危険な状態だった。
そして今は無事。
それは、ミカエルは己の力を今回、ミヤキの身体の治療ではなく、ケンジの身体と周囲の修復にあてたということ。
失意の顔に変わるケンジ。あの時、どうすれば良かったのか、思い返す。
「……?」
一瞬、ミカエルの顔は、ミヤキの面影が強くなった。
「あ、あの……」
その違和感を確認する間もなく、二人の睨み合いに割って入るのはサオリ。
「私がバフォメットに操られた時にバフォメットから聞いたものと少し違う所があります」
「「!?」」
「私を操るための口実だったかも知れません。それでも良ければ、ですが」
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天使と悪魔がこの世に存在し、人に影響を与えるには、いくつかのルール、条件がある。
一番環境が良いのが、この国、日本だ。
多くの宗教を受け入れ、年中の行事に取り入れる文化が成り立つこの国は、
天使と悪魔、あるいは同等の存在が別次元で【領域の奪い合い】をしている。
真っ当な人間が聞けば激怒するだろう。
【私達】は、存在を維持するために、己の認知を広めるための活動を続けている。
聖書、聖典、禁書、今ではサブカルチャーを扱うスピリチュアルな書物。
聖歌、呪詛、念仏、賛美歌。スピーカー。
石板、紙、水晶、ディスプレイ。
そして、インターネット。
最初は好奇心。
知識を身に着けてしまえば、既にヒトの【影】に人外というべき存在が宿ることが可能。
認知の勢いが強ければ強いほど、存在が安定し、【私達】は強大な力を得る。
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サオリの説明で、ケンジはミカエルの顔を見る。
嘘や隠し事が見破られた、というような顔ではなく、平然としていた。
「敵勢力がこの国に密集しているのは、このためか」
「知らなかったのかよ!?」
それとも、ハッタリなのかとケンジのミカエルへの疑惑は止まらない。
ケンジは頭を抱えた。
戦いはこれからも続いていくことに。
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『ミカエル様』
サオリをみた瞬間、ミカエルは自信の【影】が揺らいだ。
------ミカエルさん
瞬間、彼の思考に過ったのは、過去の過ち。
『貴方のお陰で、私、生まれ変われたんです』
------貴方のお陰で、自分は前に進めました。
どういうことだ、と【目】を疑う。
『だから、責任とってくださいね、ミカエル様』
------許さない、許さない、絶対に、絶対に。
ある人を救いたいと思った。
それは己の力に対する傲慢からくるもの。
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『ミカエルさん』
白い空間。ミヤキの斜め横には、見知らぬ影があった。
唇をあまり動かさず、喉だけで喋るような声だった。
『大丈夫、私は君の味方だ』
そして、返事するのはミカエルの声。
ミカエルのシルエットは無い、【人影】はまるで祈るように、そして微笑んだかのように軽やかに頷いた。
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サオリがショッピングモールから去り、自分達も帰宅した翌日の朝。
ゆっくりとではあるが、ハッと、覚醒するミヤキ。
『どうやら、私の過去を君の脳が夢として再生し、整理しようとした様だな』
そんなことがあるのか。と、もう多くを受け入れるようになってきたミヤキは、ベッドの薄い毛布から出て、自分の部屋の窓を開けた。
『……あれは、私が救い、愛そうとしたヒトだ』
「ふーん」
そんな雰囲気だったのは分かる。だが、あのミカエルが、とミヤキは意外に感じた。
『結局、私は戦うことを選び、愛するヒトに背を向けた』
戦いに巻き込みたくないと思わせる程の相手。
「死にかけの私を選んだのも、そういうのが嫌だから?」
「……」
ミカエルは答えない。
ミヤキにとって、それは分かりやすい反応だった。
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【ツクモビル:最上階】
「お食事中失礼します。ツクモ様、次の案件と応募者です」
白く、肩まで伸びた髪。前髪を切り揃えた細身の女。
丁寧に剃られた肌もまた白く、黒のドレスとのコントラストから不気味さと妖艶さを併せ持つその女は、魔女の様だった。
「案件はともかく。どんな娘かしら」
カチャ……とほんの僅かにナイフとフォークの音を立ててしまう。
「ツクモ様の次の計画に最適かと」
アシスタントの言葉に微笑みながら、しっかりと火の通ったステーキを口に運び、ゆっくりと味わう。
ゴクリとのみ込んだ後、渡された資料とプロフィールを彼女は見た。
「この娘を、いつもの部屋に。日時は……」
こうして、アイドルを目指す10代の女の子は、ツクモと一緒に食事をすることになる。
ツクモはどんな相手にもこう言うのだ。
『大丈夫、私は君の味方』、だと。
戦闘シーン書けませんでした。